第三章

ハロワールド 巡る円環 本部

ブラック企業?

 ハロ使いの組織、巡る円環。

 巨大な群青色の天球儀のような場所で、自分のちっぽけさに打ちのめされてると、優しくダルに後ろから肩を叩かれた。


「リン、悪いんだけど、生体検査に行ってくれよ」


「あ、うん。ごめん、なんかすごくて、ボーっとしちゃった」


 心の中でラッキーワードを唱えながら、眼鏡をかけなおして振り返る。

 ダルの肩には、ラッセが腰掛けて足をプラプラ振っている。


「頑張ってね、リン」


 ウォーターボールがないからわからないけど、たぶんウノもいるはずだ。

 彼らの後ろには、二メートルくらいのトビーがいた。トビーって、思っていたよりも小さい。


「わたくしどもは、これから任務の報告に行きますので、リンとはここでお別れなのです」


「え?」


 ここで別れるて、どういうこと。

 なんて、戸惑う暇もなかった。

 スーッと上から目の前に赤いピンポン玉みたいなものが降りてきて、またしゃべったからだ。


「第10892世界『地球』よりお越しの田村凜子さま、お待ちしておりました」


 もうピンポン玉がしゃべった程度では、驚けない自分にちょっと驚いた。


「わたくし、アルゴ995号が、田村凜子さまの担当いたします」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 変声期前の少年ぽいイケボだってことは、この際気にしないでおく。

 というか、アルゴ995号って、どういうことだろう。

 ラッセに尋ねようとしたけど、ちょっとピンピン玉アルゴ995号に気を取られている間に、もうどこかに行ってしまったらしい。


「早速ですが、生体検査を受けていただきます。こちらの入り口よりお進みください」


 ふよっと距離をとったピンポン玉アルゴ995号の真下の群青色の床に、ぽっかりと四角い穴が開いた。

 穴の中はしばらく階段が続いているみたいだ。続いているか、先が見えない。

 ちょっと不安でドキドキするけど、こんなところにいてもしかたない。


 赤いピンポン玉アルゴ995号に先導されて長い階段を降りていく。


「生体検査についての、説明は受けましたか?」


「まだです」


「では、生体検査があるということは、聞いていましたか?」


「それは聞きました。本部に行ったら、まず生体検査があるって。……あの、生体検査って、何をするんですか?」


 もしかして、痛いことするんだろうか。


「まずは、田村凜子さまが身につけているものをすべて脱いでいただきます」


「え」


 なんだか、とんでもないこと聞いた気がして、足が止まる。


「なにか、不都合でもありましたか?」


「ありすぎるよ。は、裸になれってことでしょ!」


 わたしはまだ十五歳。

 高校生になったら、恋愛とかも考えていたけど、まだキスとかしていないから、ムリムリムリムリムリムリ(以下略)

 いわたし、スタイルいいってわけじゃないし、ムリだよ。ムリ。助けて、ピィちゃん。


 助けなきゃいけないピィちゃんに助けを求めるくらいパニクってたら、ピンポン玉アルゴ995号のほうがもっとパニクりだした。


「裸、裸体、あわわわわわ! 第10892世界『地球』では、第三者の目に触れることは、とても羞恥心がともなうわわわわわわわわ……」


「あ、あのぉ……」


 ピンポン玉アルゴ995号の色が、赤から青に変わる。


「衣類を脱ぐことに抵抗がある異界人の場合ケースは、即刻衣類の生成。えっと、第10892世界『地球』は……あわわ田村凜子さま、少々お待ちくださいぃいい。今、対応マニュアルをダウンロード及びインストールしておりますのでぇえええ」


「あ、はい」


 お待ち下さいって言われても、一人で勝手に何かできるわけがない。

 けど、ダウンロードとかインストールなんて単語を、異世界で耳にするとは思わなかった。

 アルゴ995号。

 生体検査のあとで話をしなきゃいけない人と同じ名前で、995号って……。


「お待たせいたしました。ただ今、至急第10892世界『地球』の女性の衣類のデータをもとに、服をご用意してますので、ご安心ください」


「ありがとうございます」


 とりあえず、ピンポン玉アルゴ995号に頭を下げておく。案内人として、大丈夫なのかって不安が顔に出てなきゃいいけど。


 再び階段を降り始めると、赤に戻ったピンポン玉アルゴ995号はとても申し訳なさそうな声をだした。


「田村凜子さま、わたくし、実は初めてなのです」


「は?」


「一万通りの異界人とのコミュニケーションをシミュレーションを繰り返してきましたが、わたくしが実際に異界人を担当いたしますのは、これが初めてなのです」


「は、はぁ」


 いまいち、話が見えない。

 えっと、あれかな。近所のコンビニとかで研修中のバッチが取れたばかりというか、独り立ちしたばかりとか。


「今回は、想定外の転移でありましたので、急遽、手の空いていた経験のないわたくしが担当することになったのです」


「は、はぁ……」


 なんか、不安になってきた。


「田村凜子さま、第10892世界『地球』からは、過去に248名の転移が確認されておりまして、対応マニュアルもとても充実しております。ですから、先ほどのように、遠慮なく指摘していただければ、嬉しいのです」


「は、はい」


 さっきみたいにパニクられたらって考えると、遠慮したくなる。


「それでは、生体検査の説明をいたします」


 心なしか、声が沈んでいる。

 考えてみれば、このピンポン玉アルゴ995号もかわいそうなやつだ。シミュレーションを繰り返してきたからって、わたしみたいなイレギュラーの担当を任されるんだから。

 もしかして、こういうのがよく聞くブラック企業ってやつじゃないだろうか。

 ダウンロードとかなんか気になることいっぱいだけど、とりあえず初仕事で頑張ってるピンポン玉アルゴ995号の説明を聞いてあげよう。


「異界から転移される時、闇の暈ダークハロハロワールドに対応できるように、異界の物質を転換させる機能もあるのです」


「物質を転換……」


「はい、物質の転換です。そもそも、異界とハロワールドでは、大気の構成からして違うのです」


 うんちくが無駄に長くて要領得ない親戚のおじさんの話を短くするスキル。その名も『話の途中でも知ってる単語拾い上げてオウム返して、知ってること語らせてストレス軽減』の応用スキル『気になったところは、そのたびにオウム返し』が、異世界で使えるとは思わなかった。


「そもそも無数にある異界は、それぞれ異なる元素で構成されています。ハロワールドでは、大いなる暈グレートハロから派生したハロですべて構成されているのです。転換されずに、第10892世界『地球』の体のままでは、転移時に破損してしまいます」


「それって、死ぬってことじゃん」


「はい。魂のある物質では、死亡という言葉が適切ですが、そうでない物質もふくめて破損という表現になっております」


 ピンポン玉アルゴ995号の言ってることは間違ってないかもだけど、なんかちょっとね……。


「ねぇ、でもこうして話すのは魂がある異界人なわけだし、モノと一緒にされたくないから、死亡って言ったほうがいいんじゃないかな」


「あわわわわ! 申し訳ございませんでしたぁ。今後気をつけますので、お許し下さい!!」


「う、うん、大丈夫だから。続けて」


 また青くなって、完全にパニックになる前に話を続けてもらわないと。というか、この階段、どこまで続いてるの。うんざりしてきた。


「は、はい。え、えっと、それでですね、生体検査は闇の暈ダークハロの転換がどこまで進んでいるのかを測定することが目的です。もし転換が不完全だと判断された場合は、ハロ順応ハロ式をほどこしますので、安心してください。あ、あと、生物と無機物では、転換の速度が違ってますので、身につけているものをすべてはずしてもらうことになっております。転換後の体に、転換完了していない衣類等が害をおよぼす場合がまれにあります」


 それでも、ピンポン玉アルゴ995号はそうとう焦ったみたいで、早口になっていた。

 余裕なさすぎるのでは。


 ブラック企業に余裕があったら、ブラック企業じゃないかもしれないけど。

 わたしの中で、ハロ使いの組織の巡る円環は、ブラック企業とイコールでつながりつつある。


「田村凜子さま、わたくし、これでも立派な異界人の世話係になりたいのです。今後も不快な思いをさせるかもしれません」


「大丈夫だから、いちいち落ちこまないでよ。最初っから、完璧に仕事ができたら、その……シミュレーション、だっけ、とかもいらないじゃん」


「田村凜子さまぁああああ、ありがとぉおおございますぅうううう」


「あははは……」


 なんか、結局ピンポン玉アルゴ995号もクセのある濃いやつだなぁ。


 ピンポン玉アルゴ995号が、感極まったかなにかで赤く点滅し始めると、ようやく長ったらしい階段が終わった。


「ここは?」


「ここは、大いなる暈グレートハロの影響が及ばないハロ隔絶空間です」


 黒いなんにもない空間がただ広がっていた。

 降りてきたはずの階段もいつの間にか消えていて、360度全方位が黒一色。

 それなのに、暗いとかまったく感じないから不思議だ。よくよく考えてみれば、黒一色なのに奥行きをちゃんと感じるのも、不思議なんだけど。

 なにより、ピンポン玉アルゴ995号とわたしの体はしっかり見えているのが、不思議。


「こちらが生成いたしました衣類となっております。身につけているものをすべてこちらの箱に入れていただきながら、着替えてください」


 ポンっていう効果音が聞こえてきそうなくらい、突然目の前に白い箱と、ストンとしたラインの白いワンピースが現れた。


「わたくしは、田村凜子さまがお声をかけてくださるまで、外で待機いたします」


 そう言って、ピンポン玉アルゴ995号は消えた。


「着替えればいいんだよね」


 おそるおそる目の前に浮かぶワンピースを手に取る。

 肌ざわりの良さそうなワンピースには、縫い目がない。


 さっそく着替えようとして、ふと大事なことに気がついた。


「あ、あのぉ、下着……パンツもほしいんですけどぉ」


「あわわわわ……」


 こんな調子で、この異世界のどこかにいるかもしれないピィちゃんを探し出せるかなぁ。

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