01 賭けはどちらに転ぶ
「なあ、正義まさよし賭けしようぜ」
俺は唐突な谷風の言葉にまた「は?」と間の抜けた反応をしてしまった。
「何の賭けだよ?」
「あの女の子がドジっ子かツンデレ娘か」
俺はまた意味が分からず思わず谷風を見た。そこにはにやけ面のきもい顔がそこにあっただけだった。
「じゃあ私クーデレに賭けるわ」
なぜか鈴村まで加わり始めたが俺たちは今炎の燃え盛る祭壇の前にいる。
祭壇の前にたたずむ少女は自身が巫女であると自己紹介して俺たちがこの世界を救う救世主である云云かんぬん話始めたのだ。そうしてようやく長い話が終わると思えば同じく異世界から召喚されたであろう学ランの少年が巫女に問答を始め今はその最中であった。
同じく異世界から召喚されたであろう人たちは俺たちを含め軽く見て十人はそこにはいる。しかし俺から見て谷風と鈴村を除き面識のない人ばかりである。谷風や鈴村に小声で問いかけても知っているものは誰一人いないとのことだった。
異世界へ突然跳躍した他の面々の顔は緊張と不安によって固くなっているのが見て取れた。
しかし俺たちには緊張感がなかった。
「その賭けして今何か意味があるのか?」
俺は谷風に暗に空気を読めと言いたかった。しかし言葉が悪かった。谷風は何を勘違いしたのか得意顔で説明し始めた。
「もしもあの女の子がドジっ子ならこれから階段を踏み外す。その時ドジっ子を選んだ者は女の子を助ける権利が与えられる、どうだ?」
何が「どうだ?」なのだろうか。
「ちなみにあの女の子がツンデレだろうがクーデレだろうが結果きっと階段から落ちる」
全く意味が分からなかった。
「権利とか馬鹿なこと言わないで助けれるなら助けてやれよ」
俺が谷風にそう言うと谷風は「それはだめだ」となぜか完璧に言い切った。
「なんで?」
「それを聞くのか扇正義?」
「なんで今フルネームで俺の名前言った?」
しかし谷風は俺を無視して続けた。
「あの子を助けた者はラッキースケベな展開からいくと必ずおっぱいを揉めるか顔面騎○位してもらえる」
はっきり言って全く意味が分からなかった。どうしたらそんな残念な妄想ができるのかわからなかった。谷風は漫画脳すぎたのだ。それから谷風は「運が悪いとパンチラに終わってしまうがな」とも付け加えた。
「わからないの?正義」
「お前ならわかるのか?愛子」
鈴村は赤い眼鏡の弦を人差し指で押し上げて俺を鼻で笑った。正直どうでも良いが腹が立った。
「フラグが立つのよ、確実に」
俺は二人を無視することに決めた。
しかし結局のところ巫女の少女は階段で足を滑らせるなんてことはなかった。
その後夜も既に深けていたことから白に案内されそこで眠ることになり、目が覚めた時には既に日は昇ていた。
メイドの女性に促され顔を洗い用意された服に着替え朝食を取り、それから谷風の部屋を訪ねて鈴村の部屋を訪ねた。しかし二人は既に外出しており不在だった。二人の行方を聞くと谷風はどうやら城を散策し、鈴村は図書館へ行っているらしい。
俺は二人に会うのを諦めメイドに展望室のような場所はないかと尋ねた。女性は俺を部屋に待たせて出ていくとすぐに戻ってきた。城の最上階に案内してくれるとのことだった。
最上階から見えるのは巨大な三重の城壁、城壁の中には白い石材でできた建築物が所狭しと並んでいた。まさに圧巻の光景だった。
また空は雲一つない快晴、日差しはからっとした暖かさを感じ不快感を感じない。その上風は穏やかでわずかに髪を揺らす。
「いかがですか?我が国は?」
テラスの柵に手をかけている俺に声をかけたのは身なりの良い初老の男性だった。紫の衣をまとい、背丈と共に体格も良く白髪交じりの髪はオールバックに撫でつけられ豊満な髭と鋭い目つきの持ち主だ。
男性の問いかけに俺は「美しい国ですね」と答えた。声をかけられたこと、見られているということに俺の中にわずかな緊張が走る。俺が小心者のためだ。
男性は冠こそかぶってはないもののこの国の王だ。目の前にいられるだけで緊張しないわけがない。
「どうですかな?故郷と比べて?我が国の発展は貴殿の国と比べてはるかに劣っていると思いますが」
「ええ、俺の国とは比べ物になりませんが。比べ物にならないほど美しいところだと思います」
「気に入ってくだれば何よりです」
それから王は使用人に椅子とテーブルを用意させ、俺はお茶の席を勧められた。当然断れることなく俺は席に着いた。
「率直に扇殿にお聞きしたいのですが、故郷への未練はおありですかな?」
王にそう聞かれた時俺は丁度お茶の赤く透き通った色を見ていた。お茶の水面が反射してわずかに俺の顔を赤く映している。俺はティーカップをつまんでお茶を一口飲んでから「いいえ」と答えた。
「なぜそう思われるのですかな?まだこちらに来て一晩しか立っておりませんが。理由をぜひ教えていただきたい」
お茶の色は確かに綺麗だった。味も良かった。甘くはなく、ほのかに苦みがあり香ばしく深みがある。飲んだことのない不思議な味だった。
しかし俺が思ったのは全く頓珍漢で下品なことだ。その赤い色が血の色に見えたのだ。まるで自分の運命を暗示するように。
「俺は血が好きなんですよ」
王はテーブルに両肘を置いて手を組んだ。そうして俺の理由を聞いて「ほう」と感嘆した。
運命なんてものは世界が変わったからと言って変わりもしなければ覆りもしない。ただ単に自分が悟り世代なだけなのかもしれない、けれど「運命」だなんてロマンチックな恥ずかしい言葉を俺は使えるような人間ではないのは知っていた。ただ、自分の人生が変わらないことを分かっただけだ。
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