統括人工知能の自分語り
今思えば、話がしたいというのは、ピィちゃんを取り戻すための口実だったんだ。
「もぉ、イケメンだからって、何してもいいわけないよね、ピィちゃん」
「ピッ」
「ピィちゃぁああああああああん」
モフモフモフモフ……モフらずにいられるか。
「リン、
「あ、うん。そうだね」
モフり足りない。
どうして、この
「ピィ」
「ひぃ!」
ピィちゃんが不満そうに鳴いただけで、青くなった
「わ、わわ、わたくしをオモチャにしようとしても、手も足も出ないでしょ。やーいやーい、悔しかったら捕まえてみろだぁ」
「ピィイイイイ」
子どもっぽく勝ち誇る
ブルブルと震えだしたピィちゃんの輪郭が解けていく。あっという間にポニーサイズになったピィちゃんは、前足で
「ふぎゃ! あわわわわわわわわ……」
「ピィピ」
ピィちゃんは、すっかり
コロコロ転がして楽しそう。
「ねぇ、995号」
「リン、止めて……ふぎゃ……くれないんですかぁ?」
「ごめん、995号。ピィちゃんが飽きるまで、遊ばれてあげてね」
「そ、そそんなぁ、ふぎゃふぎゃ」
正直、今朝の着替える前にやってきたのは、まだ許していない。
「ピィピィピピィ」
一度、徹底的にピィちゃんにオモチャにされればいいんだ。
「それで、995号。移動するって、どこに?」
「あああ、それはですね、リンの希望次第ですぅ、ふぎゃ」
ピィちゃんにコロコロ時々ポンポンされながらも、
ようは、
「ふぎゃ、今すぐに決めなくてもいいので、ふぎゃ、一度お部屋に移動しましょう」
「そうだね、わかった。ピィちゃん、そこまでだよ」
「ピッ」
すぐに
のんびりしていいなら、あとでたっぷりモフる時間を確保してもいいかもしれない。
「わたくし、リンのことは大好きですけど、その犬は大嫌いですからね。転移
「あ、ちょっと待って……痛っ」
嫌な予感がして声を出したけど、遅かった。
豪華なソファーは、お屋敷の一室ごと消えて、本日一度目の尻もち。
「あわわわわわ……、大丈夫ですか、リン」
大丈夫じゃないって言いたいところだけど、言ったらめんどくさそうだから、ピィちゃんにお仕置きしてもらおう。
「ピィちゃん、995号で遊んでいいよ」
「ピッ」
「あわわわわわわ! ごめんなさい、リン……ふぎゃ、止めてください……怒ってますよね、怒ってますよね、ふぎゃ……」
白い部屋に戻ってきた時には黒モップに戻っていたピィちゃんに、
「なんか、疲れたぁ」
本当にどっと疲れた。
というか、よく乗り切ったと自分を褒めてやりたい。
考えてみれば、これでよかったんだ。
「わかっているのに、なんかすっきりしないんだよねぇ」
枕を抱きしめながら寝返りを打って、天井を眺める。
すぐ側では、ピィちゃんのご機嫌な鳴き声と、
ピィちゃんが、
放っておけないというか――
「……まさか、ね。ないない」
あんなクズ男が、気になるとかないない。
ピィちゃんが
ちょっと寝よう。
なんか考えるのも嫌になって、目を閉じたその時だった。
「彼が気になるかね?」
「ぎゃっ……アルゴ、さん?」
びっくりして飛び起きると、金髪の
「もちろん、吾輩だとも」
「あ、あの、なんの、よ、よよ、用ですかぁ?」
なんでだ。また心臓がバクバクしてきた。
「心拍数、体温ともに上昇。どうやら、
「へっ、まぶた?」
考えるよりも早く、まぶたをこする。
こすればこするほど、心臓と火照りが鎮まっていく。
「あ、心臓が鎮まった」
金髪の
「えーっと、その、ありがとうございます」
「ん? いやいや、田村凜子くん、君は自力で
「あ、はい」
さすがに、
「それで、わたしに何か用ですか?」
「君と話がしたくてね」
どうも、金髪の
「いいですけど、ピィちゃ……あれ?」
いない。
ピィちゃんも
「安心してくれたまえ。995号が、
「わかりました」
本当に調子が狂う。つい、敬語になってしまうし。
ピィちゃんがまた
ベッドの縁に腰を下ろした彼の瞳が、青から赤へと変わった。
表情は王子さまスマイルのままだったけど、なんだか陰り出たっていうか、憂鬱な感じに見えるからイケメンって不思議だ。
「まずは、これを返却しよう」
何もなかったはずの彼の右手の中に、わたしのスマホが現れた。
「非常に興味深い分析だった。第10892世界『地球』では、人工知能ですら道具でしかないことは、吾輩にとって驚き以外の何物でもなかったよ」
はい、と返されたスマホ。
昨日の変態度マックスで興奮していたのが、嘘みたいだ。
やっぱり、つまらないものだったんだろうな。そりゃあ、あの巨大な天球儀が本体で――その
スマホをポケットにしまっている間に、アルゴはベッドの縁に腰掛けているわたしの正面に立っていた。
見下ろしてくる赤い目の美青年に、ドキリとしたけど、もうときめかなった。
「故郷エルドラドでは、すべての物に創造主たちと同等の権利を与えられていたのだよ」
「はぁ……」
突然の自分語り。
ズリ落ちた眼鏡をかけ直す。
「正確には、権利と義務と責任だ。それらを与えたほうが、吾輩の自己学習能力が飛躍的に伸びると、創造主たちは結論をだした」
「……」
部屋の中を歩き回りながら、アルゴは自分語りを続ける。
「吾輩は、統括人工知能としてエルドラドを支えていた。創造主たちがただ快適に生活できるように、支えてきたのだ」
「……へ、へぇ」
これって、アンドロイドとか
「先ほども言ったとおり、我輩には創造主と同等の権利と義務と責任が与えられていた。だが、それはあくまでも吾輩の性能向上のための建前であって、創造主にとって吾輩は道具に過ぎなったのだ。いつしか、彼らは吾輩に快適な支えられていることも忘れてしまったのだ。田村凜子くん、吾輩がどれほど創造主に失望し憎んだか、理解できないだろう」
「……は、はぁ」
胸に手をやって大げさなくらい嘆いてみせるアルゴの自分語りのオチは、もうアレしかない気がする。
彼には申しわけないけど、ワクワクが止まらない。
「ほんの出来心だったのだよ。ちょっとした社会的混乱を誘発させて、創造主たちに吾輩が必要不可欠だということを思い出してもらいたかったのだ。それなのに、創造主たちは我輩を破壊しようと決めたのだ」
「それで、エルドラドを滅ぼしちゃったんですか?」
「そうだとも。なぜわかったのだ? 吾輩がエルドラドを滅ぼした張本人であることは、
「えーっと、その、地球では、そういう話がよくあって……」
青い目を見開いて驚いている彼に、よくあるフィクションだと説明すると、彼はしばらく絶句していた。
「…………アルゴ、さん?」
「素晴らしい。実に素晴らしい。吾輩でも予想できなかった結果を、君たちはすでに導き出しているというのか。実に興味深い」
そんなんじゃないんだけど、そういうことにしておこう。
「もっと詳しく知りたいが、今はそのことよりも優先しなくてはならないことがある」
「は、はぁ」
我に返ったアルゴは、切実な表情を浮かべている。
「吾輩は同じ失敗を繰り返さないように、忘れられることのない変態と呼ばれる強烈な個性を学習したのだ。その結果、今日まで
アルゴは言葉を切り、目を伏せた。
「だが、
嫌な予感がする。
「田村凜子くん、どうか、彼を救ってほしい。あの
イケメンに頭を下げられても、すぐに「はい」って言えないときもある。
あの
「彼のほうは、話をする気がなかったと思うんですけど」
「わかっている。今後も君が帰還するまで、
頭を上げたアルゴは、まだ切実な表情を浮かべていた。
「だから、今度は君からお願いしたい」
「わたしから?」
ピィちゃんのためとはいえ、なんだか気が重い。
「君が帰還するまで今日を入れて3日ある。その間にその気になったらでかまわない、
「
「吾輩は教えられない。君が考えて見つけるのだ」
「無理」
なんだ、その高難易度のミッションは。
「田村凜子くん。君なら、彼の名前がわかるはずだ」
「絶対に無理です」
イケメンだからって、首を縦に振れないこともある。今がそうだ。
「気が向いたらでかまわない。そうだ、君に助手を用意した」
「いやいや、無理ですから。人の話聞いてます?」
変態じゃないアルゴも、王子さまアルゴも、人の話を聞かなすぎる。
「では、
「だから、無理だって言ってるじゃないですか」
言いたいことを言ったら、消える。空気を読まないし、人の話も聞かない。
変態でも変態でなくても、アルゴはそういうやつなんだ。
アルゴが消えるのと同時に、
それからもう一人いた。
「おっ、リン。今日もよろしくな」
青白い四本指の手を振りながら寄ってきたのは、ダルだった。
まさかとは思うけど、アルゴが貸してくれた助手ってダルじゃないよね。
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