生首とティータイム

 アルゴはスマホを分析に回すと言って、ピンポン玉アルゴ995号と一緒に、どこかへ消してしまった。


「さて、まずはくつろいでもらわなくてはね」


アルゴがそう言うと、さっきのソファーと白いティーカップとかティーポットを乗せたローテーブルが現れた。


「紅茶?」


「そう! 第10892世界『地球』の友人――このボディの原型モデルが、好きな飲み物を生成させてもらったんだ」


「へぇ……」


 ローテーブルの上から見上げてくる生首の原型モデルとなった友人の許可は、もらっているんだろうか。――なんてどうでもいいこと考えてしまうくらい、生首に慣れてしまった自分が悲しい。

 それから、さっき気がついたんだけど、瞳の色がコロコロ変わる。赤だったり青だったり、黒だったり……。奇妙な瞳だけど、この無機質めいた瞳のおかげで、アルゴが人間の生首じゃないとわかる。そのおかげで、早く慣れたのかもしれない。

 ひとりでに浮かび上がったティーポットから注がれる紅茶の香りは、ティーパックとかの家庭的なものではない。とてつもなく高級感あふれる香りに、わたしの語彙力が死んだ。


「ビスケットというものも生成できるが、食べるかね」


「あ、はい」


 すぐに白い皿に並んだ香ばしい香りがするビスケットがテーブルの上に並んだ。


 ハロワールドに来て初めて食べ物に遭遇した。

 それまで忘れてしまっていた食欲が、急によみがえる。


「いただきます!」


 手を合わせて『いただきます』なんて、小学校の給食の時間以来じゃないかな。


 カフェとかでも紅茶に砂糖は必須だったってことも忘れるくらい、美味しい紅茶に香ばしいサクサクのビスケット。

 このとんでもない異世界で美味しいものを食べられるなんて、想定外の喜びだ。


「食べながらでかまわないから、聞いてくれたまえ。君の話も、もちろん聞かせてもらうが、その前に君が転移してきた経緯いきさつを知りたい。過去に発生した闇の暈ダークハロのデータから、闇の暈ダークハロの発生の予測し、干渉の危険度の高いものには、ハロ使いのチームを出動を命じるのが、吾輩の仕事なのだ」


 それって、やっぱりアルゴが偉い人ってことじゃないか。


「もともと吾輩は、故郷エルドラドであらゆる事象を過去のデータから演算し、予測するために造られた人工知能。このハロワールドでも活用できるのは、とても喜ばしい。なにより、このハロワールドは未知で溢れている。このハロワールドで、真の存在意義を知ったのだ」


 ハァハァしていたの変態とは思えないくらい、まともな表情を浮かべると、原型モデルがいいのか、やっぱり王子さまオーラを放っている。


「吾輩の闇の暈ダークハロ顕現予測は99.97パーセントの的中率を誇っている。想定外の闇の暈ダークハロの顕現は、第10892世界『地球』の時間計算方法で換算して225年98日ぶりのことだ。なので、今後の予測のためにも、発生状況を詳しく教えてほしい」


「わかりました」


 それは願ってもない話だ。

 憎き灰色の男が突然現れて、ピィちゃんを連れ去ったところから、詳しく話した。詳しく話せば、ピィちゃんの手がかりがつかめるかもしれないから。


「…………で、奴が立ち止まったから、ダッシュして体当りしようとしたら、目の前が真っ暗になって、気がついたらハロワールドに来てました」


「なるほどねぇ。犬、と言うのは、第10892世界『地球』の生命体の一種、という認識でかまわないかな」


「はい!」


 ピィちゃんが『犬』かどうかは、ハロワールドのアルゴには関係ないはずだ。

 とにかく、わたしはピィちゃんを早く見つけて助けなきゃいけないんだ。


「なんで、わたしの他にもピィちゃんと灰色の男がハロワールドに来ているはずなんです」


「灰色の男と黒い犬、ねぇ。……わかった、調べてみるよ」


「ありがとうございます!!」


 ローテーブルにおでこがくっつくほど頭を上げて、生首に感謝せずにはいられなかった。

 変態とか思って、ごめんなさい。ピィちゃんのこと調べてくれるなんて、すごくいい人だ。


「いやいや、吾輩も非常に興味があるから、しっかり時間をかけて調べさせてもらうよ」


「よろしくお願いします」


 顔をあげると、アルゴも浮かび上がった。


「ところで、君の名前は田村凜子で、間違いないかな?」


「はい、そうですけど、わたしの名前がなにか?」


「いや、ただの確認さ」


 本当にただの確認だろうか。なんか、気になる顔してるけど、訊いても教えてくれないだろうな。

 まぁ、犬ドロボーのことも調べてくれるって言ってくれたし、ね。気にしない気にしない。


「あと、なにか困ったことがあったら、995号に言ってくれたまえ。君の寝食のことは、すべて995号に任せてある。君の第10892世界『地球』への帰還は、三日後を予定しているので、それまでハロワールドを存分に楽しんでくれたまえ」


 そう言い終わると、ピンポン玉アルゴ995号が再び現れる。


「よろしくお願いします。田村凜子さま、それでは外に一度案内させていただきます」


「あ、ちょっと待って!!」


 アルゴの変態モードのせいですっかり忘れていたけど、また尻もちとかごめんだ。

 慌てて立ち上がって眼鏡の位置をなおそうとして、指が空振りする。


「いいよ、995号」


「それでは」


 後で、眼鏡も返してもらおう。



















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 ■■■アルゴマスターオーダー。

 アルゴ995号の灰色の男グレイマンに関する情報データ削除デリート及びアクセス権凍結ロック


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