ハロワールド トビーの体内

誇り高きトビー

 鳥に乗るといったら、普通は背中にまたがるとか、そういうものだと思うじゃん。

 それが、それが――


「食べられた。鳥に食べられた。ハハッ食べられちゃったよ。食べられた。わたし、鳥に食べられて死んじゃった。食べられた。食べられたハハハハッ」


 ピィちゃん、パパ、ママ、わたしは異世界で鳥に食べられて死んじゃった。どうしよう。想定外すぎて、さっきから心臓がバクバ……あれ、心臓が動いてる。

 ってことは――


「少しは、落ち着いた?」


 目の前にラッセさんがいた。


「ラッセさん、わたし、生きてる?」


「しっかり生きてるわよ」


 こういう時は、深呼吸を一つ。それから――


「ハロー、ワールド」


 ラッキーワードをつぶやいて、ぎゅっと目を閉じて開ける。


 どうやら、わたしは白っぽい部屋のベッドに仰向けに寝かされていたみたい。

 かけっぱなしだった眼鏡の位置を直しながら体を起こすと、ラッセさんはスッと後ろに飛んでいく。


「あ、あの、ラッセさん……」


『身体的異常なし。ハロに身体が順調に対応しているようです』


 混乱困惑で思考回路が停止寸前というところに、どこからともなく声が聞こえてきた。

 せまい何もない白っぽい部屋――ベッドも弾力のある壁の一部みたいになっている――には、わたしとラッセさんしかいない。

 なのに、今の声はいったいどこから聞こえてきたんだろう。

 キョロキョロしても、やっぱりラッセさんしか見えない。そのラッセさんは、不機嫌そうに見えた。オレンジ色の肌に、青いヘルメットの顔は、口元を黒い布でピッタリと覆っているせいで気がした程度だけど、とても機嫌悪そうな気がした。


『申し遅れました。わたくし、大鳥ビッグバードのトビーです。第10892世界『地球』から転移されたリン、ハロワールドへ、ようこそ。わたく……』


「トビー、ちょっと黙って。リンが混乱しているわ」


 ラッセさんの言う通りです。

 わたしの頭はパンク寸前。

 マンガか何かだったら、ぐるぐる目ってやつ。

 

『……ラッセ、そうは言いますが、リンはずっと混乱しているようです。わたくしは、リンが独力で混乱状態から脱する可能性は限りなくゼロに等しい、と判断しています』


 ラッセさんが、さらに不機嫌になった気がする。

 というか、トビーさんの声もイケボだ。中性的で事務的だけど冷たい印象を与えない。


 どうして、イケボばかりなのか。

 なんてことを考えられるくらいには、ぐるぐる目状態がおさまってきたみたい。


 わたしの体調とか気にしてくれてるラッセさんが、コツコツ頭を叩く。


「それはそうだけど。……まずはリンが知りたいこととか、気になっていることを答えていくのがいいと思う。意思疎通ハロ式は、ちゃんと機能しているみたいだしね」


「あ、あの、じゃあ、ラッセさん、その訊いてもいいですか?」


 一番気になってしかたないことを訪ねようと、ベッドの縁に腰掛ける。膝の上に乗せた手を握りしめて、早速と口を開こうとしたら、ラッセさんはひと際大きくコツンと頭を叩いた。


「なんでもって言いたいけど、その前に一つだけ」


「なんですか?」


 その赤いは、どうも慣れない。色ガラスみたいな体で妖精フェアリーみたいな姿や声は、ものすっごく可愛いのに、だけが怖い。


「あたしたちの名前の後に『さん』ってつけるの、やめてほしい。巡る円環は、異界人を住民と同等に――つまり、対等に接することを理念としているんだから」


「……あのぉ、巡る円環って?」


 本当は別のことを先に尋ねたかったのに、新しい謎ワードが気になってしまったから、しかたない。


『巡る円環は、ハロワールドを管理するハロ使いの組織。我々もその一員であります』


「へぇ……」


 トビーさんがどこからともなく、誇らしげに教えてくれるけど、ピンとこなさすぎる。というか、ハロ使いって何って話。

 わたしとラッセさ……じゃなくてラッセの間に、微妙な空気がただよう。


「そもそも、ハロのこともほとんどリンに教えてないってのに……」


「……ごめんなさい」


 わたしは何も悪くないのに、つい謝ってしまう。だって、なんかすごく申し訳ない気分になってるんだ。

 何も知らないのは、当然だ。でも、わざわざ説明してくれるラッセたちに、迷惑かけているようで、申し訳なさでいっぱいだ。


 またラッセが、コツンと頭を叩く音がする。

 あ、納得。この音が、申し訳なさの原因の一つだ。なんだろう、癖、なのかな。


「あのね、リン……」


「あのぉ、ラッセ……」


 かぶった。気まずい。


「…………どうぞ」


 今度は、一言一句違わずに、かぶった。


「…………」


 これ以上、遠慮してもしかたない。


「ラッセさ……ラッセ、あの、ここ、どこですか? わたし、大きな鳥のバケモノに食べられてから、記憶がどうも曖昧なんです」


『なっ、バ、ババ、バケモノぉ、し、失礼な!』


「はい、トビーは、ちょっと黙ってねぇ」


 ラッセの赤いが、サイレンが聞こえてきそうなパトランプのように危険に光りだした。

 直感でわかる。

 これは、非常にまずい。

 トビーが黙ったことが、その直感が正しかったと教えてくれた。


「リンが悪いわけじゃないけど、さっさと第10892世界『地球』の常識は捨てた方がいいわ。それから、ちょっと肩借りるわね」


 コツンッと頭を叩いて、ラッセは金色の光の残像をなびかせながら空を蹴ると、わたしの肩に腰を下ろした。

 流れるような自然な動作には、拒否権を行使する間もなかった。


「リンが起きてから、ずっとハロを消耗していたんだから、ちょっと休ませてもらわないと」


「は、はい。よくわかんないですけど、お疲れ様です」


 不思議と、重さはまるで感じられなかった。

 ちょうど、わたしの耳元で話しかけられているのに、声の大きさがそれほど変わらない。それから、ラッセの体が金色に輝いていない。

 もしかして、その金色のオーラみたいなのがハロかもしれない。


「リンの言ってた大きな鳥は、トビーのこと。大鳥ビッグバードは、ハロワールドじゃあ、数少ない在来種」


『ラッセの言う通り。わたくしは、誇り高き大鳥ビッグバード。バケモノなどではございません』


 どうやらトビーはバケモノって呼んだことを、まだ気にしているらしい。トビーだとは思わずに呼んだのだけど、根に持つタイプだったら、厄介だ。


「ごめんなさい、トビー、さん」


『トビーで結構。わたくしの体内にいる間は、どんな陰口も聞き漏らしませんので、そのつもりで』


「たい、ない?」


 なんか、とんでもないこと聞いた気がする。

 肩のラッセが、また頭コツンしてる。彼女の頭コツン、慣れてくるとなんか可愛い癖に思えてきた。


「そ、大鳥ビッグバードの体内は亜空間が広がっているから……食べられたってのも、間違いじゃないんだけど、ね」


『ラッセ、大きな間違いです。リンもよろしいですか? わたくしたち大鳥ビッグバードは、大いなる暈グレートハロをエネルギー源としておりまして、有機物を消化吸収し、排泄する生態ではないのです』


 つまり、今こうして座っているココが、トビーの中ってことらしい。

 うん、ラッセが言ったとおり、さっさと常識を捨てたほうがよさそう。


 そういえば、ダルさ……ダルは、どこにいるんだろう。


「トビー、リンが落ち着いてきたから、ダルたちの空間とつなげて」


 わたしの心を読んだのかと、ラッセの言葉にドキッとした。横目で見た彼女の様子からは、ほんとうに心を読んだのか、いまいちよくわからなかった。


『了解いたしました』


 心を読めるなら、とっくにそうしていただろう。これまでの、やり取りの中で、そんな様子もなかったから、きっとタイミングがよかっただけだ。うん、そういうことにしておこう。


 空間をつなげるってことは、このまま座っていればいい――


「どひゃ」


 突然、わたしを支えてくれていたベッドが消えて尻もちついた。

 常識、いくら捨てても足りない気がするんですけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る