イケボパラダイス!?

 こういう時はひと言ほしい。思いっきり尻餅をついちゃったじゃないか。


「いったぁあ」


 痛み自体はそんなにだけど、不意打ちの衝撃に涙目だ。


「大丈夫か?」


 ダルの爬虫類の手がすっと視界に入ってきた。

 青白い四本指の手は、爬虫類が嫌いってわけじゃないけど、やっぱりその手を取るのは抵抗がある。


「だ、大丈夫です」


 でも結局、その手をしっかり握って引っ張り上げてもらった。


 眼鏡の位置をなおして、周囲を確認すると、さっきの白っぽい何もない部屋が広くなっただけのようだ。白一色で、遠近感が崩壊している気がしないでもないけど。

 手を離したダルの横に浮かんでいる水のボールが気になる。

 こぶし大の水のボールは、宇宙飛行士と一緒にフヨフヨ浮かんでいるのを映像とかで見たやつによく似ている。宇宙空間の水のボールと違うのは、金色のオーラがあることだ。


「あらためて、初めましてだ。リン」


「……しゃべった」


 謎ウォーターボールがしゃべった。

 パチパチとまばたきを繰り返していると、ダルの肩に腰掛けたラッセが謎ウォータボールの正体を教えてくれた。


「ウノよ」


「あ、幻影族げんえいぞくの……」


「そうだ。ウノだ」


 なんか、イケボがインフレ起こして、ウノの淡々としたハスキーボイスに、いちいち反応できなくなったことを、喜んでいいのだろうか。

 でも、謎ウォーターボールあらため幻影族げんえいぞくのウノに、わたしの複雑な気持ちなんてわかるわけがない。


「我には実体がない。ゆえに我は、ハロ伝導率の高い水を振動させることで、意思疎通ハロ式を有効にすることができる」


「すみません! もっとわかりやすくお願いします」


 どうやら、ウノも個性的な方だったようだ。

 というか、我ってなんだ。我って。

 わたし、学習したよ。自分で考える前に、尋ねることくらい。そのほうが、混乱も少なくすむって学習したんだ。


「ふむ。我には発声器官がないゆえに、ハロで水の振動音に強弱をつけるしか、通常の意思疎通が不可能である。……といえば、理解できるだろうか?」


 理解できたような、できてないような。ただ引っかることはある。


「発声器官がないとか、振動音とか……もしかしてですけど、わたしが聞いているイケ……じゃなくて声って、実際のと違ったりするんです、か?」


「そうだぜ」


 ダルが常識だって感じで、首ではなく尻尾を上下に振る。


「俺たちの他にも、いろんなやつらがいるからな。それぞれ発声器官が違う。ハロワールドで生まれ育ったやつらには、大いなる暈グレートハロの恵みのおかげで、みんな『声』を脳内で馴染みのある『声』に変換されるわけだ。ちなみに、リンみたいな異界人には、意思疎通ハロ式のおかげで会話には困らねぇはずだ」


「じゃあ、みんな……ううん、なんでもないです」


 脳内でもれなくイケボに変換されているのは、わたしが声フェチってことだろうか。いや、そんな意識したことないけど、たしかに顔がよくても声が残念でがっかりとか見に覚えがある。


「うわぁあああむりぃそういういやぁああ……」


 今まで知らなかった自分の性癖に気がつくというのは、こんなに恥ずかしいんだ。

 深呼吸深呼吸深呼吸、吸って吐かなきゃ、吸ってぇ吐いてぇ……。


 すぐに深呼吸して、悶絶モードを強制終了させると、今度は見られていたという恥ずかしさに体が熱くなる。


「我もハロワールドに移住させてもらった時は、リンのように我も混乱したものだ。脳筋の蜥奕族せきえきぞくよりは、リンの精神状態を理解することができる」


 いやいや、誤解だと思うけど、訂正しないでおこう。そんなことよりも、脳筋っていわれたダルがプルプル震えているんですけど。絶対、怒ってるんですけどぉ。


「誰が、脳筋だよ。脳みそも筋肉もないくせに、この空気野郎」


 ダルが尻尾を叩きながら、ウォーターボールウノをつっつく。

 つっつかれた仕返しかよくわかんないけど、ウォーターボールウノがダルの手を飲みこむ。


「やめろって。悪かったって、悪かったって!!」


 ダルがブンブン腕を振る前に、ラッセは金色の光をなびかせて飛び上がっている。

 ウォーターボールウノの金色の光が強くなってきた。


「我は、侮辱を許さない。それに、先ほど分けたハロを回収しているだけだ。二倍にして回収させてもらう」


「やめろ。悪かったって、謝っているだろ」


 今度は断りなくわたしの肩に腰掛けたラッセに、尋ねてみる。


「ラッセ、もしかして金色の光が、ハロなの? 丸いやつだけじゃなくて?」


「そうよ。金色のハロ栄光の暈グローリーハロハロ使いが、闇の暈ダークハロを中和するのに必要なハロなの」


「へぇ。じゃあ、その闇の暈ダークハロは?」


 騒々しいダルとウノを視界から外して、肩に乗ったラッセに気がついた疑問をぶつけていく。


闇の暈ダークハロは、異界からの干渉の入り口。異界人だけじゃないのよ。干渉するものは」


『異界の生物だけでなく、物質、大気も闇の暈ダークハロから、ハロワールドに転移してきます』


 トビーの声もしれっと混ざってきた。

 ダルはウォーターボールウノを振り払おうと、悪態をついている。


『わたくしどもの巡る円環のハロ使いは、闇の暈ダークハロの発生を予測し、異界からの干渉を未然に防ぐことが仕事なのです。とはいえ、ハロ使いの数よりも、闇の暈ダークハロの発生数のほうが多く、防ぎきれていないのが現状です』


「リンの場合、事前に予測されていなかった闇の暈ダークハロだったから、もしかしたら、本部の……」


 コツっと、ラッセは頭を叩いた。わたしに何か言いづらいことでもあるのだろうか。


『ラッセ、先ほど本部に報告したところ、アルゴが話を聞きたいと興奮していましたよ』


「…………やっぱりか」


 可愛い声を沈ませたラッセと、わたしの目の前にウォーターボールウノが近づいてきた。ちなみにダルは床にうつ伏せになって、伸びている。

 ウノにハロを奪われるようなこと喚いてたから、きっと魔力を吸いつくされた魔人で、多分大体あってるかな。


「アルゴに会うなら、覚悟しておいたほうがよいぞ。我もかなり疲弊したからな」


「……そんなに、ヤバい人、なんですか?」


「…………」


 なぜ、みんな黙る。


「そ、そんなに、ヤバいんですか?」


「…………」


 だから、なぜ黙る。


「え、えっと、わ、わたし、その人と話しなきゃ、いけないんですよね? 覚悟しなきゃいけないんですよね? 何を話すのかとか、何を覚悟したほうがいいのかとか、教えてください!」


 仰向けに伸びていたダルが弱々しく尻尾を持ち上げる。


「まぁ、アルゴはひと言で言うと変人、だな」


「……変人」


 こんなこと言ったら失礼だと思うけど、今のところ出会った彼らだって充分クセ強いのに、まだ上がいるってことか。

 たしかに、覚悟しておいたほうがよさそう。

 何を話すのかは、覚悟しろと言ってきたウノが教えてくれた。


「やつの己の好奇心の欲するままに、質問を浴びせかけてくる。己の好奇心が満たされるまで、だ」


『とはいえ、今回は予測していなかった闇の暈ダークハロのデータ収集が主でしょう。過去に第10892世界『地球』から転移してきた異界人は、248人います。リンは249人目ですから、大丈夫です。たぶん』


 トビーの最後のたぶんは、余計だよ。余計に不安になるよ。


 コツンと耳元でラッセが頭を叩く音がした。


「それに、まずはリンの詳しい生体検査があるから、転移したきっかけとか経緯を整理すれば、大丈夫よ。たぶん」


「だから、なんで『たぶん』って余計なこと言うんですか!」


 ピィちゃんがいれば、わたしの不安を癒やしてくれたのに。

 あの犬ドロボー、絶対に許さない。


「そりゃあ、アルゴが真性の変人だからだよ」


 ダルの尻尾がパタンと力なく落ちた。

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