SFから、ホラー

 真性の変人だから覚悟しろって、散々言われたりしたけど、やっぱり無理だ。

 だって、わたしは真性の変人なんて知らないから。覚悟なんてできるわけがない。

 そりゃあ、漫画とかアニメとかドラマとかニュースの中なら存在していた。でも、わたしの日常には、真性の変人なんていなかった。


「ハロー、ワールド。ハロー、ワールド。ハロー、ワールド……」


 もしかしたら、まっとうな感じで拍子抜けするかもしれないけど、それはそれでよしではないか。


 スニーカーの靴ひもをきつめに結ぶ。ちょっとした気合い入れるための儀式。


 さっきも着替え終わったと思ったら、ピンポン玉アルゴ995号が現れたから座って待ってればいいよね。


「そういや、スマホないけど……あれかな、スマホが基準値とかこえてなかったのかなぁ」


 眼鏡もないけど、逆になくてもよく見えるのが新鮮だから別にいいんだ。


「ピィちゃんは、ハロワールドのどこかにいるはずなんだ」


 見つけなきゃ。

 根拠なんて一つもないけど、ピィちゃんとわたしの絆がそう教えてくれるんだ。


「ピィちゃん、待っててね。必ず助けに行くか……わっ」


 また、座っていたソファーが消えた。

 トビーの時もそうだったけど、これがハロワールドの礼儀なんだろうか。


「いたたた……」


 それにしても、ひどい。

 次から椅子には要注意だ。座る前に、消されないか確認してからじゃないと、とても座れない。

 お尻をさすりながら立ち上がると、緑色の床と壁に囲まれていた。


「わぁ」


 六畳間ほどの空間を囲む八枚の壁と床を、赤や黄色の細い光が走ったり明滅している。

 壁を上へと走る青い光を目で追いかけるけど、天井が見えない。きっと天井が高すぎて見えないだと思う。


 まるで、SF映画か何かに出てきそうな空間だ。

 SFといえば、ピンポン玉アルゴ995号

 あいつは、ダウンロードとかインストールとか言ってた。

 もしかして、もしかしてだけど……


「アルゴってやつ、アンドロイドとかなんじゃ……」


 ゴトッ


「ん?」


 つま先に何かが当たる感触がして、視線を落とすと……


「やぁやぁ、待たせてしまって申し訳ない」


「………………」


 わたしは初めて知った。

 人間、あまりにも恐ろしいものを見ると、とっさに逃げることも悲鳴を上げることもできないって。


「通常なら、異界人にあわせたボディを生成してから、話をさせてもらうのだけど、今回は想定外の闇の暈ダークハロで、君の所持品の中に非常に興味深い物があったものだから、このような姿で失礼するよ」


「………………生首」


「ん?」


 ハリウッド俳優並みのイケメンの生首が、足元に転がっている。


「ぎゃああああああああああああああああホラァアアアアアアアア」


 SFから、ホラー。


 十五歳の女子にあるまじき悲鳴をあげながら、一気に壁まで後ずさる。


「な、なんで、生首ぃいいい?!」


「だから、君が想定外の闇の暈ダークハロで……」


「だからって、それはないでしょぉおおお!! ぜぇぜぇ……」


 すっとぼけた表情で繰り返されようとした説明をさえぎって、わたしは怖さありあまって怒りをぶちまける。


 ようは、生成途中だったとかいうボディってやつが、首から上しかできていなかったってことらしい。

 それはわかったけど、ホラーだ。

 というか、イケボパラダイスのハロワールドで、どうして、どうして、青年イケメンの甘めのセクシーボイスが、生首なのぉお。

 実は、ちょっとそのうちって期待してただけに、生首はツラい。本当にツラい。


 フワッと浮かび上がった生首は、眉間にシワを寄せている。

 王子さまオーラ全開の銀髪のイケメン(ただし、生首)は、眉間にシワを寄せてもイケメンだった。


「事前に995号に説明させたはずだが、説明不足だったのか。おい995号」


 ポンと呼ばれて現れたピンポン玉アルゴ995号は、文字通り真っ青になっている。


「あわわわわ! わたくしは、マスターの指示通り説明しました。その上で、田村凜子さまに面会の許可をいただきましたぁあああ」


「なら、この反応はどう説明するだい。これでは、対話が進まない。吾輩の欲求が満たせないではないか」


「と、言われましてもぉ」


 ピンポン玉アルゴ995号は、悪くないはずだ。ピンポン玉アルゴ995号が来てくれたおかげで、気分が落ち着いてきた。


「あ、さっきの説明なら、ちゃんとしてもらいました。えーっと、地球じゃ、首から上だけっていうのは、怪物っていうかなんていうか、そのぉ、恐怖の対象、みたいな感じで……」


 わたしが口を挟むと、生首の眉間のシワは綺麗さっぱり消え去って、満面の笑みを浮かべた。

 やっぱり怖い。

 生首だから怖いんじゃない。この得体の知れない笑顔が怖いんだ。


「なるほど、第10892世界『地球』では、頭部のみは恐怖の対象なのか。では、胴体と交換したほうがよいか? まだ下肢が未生成だが、そちらのほうが話しやすいなら……」


「あ、生首のままでお願いします」


「そうか、そうか。ならば、このまま対話をしようじゃないか。申し遅れたが、吾輩はアルゴ。第10892世界『地球』の時間計算方法に換算すれば、927年252日前に消滅した異界エルドラドで製造された統括人工知能である」


「……やっぱりか」


 なんとなく、予想はしていたけど、ハロワールドは本当に何でもありだ。

 トカゲ人間リザードマン、硝子の妖精フェアリー、実態のないやつとか、今さら人工知能が登場したところで、そんなに驚けない。

 エルドラドって、確か黄金郷か何かだったと思うけど、きっと認識しやすいように翻訳されているんだろうな。

 それにしても、生首にはびびる。


「やっぱり、か……?」


 わたしのセリフを反芻させた生首ことアルゴは、目を輝かせて急接近してきた。


「なんと!! やっぱりとは、やっぱりとは、やっぱりなのか!!」


「え、えぇ……」


 困惑しているわたしを置き去りにして、アルゴはべらべらと喋り続ける。


「素晴らしいっ!! 実に素晴らしいっ!! 人工知能という存在が認知されている。第10892世界『地球』の科学技術レベルはそこそこだが、吾輩の故郷エルドラドの足元にも及ばないと認識していたというのに、認識を更新しなくてはならない!! もしかしたら、数ある『地球』の中でも第10892世界『地球』は、ずば抜けて素晴らしいのかもしれないではないか!!」


「…………」


 所在なさげに浮かんでいるピンポン玉アルゴ995号を、生首アルゴごしに見る。

 何だこいつ。

 絶対、めんどくさいやつだ。


「第10892世界『地球』の認識を更新するためにも、この機械を分析の許可をもらえないだろうか!」


 アニメか何かだったら、集中線とドーンみたいな効果音間違いなしって感じで、わたしのスマホが目の前に現れた。

 あっけにとられていると、アルゴが息がかかりそうな距離まで近づいてきた。


「もちろん、もとに戻して返却するから、どうか分析の許可を!!」


 スマホにハァハァ興奮しているやつは、真性の変人とは言わない、真性の変態って言うんだよ。


「あのぉ……」


 本音を言えば、王子さまオーラ台無しでハァハァしているやつにスマホを触らせるのもヤダ。

 でも、なんだか拒否したらそれで話終了みたいな勢いだし、それじゃあピィちゃんの手がかりがつかめないし、こいつがハロワールドのこと知りつくしてるってのは、人工知能だし本当ぽいし……。


「ハァハァ、異界人の許可なしには勝手なのことはできないんだよ。だから許可をぉおお」


 ピィちゃん、助けて。

 いやいやいや、ピィちゃんに助けを求めてどうするんだ。わたしが助けなきゃいけないのに。わたしの覚悟は決まった。


「わかりました。もとに戻してくれるなら、好きなようにしてください!」


「ありがとう! それでは早速、分析しなくては……」


「そのかわり、わたしの話も聞いてください!!」


 興奮が最高潮なアルゴに、わたしは勢いよく頭を下げた。


 生首で真性の変人あらため変態でもなんでも、ピィちゃんの手がかりゲットのチャンスを逃すわけにはいかないんだ。


「もちろんだとも! 君の話を聞くのが本題だからね」


 じゃあ、今までの疲れるやり取りは何だったんだ。

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