04 トマトは残すべき
「俺たち実は昨日の夜7人で話し合ったんだ」
清水は食事を取りながら言う。それに続いて高千穂はなぜか最初に「ごめんね」と謝った。
「扇君たちも誘おうと思ったんだけど既に寝ちゃってたから」
確かにあの後は体がやけに疲れていて床に就くなり早々寝てしまった。谷風も鈴村もどうやら同じらしい。
「いえ、別に良いですよ。どんなことを話し合ったんですか?」
俺がそう聞くと加藤が答えた。
「俺たち本当にこれから勇者なんかやれんのかな~って感じ。だって勇者なんて言葉聞いたのいつぶりだ?俺は中学の時にやったゲームの中だぜ。南くん以外皆もそんな感じ」
加藤は料理人に焼いてもらったステーキに慣れないフォークとナイフを突き刺して言った。
「だから私たち納得が付くまで話し合ったんです。わからないことも多いので途中から王子様にもご足労頂いて教えてもらったんです」
篠原の言葉に鈴村の目が光った。
「王子様ですか……イケ、どんな方だったんですか?」
「かなりのイケメンでしたよ」
高千穂の言葉に鈴村は表情こそださないが満足そうだ。
「それで話し合いの結論はどうなったんです?」
唐揚げをかじる谷風が尋ねる。
「時間はかかったが、俺たち7人は勇者になることに同意したよ」
今まで黙っていた白田が言う。
「お前たちはどうなんだ?これから俺たち十人は喧嘩よりひどい喧嘩をしなきゃいけないんだぜ」
「白田!」
皮肉気味の白田の言葉に清水が声を上げた。
「喧嘩じゃない、俺たちはこの世界の人々を救うんだ」
テーブルには一瞬静寂が訪れた。
静寂を破ったのは俺だ。
「俺は勇者やりますよ。愛子と四郎は?」
「私はやるわ」
「右に同じく」
その予想道理ともいえる言葉に俺は思わず薄く口角を上げた。その時高千穂だけが何と見えない悲しそうな眼をしていたのが見えた。
俺たちが特に勇者になることに反対しない理由は、なぜか聞かれなかった。
「しっかし辺鄙なところだよな。スマホも圏外だし通じねえし。バッテリーは温存しておいた方が良いかもって話だけど」
「異世界って碌な田舎じゃねえ」
「それな」
加藤と清水は言う。この後はただただおしゃべりをして終わった。鈴村の図書館での話をすると皆一様に驚いたような顔をしていた。
「悪い人たちじゃなさそうな気がするわ」
鈴村が言い谷風が「だな」と同意した。
食事会の後は今後のガイダンスが城の高官からあるらしく。俺たちは隣の部屋に移っていた。
「はじめまして、勇者の皆さま。私はこれから皆さまのお世話係の長を仰せつかりましたモルドレッド・ジャン・ピエール・ユングミリアです。皆さまからすれば不思議な名前に聞こえますでしょうが私の名前はごく一般的なのです」
モルドレッドが名前、ジャンは洗礼名、ピエールは父の名前、ユングミリアが家の名前だそうだ。そう語ったのは身長に体格の良い初老のおじさんだ。垂れ目とその優しい口調から紳士的に見えた。
それからそれぞれのお世話係、講師の紹介を受けた。その中には今朝さっそくお世話になったメイドの姿もある。途中なぜか目が合って急に恥ずかしくなり、彼女がわずかに微笑しているのが見えて余計恥ずかしくなった。
モルドレッドからの説明によると俺たち十人はまずこれから体力テストを受けて座学、礼儀作法を学び、体作りと共に戦闘訓練を積む必要があるのだとか。これを半年から一年をかけて学びそれから実地訓練に入るそうだ。実地訓練を終え基本を学んだ後はそれぞれの専門分野に分かれるんだとか。
「防大かよ」
その突込みはよくわからなかったが加藤は言った。
RPGゲームと違ってこの世界では国がずいぶん勇者にたいして良くしてくれるようだ。もちろんこんな質問も手が上がっていた。手を上げたのは清水だ。
「もちろんそういう方針の国もあります。そういった国では勇者の方々を百人規模で召喚する力がありますが私どもの国は小さなものなので」
自虐的にモルドレッドは答えたが俺はそれを聞いて驚いていた。それに対して高千穂が声を上げた。
「この世界の人たちはそうやって私たちを大切な家族や友達から勝手に切り離して!!」
それは悲痛な叫びだった。高千穂の目には涙が浮かんでいる。しかしその発言には数人が目を剥いていた。
「玲奈!」
いきり立つ高千穂の袖を篠原が引いた。
「それは昨日皆で言わない約束したじゃない!」
篠原が声を上げたが高千穂はそれを振り切った。しかし次の瞬間には振り切った自分の手を抱いて篠原に謝っていた。
「ごめん」
篠原の頬には既に涙が零れていたのだ。
「私たち一度は死んでるんでるんだから、人のせいにしちゃだめだよ」
篠原は高千穂の肩を抱いた。また「ごめん」と高千穂の声が漏れたのが聞こえた。
それから高千穂はモルドレッドに頭を下げた。モルドレッドもさして気にしていないようだ。
「勇者の皆さまはまだ転生されたばかり、記憶が不安定なのは聞き及んでおりますので、お気になさらず」
高千穂はおそらく死んだときの記憶がないのだろう。谷風もそうだ。
しかし谷風とはこの世界で初めて目を覚ました時に奇跡的に会話の中で違和感を発見できたからこそわかったことだ。
谷風は俺と鈴村から自分の最後を伝えられ初めはふざけているのかと一蹴したが「異世界転生」と謎の言葉をつぶやきなぜか納得してくれた。
高千穂は今だ半信半疑なのだろう。故に高千穂は元の世界から突然連れ去られたかのよう思い、ふるまってしまった。そんな気がした。
記憶があやふやなのは俺自身もそうだ。それでも症状は軽い方だと思っている。
今朝のことだ。
俺は初めて会ったメイドの女性に自己紹介すると俺は好きな食べ物や嫌いな食べ物はあるかと聞かれた。その時の俺は特に思いつかず「ないです」と答えていた。
そうして朝食の際、俺はいつの間にか食べられないはずのトマトを食べてもどしてしまい。メイドに恥ずかしいところを見られてしまっているのだ。
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