異世界で最強になろう!

鳥海オートマタ三郎

序章

00 終わりの始まり

「お前、異世界行ったら何したい?」


 唐突にいつかのどうでも良い記憶を思い出した。

 それを聞いてきたのはオタクの友人である谷風四郎(たにかぜしろう)だ。俺はその時谷風が何を言っているのかわからず、また馬鹿なことを聞いてきているのだなと思い小馬鹿に「は?」と返事をした。

 それから俺は一瞬だけ顔を上げて、面倒臭さから無視して数学の課題を続けることにした。


「いや、無視すんなし」


 そのまま課題を取り組み続けていると谷風は俺から問題集を取り上げた。

 俺は苛立ちから「おい」と怒ったが谷風は満足そうにほくそ笑んだ。谷風の悪いところである。


「じゃあ、スタバでコーヒー飲んでヒトカラ、それから大須で買い物。ほら、これでいいだろ?」

「いや、お前の週末の予定とか聞いてねえし」

「は?名古屋行きたいんじゃないのか?」

「違えし、異世界行ったらどうしたいって聞いてんの」

「は?」


 谷風は時折わけのわからないことを言う。自身のオタク知識に常識が足りてないのだ。


「そもそも異世界って何だよ?」


 俺がそう尋ねると谷風は一瞬真顔になった。


「いやいや、お前異世界って言ったら異世界だろ?」

「異界のことか?オカルトか?」

「違えし。最近流行ってるだろ?異世界転生いせかいてんせいとか、知らねえの?」

「知らん。転生てんしょうって宗教の話か?宗教勧誘とかだったらお断りな」

「いや、だから違えって……」


 俺はため息をつきそうになった。しかし谷風が先にため息をついて無知を見るような憐れむような目で見てきたので腹が立った。


「お前本当に知らねえのな?」

「大抵のやつは知らんだろ」

「いいか、異世界って言うのはな」


 そうして谷風は自分のカバンから三冊ほど俺のノートの上に文庫本を広げた。どれも帯が未だつけられておりクリアカバーで大事にされている分かる。しかしどの文庫本も目の大きなアニメのキャラクターが描かれている。


「ライトノベルか」


 そう言うと谷風は大仰に「そうだ!」とうなづいた。


「そして驚くことなかれ!この三冊はどれも売り上げ百万部を突破しアニメ化を果たした神ラノベだ!」


 しかしそんなことを言われても「そおか」としか感想が出てこない。「皆頑張って買ってるんだな」思わずそう皮肉を言いかけてやめた。そんなことを言えば多分谷風は切れる。谷風は切れると記憶が飛ぶような人間ではないが面倒なことになるのは目に見えている。


「どれもタイトルが長いな……」


『異世界に勇者として召喚された俺はいきなり美少女のお姫様に結婚を申し込まれた』

『異世界に転生しただけで神様からチートととんでもない美少女のヒロインをもらった俺はの人生は今後薔薇色であることは間違いない!』

『ルシフェル旅行記~異世界でチート無双な俺を止めるものは誰もいない~』


 俺はそのタイトルの文字の多さに思わず引いてしまった。


「最近のライトノベルはこうも、長すぎないか?」


 俺の疑問に谷風は腕を組んでうんうんとうなづいた。


「お前の言いたいことは分かる。しかし最近はタイトルでどんなお話なのかある程度読者に一目でわかるようにするのがトレンドなんだ」


 そう言って谷風は「あらすじ何て誰も読まないからな」と付け加えた。


「しかしどのタイトルにも異世界という言葉が入っているのがわかるだろ?それぐらい今異世界が熱いんだ!」

「そうなのか」


 俺は内心そんなことより早く問題集を返してほしいばっかりである。


「それで、異世界っていったい何だよ?」

「それはな―ー」

「それはね、乙女ゲーの中の悪役令嬢に転生して本来ヒロインに打ち負かされるはずなのに逆にぼこぼこに打ち負かすことよ!」


 谷風がようやく言いかけた時いつの間にか鈴村愛子(すずむらあいこ)が腕を組んで仁王立ちしていた。鈴村も友人であるがオタクである。


「いや!違えし!」


 すかさず谷風は反論するが俺は突如現れた鈴村の出現に表情こそ変えないものの驚いていた。


「違わないでしょ」

「いや、それ悪役令嬢の話じゃねえか!俺は今正義まさよしに異世界が何なのか教えてたんだよ!」


 谷風がそう言うと鈴村は目を見開いて口元を押えた。


「正義、あなた、異世界も知らないの?」 


 鈴村は驚いたまま「あなた今まで異世界も知らないでどうやって生きてきたの!?」とふざけ始めたのでいい加減嫌気がさしたのだ。

 そしてそのまま昼休みを負えるチャイムが鳴り俺は異世界について結局聞かずじまいに終わったのだ。

 そんなことを思い出していた。


 隣で谷風と鈴村が両方から脇を肘で小突いてくる。


「なあ正義、これ夢じゃないよな?ちょっと俺のほっぺつねってくれよ」

「四郎、普段気は合わないけど今はなぜか合うわね。正義、私のほっぺもちょっとつねってよ」


 俺は二人を無視して伊達メガネの弦を軽く押し上げて、眉間に皺が入り続けているので軽くほぐす。

 俺の視線の先には階段がありその上に未だ炎の上がる祭壇があった。そしてその前に立つ若草色のふざけた髪色で見たことのない民族衣装をまとう少女が俺たちを見下ろしていた。


「ようこそ異世界よりおいでくださりました。勇者様」

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