09 闇の中に俺たちはいる

 夕食会、俺が顔を出すと皆既に席についていた。


 話題はもちろん体力測定の結果である。皆興奮が冷めないようで自身の記録、それから仲間内の記録を誉めあっている。


 しかし疑問はある。皆同じように持っているのか困惑しているものもいる。

 それが特に顕著に顔に出ているのは桜だった。


「私、元々運動音痴で……」

「そう?私の部に欲しいくらいだよ!」


 高千穂はそう言って桜をぎゅっと抱きしめる。篠原も続いて高千穂と同じことを言った。そうしてさらに高千穂は桜を誉めた。


「だって、桜ちゃんこんなに可愛いんだから。絶対部に入ったらモテモテだったに違いないよ!」

「いや、私は十分モテてたので……」


 高千穂はそんな桜の謙虚でない姿勢に思わず苦笑いしてしまう。

 さすがは『お姫様』と紹介されただけはある。おどおどした態度とは違い自分の見た目には自信があるようだ。


「実は俺も運動音痴だったんだ」


 桜に続いてそう言ったのは南だった。南の記録は男子の平均か、それ以上は出ていたがそれでも俺たち十人の中では一番記録が出ていなかった。


「そうか?そんな風には見えなかったけど」


 清水は唐揚げをかじりながら言う。しかし南は清水の言葉を否定した。


「俺の今年の記録、元の世界での記録は覚えている限り最底辺だった」


 南は続けて「女子にも劣る」と続けた。


「俺思うんだ。俺たち勇者として召喚されて筋力とかもろもろ底上げされてるんじゃないかって」


 南の言葉に加藤は自身の二の腕をもみながら「そうか?」とあまり疑問に思っていないらしい。


「特に筋肉とかついた感じはねー気がするんだけど……」


 南は言う。


「そういうことじゃなくて、俺たちの能力が底上げ、されてるんだ」


 南は「だっておかしいだろ」そうさらに続けた。


「桜は俺から見てもガリガリだ」


 その言葉は正直デリカシーにかけていのではないだろうか、現に桜はその言葉に機嫌を悪くしたのかムッとしている。


「おまけに部活はやってない。そんな子が女子の平均だろうが俺は出せるとは思えない。ましてそれを超えることも」


 南の言葉に意外にも同意したのは白田だった。


「俺は柔道をやっていたから握力には自信がある。だけど今まで100キロを超えて握力計を壊したことなんて一度もない」


 白田は自身の手を握っては感触を確かめるようにまた握り直しながら言う。篠原も同意した。


「実は私、玲奈もなんだけど。三年生だからもう部活はやってないの。だから久しぶりってわけじゃないけど正直筋肉も落ちてると思ってたから」


 篠原はフライドポテトを手に「あんなに速くなるなんておかしい」と言う。


「これが、勇者になった。そういうことか?」


 清水は誰に言うでもなくそう呟いた。


「あまり考えたくはないんだが……」


 そう切り出したのは隣に座る谷風だ。谷風は俺の嫌いなトマトを食べかけていた手を止めて言った。


「これが俺たちのチートの一部なんじゃないか?」


 高千穂は聞き覚えのない言葉に思わず「チート?」と聞き返した。


 谷風は説明を始めた。


「俺は、今俺たちが体験しているような『異世界から召喚された勇者』を題材にしたライトノベルをごまんと読んだことがある」


 谷風の話を聞くにその異世界から召喚された勇者はその世界で元の世界の知識をもとに冒険をしていくお話しである。


「そしてその多くの主人公、勇者の多くは『チート』そう彼らが呼ぶ特殊能力を授けられるんだ」


 ある主人公はまるでゲームのように世界を認識することができ、またある主人公はゲームで言うレベルがマックスの状態で召喚された。さらに他の主人公は元から伝説の剣を持っていたり、人外の見た目をしていたり、南の言う筋力が底上げされているものもいるらしい。


 正直荒唐無稽な話で普段なら一蹴するものだ。しかし谷風のいう小説、ライトノベルのお話は俺たちの今の状況とあまりに似すぎてそれができなかった。


「それで、これが俺たちの、谷風の言う『チート』なのか?」


 清水が谷風に聞いた。


「恐らくそうだと言えるし、そうじゃないとも言える」


 しかし谷風は曖昧にしか答えなかった。


「恐らくって言うのはまだまだ全然わからないことが多すぎる」


 そう続けて谷風は言った。


「俺たちはこれから何と戦わなくちゃいけないのか、俺たちはそれすらわかっていない」


 モルドレッドはガイダンスの際「敵」とだけ言っていた。ただそれは人ではない、そう断言していた。それが一体何なのか?彼らもわかっていないのか、それともわざと黙っているのか黙らざる得ないのか。それも俺たちではわからなかった。


 俺たちは闇の中にいる。今の俺たちはそんな感じがした。


 夕食会が終わって俺は既に床とこに就いていた。

 この世界の人々は日の入りと共に床に就くそうだ。元の世界と違い窓の外にあるのはネオンの明り一つない闇一色。

 ただ、ガラスに自分の顔が映るのが嫌で一度見れば十分だった。


 就寝前、マリアンヌに添い寝を提案されたが俺は足踏みして断った。それは彼女をもっと知ってからでも遅くはない、そう思えたからだ。

 惜しいことをした、自覚はある。しかし今はそんな気分になれなかった。


 そんな深夜、誰かに呼ばれて軽く目が覚めた。背中になんとも言えない柔らかい感触がある。


「正義様」


 声の主はマリアンヌだ。


 そしてぎょっとした。マリアンヌの声はすぐ背後からだ。腰には手が回されており彼女の熱い体温がしっかり伝わってくる。

 彼女の息遣いが首に当たった。


 心臓が一気に跳ね上がる。彼女がベットから起き上がったのが分かったが俺はしばらく動けなかった。

 マリアンヌが明りをつけたのがわかる。俺はそれからようやく体を起こした。


 そして俺はマリアンヌの格好に目を見張った。その恰好はあまりに薄着でキャミソールに黒のショーツ一枚。灰色のタンクトップからはショーツと同じ色のブラがはみ出ている。

 それは彼女が手にランタンのような光る石が光源のライトを手に持っていたからこそ見えたものだ。


 彼女の白い肌がとても魅力的に見えた。


 そして自分の格好にもすぐに気が付いた。裸だ。なぜ俺が裸なのかは分からない、俺は寝る前ちゃんとパジャマを着ていたはずである。


 慌てて恥ずかしくなってシーツで自分の体を隠してしまうが、なぜ彼女が俺と同じベットに入っていたのだろうか。しっかり彼女の申し出は断ったはずである。


「正義様」

「はい」


 そんな状態だからかマリアンヌに名前を呼ばれただけで簡単に動揺してしまった。


 化粧を落とした彼女の顔がそこにある。眉毛が少し薄くなって頬の色が多少落ちたように感じるが彼女の美しさは変わらない。


「どうかしたのか?」


 それよりもなぜ彼女が同じベットで寝てるのか聞きたかった。


「どうやらお客様のようですね」

「……」


 彼女はライトを傍のテーブルに置いてハンガーからガウンを取って俺に手渡した。俺はそれを着て彼女も同じものを着た。


 マリアンヌは次々ライトを点けていき部屋はみるみる内に明るくなっていく。俺がお客と呼ばれた誰かを招き入れようとするとマリアンヌに止められた。


「私が出ましょう」


 彼女が招き入れたのは4人だ。谷風に鈴村、そして谷風と鈴村のお世話係の少女と男性。


「悪いわね、こんな時間に」

「いや、別に良いんだが、どうかしたのか?」


 訳を聞こうとすると谷風がにやけた。


「どうやらお楽しみの最中だったようだな」

「は?」


 谷風はそう言って自分の首元をさした。俺は思わずさすってみるが何もない。

 そこで谷風のお世話係の少女がマリアンヌを睨んでいることに気がづいた。しかしそれに対して彼女はどこ吹く風と言った様子。


「何かあるか?」


 俺は何となしに谷風に尋ねると谷風は言った。


「キスマーク」


「は?」

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