06 無限と宇宙と座する賢者
体力測定が始まるまでにはまだ時間があった。
俺は長い廊下に置かれたソファーの端に座って床の一点を見つめていた。
その椅子は本来休憩のため、向かいの壁に掛けられた絵画を眺めるため、歓談のためだろう。しかし俺はただ椅子に座って床の一点を見る目て時間が過ぎるのを待っていた。
「これは……夢か……?それとも……妄想か?」
誰のかと問えば自然と「谷風の」と口に出た。
「いや……これは、でも……俺の」
俺は何を考えるでもなく、ただ「無限」を考えていた。壮大なスケールで宇宙が流れていく。
「きも」
しかしその声によって思考は突然途切れた。見ると鈴村がいた。
「嘘!正義!?」
どうやら先ほどまでの俺を別の誰かだと思っていたらしい。それでも俺の心は突然きもいと言われて傷ついた。しかしおかげでなんとも言えない冷静さを確保することができた。
俺は鈴村に相談すべきだろうか?しかしそうなればマリアンヌに恥をかかせてしまうかもしれない。そう思うと言葉は出なかった。
そしていつの間にか俺はまた床の一点を見つめていた。
「正義、貴方何かあったの?」
鈴村が心配な表情で隣に掛け肩に触れた。
「相談できることがあったら言ってよ。私たち仲間なんだから」
今の鈴村からは普段の意味不明さを感じられなかった。
俺はとっさに声に出そうとして、言葉にはならなかった。
「あ!わかったわ!」
突然の鈴村の声に俺はびくりとした。鈴村はソファーをつかんで足をピンと伸ばす。ドレスのロングスカートが揺れる。
「正義!貴方異世界に来てカルチャーショック受けてるんでしょ!?」
鈴村の言葉にまたも思考が止まった。
当の鈴村は腕を組んだまま足を伸ばすという謎の姿勢を取りながら「わかるわ」とうなづいている。
「トイレは水洗だし!ご飯に唐揚げもある!カルチャーショック受けて当然よ!ここはただのコスプレ会場かってね!」
いつものことだが勢いを増す鈴村には俺はついていけない。とっさに谷風を探したがいなかった。
「私たちまだ魔法を見てないからよ!『THE ISEKAI』を!」
確かに俺たちはまだ魔法を見たことがない。そもそも『THE ISEKAI』とは一体?
「お前は一体何を言ってるんだ?」
俺の言葉なんか鈴村は聞いてはなかった。
「でもね!この世界には王子様がいるの!私はそれだけで十分だわ!」
鈴村は大きな声を上げて立ち上がった。
「私の!心が!」
鈴村は俺の前で両出を広げた。
「きゅんきゅんするもの!」
鈴村の瞳が燃えている。
「貴方もお姫様を見れば感じるはずよ!」
鈴村は最後にそう言って立ち去って行った。相変わらず謎である。不思議ちゃんと言うよりかは不思議を軽く超えすぎている。
彼女は不思議を超えた嵐の中にいる、そんな気がする。
「鈴村さんって何というか……変?」
鈴村が歩み去っていった反対の方向からやってきたのは清水だった。
「いや!ごめん!悪口を言うつもりはなかったんだ!」
突然頭を下げる清水に俺は少し驚いていた。食事会やガイダンスの時の清水は何というか顔が良い人というイメージがあったからだ。
こうして小さなことでも悪いと感じたら謝ってくれる人は中々いない。俺は清水が中々に良い人だ、そう思った。
「彼女はいつでも変ですよ」
俺はそう言って「ここに来てからさらに、ですけど」と付け加えた。そこでようやく清水は頭を上げてくれた。
「……そうなんだ」
清水は表情こそ出さなかったものの若干引いているの
様子だ。無理もない。
「あのさ、隣、良いかな?」
別に「だめ」と言う言葉はないので「どうぞ」と清水に席を勧めた。清水は何やら驚いているようだった。
「君たち……扇君、鈴村さん、谷風君はさ友達なんだよね?」
清水の質問はなんとも歯切れの悪いものだった。俺は「そうですけど」と言葉を返すと、清水は欲しかった答えが違ったのかなんとも言えない顔をしている。そうして清水は急に「あー」と声を吐き始めた。
「あー、ごめん。やっぱりこのしゃべり方俺はまだ慣れないわ。こんなんでも良い?」
俺は突然の豹変に少しびっくりした。しかしこれが清水の素なのだろう。俺は「全然良いですよ」と返すと清水は眉根を寄せた。
「俺がこうやって話してんだから扇も同じように話せよ、俺は学年なんて気にしない。俺17歳、お前16歳OK?」
学年は気にしなくても年は気にするんだ、そう思ったが口にはしなかった。
「おっけー……?」
「OK!」
突然の英語に困惑して口に出してしまったが清水は陽気な人でノリが良いのか片手で「I love You」のサインを立ててご機嫌な様子だ。
「俺思ったんだけどさ、扇なんか感じ変わった?昨日と雰囲気違う気がする」
さすがはイケメンである。鈴村なんかとは感じ取るところが違う。俺は清水の慧眼に感服した。
「何か大人っぽくなった気がする。もしかして昨日だけ?」
しかしそんなことを言われてしまえば急に自分がわからなくなる。元の世界の生活を思い返せば一昨日に昨日、そして今朝ほど慌てたことがないのだから。
俺は経験溢れる清水の雰囲気に思わず今朝のことを口走ってしましいそうになった。
しかし言葉に迷っていると清水は己の投げかけた質問の返答を無視して言葉を続けていた。
「まあ、誰だって異世界なんか来たら、普段通りではいかなくなるよな」
清水は下を向いて「俺だってそうだもん」と言う。
「あ~、サッカーしてぇー」
清水は座りながら右足はプラプラと動かし突然キレと勢いをつけてボールでも蹴るようにそのまま立ち上がった。
「シュ~~~~ット!」
俺は突然の清水の行動に唖然としていると、そして清水はそのままの体制で顔だけを動かしてこちらを見るとなぜか口でゴングを鳴らし始めた。
「ど、どうかしたのか?」
「すまん扇、俺も鈴村さんと一緒で変な人だったわ」
清水はつらそうな姿勢から元に戻りどかりとまた隣に腰かけた。
「お、おう」
「俺さ、本当はもうじき公式戦でさ。俺たちのチーム弱いから全国は行けないけどさ。運が良いと都大会行けたりするんだよ」
そう言って清水は「一回戦で負けるけどな」とまた下を向いた。
「でも俺サッカー好きなんだよ。俺異世界でサッカーしてぇ!一緒にやろうぜ!扇!」
しかしそんなことを熱く言われても俺は困っていた。
「いや、でも俺ルールとかよくわかんねえし……」
「サッカーはボールを相手のゴールにシューット!ただそれだけで良いんだよ!細かいところは俺が教えてやる!」
なぜか拳を突き付けてくる清水。俺が清水のノリについていけないでいると、清水は強引にも空いた手で俺の手をつかみ自分の拳に軽くぶつけた。
清水の拳は砕け散ったかのようにひらひらとさせる。
「だいたいこれで良いんだよ」
俺が目をぱちくりとさせていると、清水は軽い足取りで走り去っていった。
「俺、加藤や白田、南に声かけてくる!そっちは谷風君に声かけといてくれ!」
そう言い残して。
清水を見ていると元の世界のクラスが懐かしく感じた。清水ほど良いやつではないので谷風とはよく喧嘩していたやつだ。そいつは昼休みになるとたまにスポーツに誘ってくれたが、俺はいつも昼休み課題をやっていて断っていた。
「一回ぐらい遊んどけばよかったかな……」
今度のつぶやきは誰も聞いてはいなかった。
そうしていつの間にか俺の抱えていた問題は嵐の中で吹き飛んで行ってしまったようだった。
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