ホッとして、ゾッとした

 ピンポン玉アルゴ995号に生成させたパンツをはいて、ワンピースに着替えた。ちなみに、ブラジャーは諦めた。ルームウェアだと思えば、気にならないし。

 それから、メガネ外しても視界がクリアだった。

 左右の裸眼視力0.06のわたしにとって、裸眼でクリアな視界なんて、もう記憶のはるか彼方。逆に新鮮すぎる。



 ちなみに、服はハロ転換度を測定して、必要ならハロ順応ハロ式を使ってすぐに返してくれるらしい。


 その服を返してもらうまで、ピンポン玉アルゴ995号から、生体検査の結果の報告とハロワールドについて説明してもらうことになった。


「田村凜子さまのハロ順応率は、99.23パーセント。ハロワールドでの活動に一切支障はございません。ですが、田村凜子さまの衣類及び所持品の一部にハロ順応率が規定の60パーセントを大きく下回るものがありましたので、ハロ順応ハロ式をほどこす許可をただきたいのです。……いい、ですよね?」


 なぜか、最後のほうで弱気になっている。自信がないのかな。


「いいもなにも、ハロ順応率あげないと、返してもらえないんでしょ」


「いいえ、そういうわけではございません。田村凜子さまが第10892世界『地球』に帰還されるおりに、返却することも可能です。それまでは、別のハロ隔絶空間にて厳重に保管いたします」


「うーん」


 ピンポン玉アルゴ995号に用意させたフカフカのソファーに沈みこんで、しばらくどうしようか考えた。所持品の返却をとかじゃなくて、口を挟まずに最後まで話しを聞こうって決めたのを、やっぱりやめるかどうか。

 答えは割とすぐに出た。


「ねぇ、わたしを地球に戻すことが、仕事だってダルたちが言ってたんだけど…………この世界に順応させるって、やっていることおかしくないの?」


「あわわわ……落ち着け、落ち着くんだ、995号。立派な世話係になるって誓っただろう。よし、ハロワールドと、異界の干渉を説明すればいいだけじゃないか……」


 案の定、ピンポン玉アルゴ995号青くなりパニクりかけたけど、すぐに持ち直してくれたみたいで安心した。


 そういえば、さっきトビーの中で干渉がどうのって話を聞いたようなきがする。


「それはハロワールドと異界の関係にあります。えっと、こちらをご覧ください」


 ピンポン玉アルゴ995号の斜めの空間に、小さな薄紅色のハロが現れた。このハロも、どの角度から見ても左に回転している円なのに、球体に見えない。たぶん、それがハロなんだろうけど。


「これが大いなる暈グレートハロです。ハロワールドは、大いなる暈グレートハロを中心にして広がっています」


 小さな大いなる暈グレートハロを中心にした半透明の球体が浮かび上がる。

 どうやら、立体映像ホログラムハロワールドの説明をしてくれるみたい。

 それにしたって、ハロワールドは不思議な異世界だ。まるで、地球の内側――地底世界みたいな形をしているなんて。

 外側の琥珀色の海だけじゃなくて、浮遊島みたいなのも見える。


ハロワールドの中心にある重要な大いなる暈グレートハロは、異界の影響をうけやすいのです。異界順応率が基準値に達しない物質が、大いなる暈グレートハロに干渉すると、このようにハロワールドが大きく乱れます」


「うわぁ……」


 薄紅色の大いなる暈グレートハロがドス黒くなって、琥珀色の海に渦ができたり、大きな波が小さな浮遊島を飲みこもうとしたり。浮遊島もバランスを崩して衝突したり。

 大災害だ。


「これは、ほんのわずかな物質でも起きます」


 立体映像ホログラムを消したピンポン玉アルゴ995号の声のトーンが低くなる。


闇の暈ダークハロで転移してきた異界人および物質は、一時的に闇の暈ダークハロの機能によって、ハロワールドに順応しますが、およそ3日ほどで再び順応率が低下します。転移してきた異界が消滅していた場合のみ、順応率が低下することはないのですが、田村凜子さまから異界の干渉が計測されましたので、第10892世界『地球』の存在が確認されております」


「そうなんだ」


 よくよく考えたら、地球が消滅も可能性ゼロだったわけじゃなかったんだ。ホッとして、ゾッとした。

 ウノは、故郷の世界よりもハロワールドのほうが居心地がいいとか言っていた。でも、わたしも同じこと言えるかってなると、言える自信がない。いくら、『女子高生』に幻滅して五月病していても、あの日常を捨てられるほど人生そのものに幻滅はしていない。


 わたしは、異世界転生テンプレの主人公には向いていない。


「わたくしどもの巡る円環は、異界人を一度暈ハロワールドに順応していただき、順応率が基準値よりも下回る前に異界帰還ハロ式で、帰還していただきます。……これで、田村凜子さまの疑問は解決いたしましたでしょうか?」


「うん。よくわかったよ。あ、でも、一度この世界に順応してまた元に戻るてことみたいだけど、本当に元に戻れるの?」


「もちろんです。元の状態にして帰還いただくのが、異界帰還ハロ式です」


「へぇ……」


 正直、不安だ。

 だって、元の世界に帰ったあとのことまで、ハロワールドの人たちが把握しているなんて考えられない。


 でも、わたしの順応率が低下したら、ハロワールドに大災害をもたらしちゃうわけで、異界帰還ハロ式で地球日常に帰るしかないんだろな。


「ご理解いただけたところで、所持品の方はいかがいたしましょう?」


「うーん」


 正直、迷う。

 服とかも、きちんと頼めば、もっとちゃんとしたものを用意してくれそうだし、電源の入らないスマホなんて、手元にあっても意味がないしなぁ。


 迷う。


「もし、後ほど必要となりましたら、わたくしに遠慮なくお声掛けしていただければ、少々お時間いただくかもしれませんが、いつでも返却いたします」


「じゃあ、とりあえず、服だけとかも大丈夫?」


「もちろんでございます。衣類の方は、順応率が基準値を超えておりましたので、今すぐご用意いたします」


 得意げにピンポン玉アルゴ995号がそう言うと、白い箱に畳んで入れた服が足元に現れた。


「今すぐにお着替えされるのでしたら、わたくしはもう一度、外で待機いたします」


「うん。じゃあ、お願い」


「かしこまりました」


 かなり自信がついてきたみたいで、ピンポン玉アルゴ995号の消え方もキレがあるように見えた。

 ピンポン玉アルゴ995号を待たせるのも悪いし、早く着替えなきゃ。


「ハロー、ワールド。わたしも……」


「あわわわ! 田村凜子さま、申し訳ございません!!」


 ワンピースのすそに手をかけただけだってのに、ピンポン玉アルゴ995号が戻ってきた。


「巡る円環の創立メンバーで三賢人の一人でもある、わたくしの原型マスターのアルゴさまが、今すぐにお話したいそうですぅううう! 通常は異界人にあわせたボディを生成してからなんですけど、ボディが不完全のままだなんて……あわわわわわ!」


 うん、ピンポン玉アルゴ995号って、本当にパニクりやすいな。

 トビーたちから、真性の変人アルゴって人と話をすることになるってのは、聞いていたから、その面談が早まったってことらしい。

 ピィちゃんの手がかりが早く聞き出せるかもしれないから、望むところだ。真性の変人ってのが不安だけど、ピィちゃんのためなら頑張れる。


 だから、真性の変人アルゴと早く会えるのは、嬉しい。

 嬉しいことなんだけど――。


「うん。話があるって聞いていたし、いいけど、その前に着替えだけさせてくれないかなぁ」


「あわわわわわ! し、失礼いたしましたぁああああ」

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