第六章

ハロワールド 巡る円環 本部

最強の名前は

 最強ってのは、一番強いって意味らしい。


 俺は最強のハロ使いになるって、決めているんだ。

 灰色の男グレイマンと同じ最強のハロ使いになって、一緒に侵略する者インベーダーとかと戦って、ハロワールドを守りたいんだ。


 一番強いやつが二人いたらおかしいとか、ラッセたちは馬鹿にするけど、俺はなるんだ。最強のハロ使いになってやる。


 蜥奕族せきえきぞくの里を飛び出して、死にものぐるいで巡る円環のハロ使い育成学校を卒業して、ハロ使いになったんだ。

 まだまだ経験浅いけど、立派な阻止する者ブロッカーだ。


 そして俺は今、あこがれの灰色の男グレイマンにお近づきになるチャンスを掴んでいる。

 昨日は、灰色の男グレイマンの転送ハロ式のすごさを身をもって知ることができた。たったひと言で、俺は本部から遠く離れた海木かいぼくの上にいたんだ。マジですげぇよ、灰色の男グレイマン


 ビッグチャンスをくれた異界人のリンには、いくら感謝しても足りない。


「で、で、灰色の男グレイマンの名前を唱えれば、会いに行けるって、マジか!?」


「らしいけど……」


「マジすげぇよ、灰色の男グレイマン。最高かよ。尻尾の先までたぎるぜ」


 黒いモジャモジャした『犬』を抱えてソファーに座っているリンが乗り気じゃなさそうな雰囲気なのは、気のせいだ。

 きっと、謎だらけの灰色の男グレイマンの名前が見当もつかなくて、途方にくれているだけだ。

 俺も、さっぱりわからないけど、力になってやるしかないだろ。


「そう暗くなるなって。俺も協力するからよ」


「……拒否権ないじゃん」


「え、なにか言った?」


「別に」


 ま、そうと決まれば、時間も限られているし、早速灰色の男グレイマンの名前を暴かないとな。


「じゃあ、まずは俺が灰色の男グレイマンのことで知ってることを全部教えてやる」


「…………」


 リンは、まだやる気がなさそうだけど、俺が巡る円環に入る前から集めた灰色の男グレイマンのマル秘情報を聞けば、きっとやる気も出るだろ。

 まずは、灰色の男グレイマンのカッコいい決め台詞ベスト3から解説しようとしたら、アルゴ995号が割り込んできやがった。


「リン、リン。わたくしの方が、脳筋のダルよりも役に立ちますよ」


「んだよ、昨日は灰色の男グレイマンのグの字も忘れてたじゃねぇか」


「忘れていたわけじゃありません。アルゴさまが、情報データを一時的に削除デリートして、アクセス権凍結ロックしてたんです。もう解除されてます。ダルなんかより、リンの役に立ちますぅ」


「あのな、俺は……」


「ビィィィィィィィィィィ……」


 尻尾の先まで震え上がるような唸り声が、響きわたった。


 ロックとかなんとかとか、わけわからん単語使ってキャンキャン吠えてた995号も静かになった。


「ィィィィィィィィ……」


 唸り声の主は、リンの腕の中の黒いモジャモジャだ。


「ピィちゃん、怖い顔しないの」


「ピッ」


 いやいやいやいや、黒いモジャモジャに目玉しかついていないヤツに、怖い顔とかあるのかよ。つか、どこからどこまで頭なんだよ。


 黒いモジャモジャをワシャワシャとなで回すと、ようやくリンも笑顔になっていた。やる気が出てきたらしい。


「時間が限られているんだし、さっさと知ってること出し合おうよ」


「だよなっ」


「ですよねっ」


 よりによって、995号と声がかぶるなんて、面白くねぇ。


「まずは、995号が知ってることを……」


「なんでだよ」


 面白くねぇ。

 ま、今回、灰色の男グレイマンの名前が必要なのはリンだから、言うこときいてやるよ。


 面白くねぇものは、面白くねぇ。


「おほん。では、灰色の男グレイマンですが、女神ナージェが選んだ巡る円環の創立メンバーの一人でして、最強のハロ使いと呼ばれています。また、ハロワールドの生活に欠かせないハロ式を考案したのも彼で……」


 偉そうなこと言っていたくせに995号のやつの話に、目新しい情報はない。

 どれだけ灰色の男グレイマンがスゴいのかなんて、俺の方がバッチリ熱く語ってやるぜ。


「995号の話をまとめると、灰色の男グレイマンは地球生まれの妖精界育ちで、とにかく強い不死身の人ってことでいいね」


「あわわわわわ……、わたくしの説明がわかりづらかったのですか? わたくし、役立たず……あわわわわ」


 995号の話が一段落したところで、リンは申し訳なさそうに話をまとめた。


 リンは異界人なんだから、そんな硬い情報じゃ、灰色の男グレイマンのすごさは伝わるわけねぇよ。

 ここはリンにも、灰色の男グレイマンのすごさがわかるように、熱く語ってやらないとな。


「あわわわわわ……、そそそそ、そ、そんな、わたく……ふぎゃ」


「995号、お疲れさま。後は俺が灰色の男グレイマンのすごさをリンに嫌ってほどわからせて……」


「あ、それはもういいから」


「へ?」


 青くなったピンポン玉アルゴ995号を掴んだまま、リンのそっけない声に固まる。


灰色の男グレイマンが、どんなにすごいとか聞かされても、名前に直接つながらないじゃん」


「え、あ、そんなことは…………」


 ある、かもしれない。


 たしかに、灰色の男グレイマンのすごさから名前がわかったら、俺はとっくの昔に弟子入りしてるはずだしな。


「ピィちゃんは、もちろん灰色の男グレイマンの名前知っているんだよね?」


「ピィ」


 丸っこいモジャモジャが縦に伸びて縮む。


「よしよし、じゃあピィちゃん。995号が言ってたハロ使いの灰色の男グレイマンの話の中で、名前に関係ある情報があった?」


「ピッ」


 短く鳴いただけだった。


「ピィちゃんが、ハロ使いの灰色の男グレイマンと名前は関係ないって言ってるから、ダルの話は聞くまでもないの」


「ピィ」


 どうやら、伸び上がるのがイエスで、短く鳴くのがノーらしい。というか、リンのやつ、黒いモジャモジャの言ってることが、なんでわかるんだよ。

 青い目玉だって、グリグリしていて、何考えてるかわかんねぇし。


 リンにワシャワシャなで回されている黒いモジャモジャなんかに、負けていられない。


「いや、けどよ、もしかしたら、名前につながるかもしれないじゃねぇか」


「あのさ、だいたい、灰色の男グレイマンハロワールドに来る前には、名前があったんでしょ。だったら、ハロワールドの活躍とか関係ないでしょ」


「うっ……」


「うっ……」


 尻尾の先までみなぎっていたやる気がなくなってしまった。

 あと、なんで、995号とかぶるんだよ。

 面白くねぇ。


 八つ当たりだってわかっているけど、床に叩きつけずにはいられない。


「ふぎゃぁああああ! 馬鹿ダルぅううう!!」


「ピッ」


「あわわわわわわわわ…………」


 勢いよく弾む995号に、黒いモジャモジャが短く鳴いた。


「……って、スルーするんですか! わたくしで遊ばないんですか!」


「ピッ」


「いいですけどね。わたくしも、ゴロゴロされるのは不快極まりないですからね。ただ、ちょっとだけなら、おもちゃにされてもいいかなって思ってたんですけどね」


 995号がキャンキャン吠えてうるさいけど、沈黙よりはうるさいほうがマシだ。


「ちょっと静かにして、995号」


「あわわわわ……申し訳ありません」


 青くなった995号に、リンは盛大なため息をつく。


「ところで、ダルはなんであんな最低なやつが好きなの?」


「そりゃあ、最強だからに決まってるじゃん」


 尻尾の先までとはいかないけど、ちょっと元気出た。


「俺も最強になってやるんだ」


「へぇ……」


 なんだよ、異界人のリンもわかってくれねぇのかよ。


「だからさ、みんな、灰色の男グレイマンに頼りすぎなんだよ。ハロワールドの住人は、帰る世界をなくした奴らの寄せ集まりだろ。絶対なんてないって、みんな知ってるはずなんだよ。ハロワールドだって、滅んじまうかもしれないだろ。俺は好きだぜ、ハロワールドが。もしかしたら、明日、いや今日だって、灰色の男グレイマンも手も足も出ないような侵略する者インベーダーが来るかもしれねぇじゃん。最強がいっぱいいれば、安心だろ。だから、俺は最強になりたいんだよ」


「…………なんか、意外」


 リンの感心した声に、無意識のうちに尻尾で床を叩いてた。


「わたくし、ダルがそこまで考えているとは思いませんでした。ダルは、筋肉馬鹿じゃなかったんですね……ふぎゃ」


「筋肉馬鹿じゃねぇよ」


「あわわわわわ……な、投げないでくださいぃいいいい」


「るせぇよ」


 手の中の995号をどこに投げようか考えていると、リンが声に出して笑いだした。


「……なんだよ、俺は本気だからな」


「アハハハ……、ごめん、ダルを馬鹿にしてるわけじゃないの。やっと、わたしも灰色の男グレイマンの名前が知りたいなって思ったの」


「そ、そっか」


 それはよかったけど、何がそんなにおかしいんだよ。


 やっぱり、異界人ってよくわかんね。

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