灰色の死にたがり男

 ピィちゃんは、台風の日に庭に迷いこんできたんだ。


 そういえば、昔はピィちゃんを取り返しにどこかの組織の黒服押しかけてくるんじゃないかとか、妄想してたりしてたっけ。

 ピィちゃんがかけがえのない存在になってから、そんな妄想することなくなったけど、やっぱり飼い主がいたのかもしれない。


 灰色のマントの男――灰色の男グレイマンが、もしピィちゃんの前の飼い主だったら、わたしはどうすればいいんだろう。


「クラガリ、お前、どうして……」


「おわぁああああああああ!! 灰色の男グレイマンきたーーーーーーーーー!! 俺、俺、覚えてますよね、さっき歓楽の……」


 熱烈なファンの叫びに、灰色の男グレイマンはまったく動じない。

 ただひと言。


「失せろ」


「……俺、ぁあああああ!」


 ダルの悲鳴に驚いて振り返ったけど、いない。赤いピンポン玉アルゴ995号だけが宙に浮いている。


 まさか、灰色の男グレイマンのあのひと言で、ダルは抹殺されたんじゃ、ないよ、ね。


 最強のハロ使い。

 さっきも、ゴリラもどきの侵略する者インベーダーまとめてなんか倒してたし。

 ゴクリ。

 結構やばい奴かもしれない。


 おそるおそる振り返ると、灰色の男グレイマンは目深にかぶっていたフードをゆっくりとおろしていた。


「あーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 思わず指差して叫んでしまった。

 灰色の男グレイマンの顔は、あの生首アルゴそっくりそのままだった。


「失せ……」


「待て待て待て待ちたまえ! いきなり、転送ハロ式はないだろう。蜥奕族せきえきぞくの彼は、君のファンだというのに……」


「知るか」


 転送ハロ式ってことは、たぶんダルは無事なんだろうな。うるさくなりそうだから、まいっか。


「だからね、吾輩のテリトリーで勝手な行動は謹んでくれたまえ。灰色の男グレイマン、君、気が短すぎるよ。友人として、吾輩、恥ずかしいよ」


「ふん。貴様と友達になったつもりはない。まぁ、うるさくなければいい」


 あらためて見ると、不機嫌だけど王子さま系ハリウッドスターオーラがすごい。

 どんよりとした灰色の瞳がまた気だるそうでいいし、今さらだけど変態のハイテンションな声のトーンをおさえれば、セクシー感マシマシで神イケボだ。

 もしかして、もしかして、彼が、今までハロワールドで出会ってきた住人で一番まともかもしれない。


「ピィ」


 ピィちゃんが短く鳴くと、灰色の男グレイマンは優しく微笑んで両手を広げた。


「さぁ、クラガリ! 俺を殺してくれ」


「…………」


 一瞬でもまともだと思ったわたしを、全力で殴りたい。


「今のお前ならできるはずだ。さぁ、ひと思いにってくれ」


 さぁって満面の笑顔で殺してくれとか、こいつ頭おかしい。


「ビィ」


 不機嫌そうに短く鳴いたピィちゃんは、灰色の男グレイマンに背を向けてわたしにすりよってきた。


「よしよし、ピィちゃん。いい子だねぇ」


「……クラガリ?」


 所在なさげに腕をおろした灰色の男グレイマンは、信じられないって顔してる。

 当たり前だ。こんな可愛い癒やしなピィちゃんに、殺してくれとか馬鹿じゃないの。


「アハハハハ! すっかり嫌われてしまったねぇ、灰色の男グレイマン。いい気味だよ」


「アルゴ、貴様、そもそもどうやってクラガリをどうやって連れ去った? 俺がどんなに説得しても、ハロ順応ハロ式を受け付けなかったというのにっ」


 モフりながら、わたしも気になってたことだし、アルゴの返事に耳をすませる。


「アハハハハ! 灰色の男グレイマン、君がいけないんだよ。吾輩の話を聞こうともしないで、せっかく生成したボディを破壊したんだからねぇ。まぁ、過去にも君はボディを108回も破壊してきたから、想定内だったけどね。だから、ちゃんとアルゴ382号も連れて行ったんだよ。気がつかなかったろ? 興味深い黒妖犬ブラックドッグは、田村凜子くんがハロワールドに来ていると言ったら、喜んでついてきてくれたわけだよ」


「ピィピィ」


 ピィちゃんが、もっとモフモフしてっておねだりしてくる。


「そっかぁ、ピィちゃんもわたしに会いたかったんだねぇ」


「ピピィ」


 なんだか、嬉しくなってきた。

 こうなったら、もっと全力でモフらねばだ。


 モフモフ……


「ふざけるな!」


 灰色の男グレイマンの手には、銀色に光る剣があった。


「やっと、やっと、クラガリを見つけたというのに、なんだこの小娘は! クラガリが俺を嫌うのも、全部、小娘のせいだというのなら……」


「ひぃ」


 細い剣の輝きが物騒すぎて、腰が抜けた。


「ビィ」


 ピィちゃんが低い声で鳴くと、ブルブル震えながら輪郭を解いていく。

 もしかして、変身するんだろうか。


 けど――


「だから、吾輩のテリトリーで勝手な行動は謹んでくれたまえと、言っただろう」


「ピィィィ」


 どこか嬉しそうなアルゴの声が降ってきて、ピィちゃんは元のモップ姿に戻る。


「うわっ」


 そして、忽然と現れた無数の紫色のピンポン玉が周囲に浮かんでいた。


「ハァハァ、久しぶり迎撃システムを起動して、吾輩はとても興奮している。君は侵略する者インベーダー退治で、ハロを消耗している。今なら、妖精の騎士の君に、吾輩が死を贈ることができるかもしれないよ。試してみるかい?」


 グルグル回る周囲のピンポン玉たちを、灰色の男グレイマンはぐるりと睨みつける。


「珍しいな、貴様が嘘をつくなど。貴様には俺は殺せない。わかりきったことだ」


 灰色の男グレイマンのため息とともに、細身の剣は消えた。


「……だが、俺が消耗しているのは事実だ。今日は手を引いてやる。……また来るよ、クラガリ。その時は俺に、死を与えておくれ」


「ビッ」


 短く不機嫌なピィちゃんの鳴き声を聞いた灰色の男グレイマンは、わたしを睨みつけてきた。ちょっと、イケメンすぎてヤバい。


「おい小娘。貴様がまたクラガリを連れ去るというな……」


「ビィイイイ」


 またブルブルとピィちゃんが震え始めた。


「……クラガリ」


 マントのフードを被り直した彼は、またため息をついた。


「This is the key of the kingdomこれは王国の鍵


 灰色の男グレイマンが消えると、ピィちゃんの震えも止まった。


「ふぅ」


 これで、安心なんだろうか。

 あれだけあったピンポン玉も消えている。ただし、全部というわけじゃなくて、一つだけわたしの右肩の上に浮かんでいた。たぶん、995号だ。


「行っちゃいましたね。それにしても、ダルさんを一瞬で転送させるとか、怖すぎですよぉ」


「みたいだね」


 わからないことが多すぎるけど、995号の言うとおり安心していいはずだ。


 わたしは、灰色の男グレイマンに剣を向けられたんだ。


 たぶん、ピィちゃんをクラガリって呼んでいた灰色の男グレイマンが、前の飼い主だったみたい。そんなこと、わたしは知らなかった。どうやって知ればよかったのか。そもそも、話くらいしてくれたっていいはず。

 なんだか、ちょっと理不尽じゃないか。理不尽すぎないか。


。わたし、もっと怒っていいんじゃないかな?」


「リン、ハロがどうかしましたか?」


「何でもないから、気にしないで」


 ラッキーワードの説明なんかしたくない。

 理不尽な怒りが削がれている間に、ピィちゃんがズルズルと離れていってしまった。


「ピィ」


「あ、ピィちゃん……」


 ピィちゃんは、灰色の男グレイマンが消えた場所で鳴き始めた。


 やっぱり、ピィちゃんのことちゃんと知っておかないといけない気がする。


「あ、あの、アルゴさん、ピィちゃんとか灰色の男グレイマンのこと教えてください」


「もちろんだとも、田村凜子くん!」


 待ってましたと言わんばかりのアルゴの返事に、なんだか面白くない。なんだかアルゴの手の中で踊らされているような気がして、面白くない。


 でも――


「ピィ、ピィ、ピィピ」


 ピィちゃんは、まだ灰色の男グレイマンがいた場所で寂しそうに鳴いているんだ。

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