05 早朝の日差し

「おはようございます、扇様」


 目を覚ますとメイドがカーテンを開けていた。まぶしい光が顔を差す。


 部屋付きのお世話係もといメイドの彼女の本名はマリアンヌ・サファイア・サム・ホワイトドラゴンと言う。彼女からは気軽に「マリー」と呼んでほしいと言われたが知り合って間もないので俺は「マリアンヌさん」と呼んでいる。


 ちなみに彼女の性については、その昔彼女の先祖が白い竜を倒した時からそう性を変えたそうだ。そして彼女の家は立派な貴族であり騎士の家系なのだそうだ。


 彼女の容姿について言及すると彼女は少女というよりは女性、お姉さんと呼ぶ方がふさわしい。白い肌にぱっちりとした青い瞳、黒く長い髪をシニョンでまとめ、すらりととした体躯に高い身長の持ち主である。それでいて胸が大きいことから谷風が一目見て口笛を巻いていた。


「あら、どうかされました?」


 俺が黙っているとマリアンヌは近寄ってきてベットに腰かけてぐいっと身を寄せてきた。


「すごい汗、お加減はいかがですか?」


 彼女の手が自然と伸びて俺の額に触れ、それから自分の額に当てた。


「熱はないようですね」


 俺は立ち上がろうとしてそれを止められた。


「体調がわるいのでしたら今日はお休みなってはいかがですか?ユングミリア様には私から伝えておきます」


 マリアンヌはそう言い俺は少し慌てた。


「いや、大丈夫だから。ちょっと悪い夢を見ただけだから」


 それを聞いてマリアンヌは「そうでしたか」と言って微笑した。


「今お湯を持ってまいります、扇様はそのままで。着替える前にお体を拭いて差し上げます」


 俺は遠慮しようと声を上げたが彼女は先んじて俺の唇に人差し指を当てた。


「そのままでお願いしますね」


 微笑む彼女に俺は俺は思わずどきりとして「はい」としか言わざるを得なかった。


 湯気の立つお湯の入った桶を持ってきた彼女は桶をベットの脇に置き、初めに顔を拭こうとした。


「そこは自分でできるから!」


 しかしマリアンヌは意地悪な笑みを浮かべてやめてはくれなかった。これ以上言っても仕方なさそうなので俺はされるがままだ。


 暖かいタオルが顔から耳へ、そして首へ。寝間着を脱がされ肩から胸、お腹と下がっていく。そうして両腕を拭いて背中を向けさせられた。


「もしよろしければ、扇様の夢のお話を聞かせてはくださいませんか?」


 背中を拭かれている最中、マリアンヌの言葉に熱っぽかった顔が一気に冷めた気がした。


「私ではお力不足かと思いますが、それでも微力ながらお支えできるかもしれません」


 俺は背中越しにかけられる言葉に口をつぐんで黙っていた。背中にタオルとは違う暖かい感触があった。彼女が背中に手を添えているのだ。


「面白く、ないですよ」


 彼女は「かまいません」と優しく即答した。


「じゃあ、少しだけ……」


「ええ、構いません」


 俺がマリアンヌに話したのは自分の過去の話だ。それも簡潔に、マリアンヌがわかりやすいようにかみ砕いて。短くしたとしても、自分としてはあまり他人に話したくない。

 しかし彼女の手は暖かかった。

 俺は昨日ふと鏡を見た時思い出してしまった。


「鏡……?」


 そう、俺は時々鏡に写った自分を見るのが怖くなる。理由までは教えなかった。教えることが、まだできなかった。


 しかし彼女はそこまで聞かなかった。


 そうして俺は口をつぐんだ。何拍か空白が通り過ぎた後、マリアンヌは言った。


「では、私が貴方様の唯一の鏡になりましょう」


 一瞬ふざけているのかと思ったが、振り向いて彼女の瞳は俺の胸を優しく貫いた。


 俺は何かを言おうとして忘れてしまった、文句だったのかもしれない。それなら忘れて良い、そう思えた。ただ言葉にならず開いた口が上下した。


 そんな俺を見てマリアンヌはにっこりと笑った。ただただ、その笑顔はまぶしかったように感じた。


 俺はどきどきする胸を押さえながらようやく落ち着いた口でお礼を言った。


「ありがとう、話したら少し楽になった気がする」


 彼女はお礼の言葉を聞いて立ち上がった。そうしてまた桶でタオルを軽く洗い直し絞って水気を切った。どうしてか、何度目かの水が落ちる音がやけに耳に心地よかった。


 俺はようやくベットから立ち上がろうとして、なぜか彼女の瞳が俺を射抜いた。


「え?……あ、どうか」

「まだ終わってませんよ」


 彼女は俺の言葉にかぶせて、タオルを手に言った。


「まだ終わってません。まだ下が残ってます」


 俺は間抜けにも「あ?」と開いた口から声が漏れた。突然のことにマリアンヌの言葉が思わず理解できなかった。


「ですから、貴方様の下半身を拭きたいのでズボンをお脱ぎください」


 俺は彼女の言葉に慌てた。


「え?いやいや!下はダメだって!それこそ自分でやるからマリアンヌがやる必要はないから!」


 今度こそ俺は本気で慌てた。

 しかしマリアンヌは非常にも表情を変えず言う。


「だめです」


 俺はズボンだけでも死守しようとズボンを引っ張ったが、マリアンヌの方が何枚も上手だった。俺が引っ張ろうとするや否や一気にズボンをすぽっと引っぺがしたのだ。


「あ」


 脱げたズボンを見て俺はまた間抜けにも声を上げた。そうして彼女はまた俺の体を拭くのだ。逃げようとすると彼女はなぜか手に力を籠める。


 逃げられない、直感が告げた。


 しかしなんとも間抜けな光景だろうか、俺は足を拭かれている間ずっと顔を沸騰させて必死に股間を手で隠し続けている。


「パ、パンツだけは勘弁してください!」


 俺は無我夢中で叫んだ。


 しかし天は非常で、鬼畜だった。


「それもだめです」


 とろけるような笑みの彼女が怖かった。


「貴方様も早こちらに来て二日目、さぞ性欲が溜まっているいるでしょうから私がここで一発抜いて差し上げます」

「う!嘘でしょ!?」


 女の子の言葉とは思えないほど下品で淫らで俺は驚いた。


 マリアンヌはエプロンを脱いでブラウスのボタンを次々緩めていく。あらわになるのは白いキャミソールに透ける灰色の下着、そして大きなその谷間に俺は目が離せない。


「嘘ではございません。もし立たなくても私が立たせてあげましょう」


 シニョンを取って長い髪を垂らした彼女そう言って、なぜか人差し指を口に含んで舐める。しかしその光景には寒気すら覚えるのはなぜだろう。


「据え膳食わぬは騎士の恥、これはもともと貴方様のお国の言葉でしたね。確か、据え膳食わぬは武士の恥、ですよね?」

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