ハロワールド トビーの体内

もう、わけわかんない!!

 信じられない。信じられない。信じられない。


 トビーの亜空間体内には何もなさすぎて、八つ当たりできない。

 クッションとかあったら、思いっきり壁にぶん投げてやりたい気分だ。


「もぉ、信じらんなぁああああああああい」


「あわわわわ! お、落ち着いてくださいぃい」


「落ち着いていられるかぁあああああああああ」


「あわわわわわわわ!! ふぎゃ」


 アルゴ995号って、ピンポン玉みたいに弾むのかな。掴んでみると、質感も重さも、まんまピンポン玉だし。


「リン、顔が怖いですぅうう。あわわわ。落ち着いてくださいぃいいいい離してくださいぃいいい」


「……あ、ごめん」


 こんなに可愛いピンポン玉アルゴ995号で八つ当たりしようなんて考えてしまったわたしは、どうかしている。

 それもこれも、あの男のせいだ。


「なんて日だ。記念すべき世話係デビューだっていうのに、わたくし、わたくしぃいいいい」


 やばいと思ってピンポン玉アルゴ995号を離したときには、遅かった。

 青くパニくっていたピンポン玉アルゴ995号は、どんより濁ったドス黒くなっている。


「落ち着いて、落ち着いてよ、995号」


「落ち着いてられませんよぉおおおおお」


 いつの間にか、立場が逆転している。

 ぐるぐる飛び回るピンポン玉アルゴ995号


「どうせどうせ、わたくしなんて、わたくしなんてぇえええ!! 落ちこぼれですよぉおおおおおお!! シミュレーションの成績も最悪で、気がついたら後輩が先にデビューしてるしぃいいい……ひぎゃ」


 ドン。


 突然、ピンポン玉アルゴ995号の上にダルが降ってきた。


「着地成功ぅ!! ありゃ?」


「大丈夫、995号?」


 ダルが足をどけても、ピンポン玉アルゴ995号は動かなかった。


「だ、大丈夫です。アルゴシリーズは、絶対に壊れませんから」


 赤く明滅しながら、ピンポン玉アルゴ995号はフラフラと浮かび上がる。

 ダルは申し訳なさそうにピンポン玉アルゴ995号を掴んで、青白い手のひらに乗せた。


「わりぃな」


「あ、はい。でも、わたくし、できればリンの手に乗せてもらえると……ふぎゃ!」


 うん、元気そうで何よりだ。心配して損した。


 ダルに投げ飛ばされたピンポン玉アルゴ995号は、すっかり赤に戻っている。

 なんだか、短い間に少しはたくましくなったような気がする。


「あー、もう少し、踏んでいればよかったぜ。で、トビー、ラッセとウノは?」


 四本の指で頭をかいたダルは、キョロキョロトビーの亜空間体内をみわたす。


通信装置ピアスは、どうしたんですか?」


「あ、わりぃわりぃ、忘れてたぜ、トビー」


 ダルがピアスにさわると、通信装置になっているみたいで、ひたすら謝り始めた。


「悪かったって、悪かった。……つか、なんで怒ってるんだよ。わっけわかんねぇ……怒鳴るなって……」


 たぶん、ラッセあたりに勝手なことしたって怒られているんだろう。

 ちょっとキツいところあるけど、ラッセは心配してたんじゃないかな。


 わたしは、火災警報器みたいな侵略する者インベーダー警報が鳴り響いた直後に、ピンポン玉アルゴ995号の誘導で避難を始めていた。

 なんでも、たまにあるらしいんだ。自然発生的な闇の暈ダークハロの転移じゃなくて、魔法とかそんな感じで異界から転移してくることが。

 避難所になっている亜空間に転移できる場所まで、ピンポン玉アルゴ995号に案内してもらっている途中で、ダルが飛び出していったのを見送ったあと、飛んで戻ってきてくれた大鳥ビッグバードのトビーに丸呑みにされて、一安心、だったわけだけど……。


 別にいきなり丸呑みにされたことは、もう怒っていない。


 そんなもの、安全なトビーの亜空間体内侵略する者ゴリラもどきとダルの交戦を立体映像ホログラムで見守っていたら、奴が現れた途端に吹き飛んだ。


「……だぁからぁ、ラッセもウノもぉおお……もうしないとか、言わねぇよ……」


 ダルは、当分お説教タイム。

 まぁ、あの脳筋ぶりからしても、役に立ちそうにないから、放っておいてよし。


 真っ白い何もない空間で、どこに向かって話しかけていいのかわからないけど、自然と天井を見上げながら、トビーに声をかけた。


「ねぇ、トビー。灰色の男グレイマンってやつ、そんなに有名なの?」


ハロワールドで、知らない……」


「えっなになに、灰色の男グレイマンの話なら、俺も俺も!!」


 通信装置ピアスを尖った耳ごと叩いて、ダルは説教タイムを強制終了したらしい。

 爬虫類の目をらんらんと輝かせて、トビーの話をさえぎってきた。


「マジでやばいんだって、灰色の男グレイマンはさぁ。巡る円環の三賢者の一人で、最強のハロ使い。マジ強すぎてもぉ憧れるぜ。しかも、さっき俺に声かけてくれたんだぜ。最高すぎる。それに、名前とかほとんど謎ってのが、また最高だよなぁ。俺、ぜってぇ弟子入りしてやるんだ。まじすげーんだからよ。何がって、そりゃあ……」


「…………」


 なんか変なスイッチ入っちゃったダルは、トビーにも止められないみたい。


 ピンポン玉アルゴ995号が、そろそろとわたし側まで近づいてきた。

 わたしの手に乗りたいって言ってのは、とっさに出たジョークじゃなかったのか。

 ま、ちょうどいい。

 遠慮なくピンポン玉アルゴ995号を掴んで振りかぶる。


「ふぎゃ」


「でりゃ!」


「いってぇ」


 ダルの腹部で跳ね返ったピンポン玉アルゴ995号は、本物のピンポン玉のように軽い音を立てながらあちこち跳ねる跳ねる。


 らんらんとした目の輝きが失せたダルが、ピンポン玉アルゴ995号があたったところをさする。


「え、俺、何かした?」


『ダル、実は灰色の男グレイマンが、リンの探してるペット泥棒らしいのだ』


「トビー、らしいじゃなくて、あいつに間違いないから!!」


 まじかよって、ダルがつぶやいている。


 そう、間違いない。あの灰色マントの感じ、間違いない。

 根拠がないわけじゃない。

 ピンポン玉アルゴ995号に誰かと尋ねても、情報が知らなかったのだ。

 これには、トビーも驚いていた。

 変態頭脳のアルゴの分身とも言えるピンポン玉アルゴ995号が、アルゴと同格のハロ使いを知らないのは、あり得ないと言ってた。親玉のアルゴが、何かしない限り、あり得ないらしい。


 とすれば、自然とピンポン玉アルゴ995号が不安がっていたアルゴの不審な言動の謎も解ける。


 ようするに、ようするに……


「とにかく、トビー、急いで!! 急いで本部まで連れてって」


『りょ、了解であります!!』


 ようするに、変態人工知能アルゴは、わたしの話を聞いたときに灰色の男グレイマンがペット泥棒だって気がついたんだ。

 だから、調べておくとか言ってはぐらかそうとしたんだ。

 だから、目の前に戻ってきたピンポン玉アルゴ995号の情報をいじったんだ。


「……了解しました」


「え?」


 ピンポン玉アルゴ995号の様子がおかしい。

 かわいいショタボイスが、不気味なくらい虚ろに聞こえる。


「転送ハロ式発動。田村凜子さまを転送いたします」


「えっえっ……」


 赤いピンポン玉アルゴ995号が、金色に光りだす。


「おい、995号!!」


 ダルの焦った声が聞えるけど、視界が目に優しい金色の光でいっぱいで見えない。



 光が消えると、わたしとダル、それからピンポン玉アルゴ995号は緑の床と壁に光が走るあのSF映画のような空間にいた。


「えっと……」


 ダルも戸惑っているみたいだけど、わたしはもっと戸惑っているところに、頭上からテンション高そうな変態の声が響いてきた。


「やぁやぁ。田村凜子くん、君の探している黒い犬が見つかった。喜びたまえ!!」


「え?」


 ピィちゃんが、見つかったのか。


 なんかもう、いきなりすぎてわけわかんない。

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