第五章
ハロワールド 巡る円環 本部
ピィちゃんがぁああああ
アルゴとペット泥棒が知り合いだということは、確定だ。
壁や床を走る赤や青の光の数が多い。
よく見れば、前の部屋よりも広い。天井が高いのは同じだけど。
というか、ピィちゃんが見つかったって、どういうことだろう。
「えーっと……」
「おやおや、もっと喜んでくれると予測していたのだが、これは困惑、混乱といった感情だろうか」
また、頭上からちょっとセクシーな王子さまボイスが降ってくる。
「え、えーっと、そのピィちゃんは、どこにいるんですか?」
そうだ。見つかったって言うなら、取り戻しに行かないと。
「ハロー、ワールド」
ラッキーワードを唱えるて、天井を飲みこむ暗闇を見上げる。
「それで、ピィちゃんはどこにいるの?」
「現在、
ほとんど何を言っているのか、意味がわからない。というか、途中から、変態スイッチはいってる。
「君が探していた犬は、なぜか
なんか、ゾワゾワしてきた。
生首でも目の前にあったら、ぶん投げているかもしれないくらい、生理的に無理な変態口調に耐えなきゃいけないなんて。いくら、セクシーな王子さまボイスでも――いや、だからこそキツい。
自分たちには関係ないと決めつけたダルと
「お前んとこのボス、あいかわらず何言ってるかわかんねーよな」
「わたくしも、あんな変態に作られたと思うと、恥ずかしくて恥ずかしくて……」
「わかるぜ。俺も、
普段は仲が良くなくても、いつの間にあの二人は仲良くなったんだ、ってくらい愚痴が止まらなくなるのは、この奇妙な
「ハァハァハァハァ……、それで、吾輩はせっかく生成したボディを破壊された腹いせに、彼の大事な犬を連れてきたのである。吾輩は、平和的な話し合いで解決しようとしたのだがね。なにしろ、彼はちょっと気難しいというか、変わり者だからね。ハァハァ、それにしても、あの犬は、素晴らしい!!」
このまま、
「さすがだよ。彼が執着するわけだ。非常に、興味深い。ぜひ、解剖してみたいね。ハァハァハァハァ……」
今、この変態、解剖って言った。解剖って。
「あのぉ! 話がよくわからないんですけど、ピィちゃんに会えるんですよね」
「ハァハァ、もちろんだとも。ちょうど、既定値に達したところだからね。ほら、喜びたまえ」
床と壁を走っていた光が、わたしの足元に集まってくる。
「ピ、ピィ」
まだ半日しか離れ離れになっていなかったけど、懐かしすぎる鳴き声に泣きそうになる。
「会いたかったよ、ピィ、ちゃん?」
「ピィイ」
わたしが知っているピィちゃんは、黒いモップに瑠璃色のつぶらな瞳の謎の生命体だ。
「ピィちゃん、だよね?」
「ピッ」
目の前に現れたのは、黒いモップにはほど遠い姿をした生命体だ。
四本の足でしっかり立って、モジャモジャしていた毛並みも短くなって、尻尾もちゃんと分かる。ピィちゃんを散歩に連れて行くと、見かけるイタリアン・グレーハウンドにそっくり。
でも、そのつぶらな瞳は、間違いない。
「ピィちゃぁあああああああああああああん」
わたしの知ってるピィちゃんじゃないけど、ピィちゃんだ。
「ピィイイイイイイイイ」
膝をついて、両手を広げるとピィちゃんが飛び込んできてくれた。
「会いたかったよぉ、ピィちゃん。大好きだよ。寂しくなかった? ひどいことされなかった? もぉ、ピィちゃぁあああああああん」
「ピィ」
がっしり抱きしめて気がついたんだけど、ピィちゃん、ひんやりしている。それに、息してない。
そういえば、黒モップの頃もひんやり気持ちよかった。息してるとかしてないとか、気にしてなかった。
「ピィ、ちゃん?」
「ピィ?」
首を傾げるピィちゃんのつぶらな瞳は、間違いなくピィちゃんなのに。なんだろう、この不安は。やっぱり、姿が変わってしまったから。それとも、やっぱりピィちゃんじゃないの。
「ハァハァ、もっと喜んでくれたまえ!!
ぶらっくどっぐ?
へんしんのうりょく?
「ピィイ」
わたしが首をひねっていると、ピィちゃんがブルブル震えだした。
「ピ、ピィちゃんっ」
痙攣していると思って強く抱きしめたら、ポフッと懐かしい抱き心地が……。
「ピィ!」
「ピィちゃんだぁあああああ」
気がついたら、黒いモップのピィちゃんを抱きしめていた。
そうだよ、これがピィちゃんだよ。ピィちゃんなんだよ。
「いやぁああああああ!! ピィちゃああああああん」
もう、全力でモフるしかない。
「ピィ、ピィ……」
「ピィちゃん、そんな嬉しそうな声出されたら、ますます本気出してモフりたくなるじゃないかぁああ」
モフモフモフモフ……
「リンのやつ、大丈夫か?」
「簡易バイタルチェックしましたけど、異常は特に……」
モフモフモフモフ……
トカゲ人間とピンポン玉が、なんか言ってるけどほっといて。
「素晴らしい、素晴らしすぎる変身能力!! ハァハァ……
モフモフモフモフモフ……
変態も何か言ってるけど、気にしない。
いや、
「今は、本気でモフってあげるからね」
「ピ」
「ピィちゃん?」
ズルリとピィちゃんは、わたしの腕の中から抜け出した。
「ピィ」
ただならぬ気配がする。
ピィちゃんのモジャモジャが、心なしか逆立っている。
この感覚はいったい――そうだ、思い出した。
ペット泥棒が公園に現れた時と同じだ。
「やれやれ、もう見つかってしまったか」
まばたきした覚えはない。
だから、本当に忽然と奴は現れた。
「……クラガリ」
ピィちゃんの向こうに現れた灰色のマントの男。
わたしにとってのペット泥棒。
でももしかしたら、彼にとって、わたしがペット泥棒なんじゃないかって、その寂しそうな声を聞いて、なんとなく気がついたんだ。
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