第二章

ハロワールド 辺境の地

太陽が、ない!

 ハロワールド。


 薄紅色の空に、琥珀色の海。

 空を泳ぐパステルカラーの魚に、海を飛ぶ極楽鳥みたいな鮮やかな鳥。


 蜥奕族せきえきぞくっていうトカゲ人間リザードマンに、彩氷族さいひょうぞくっていう色ガラスの妖精フェアリー、それから幻影族げんえいぞくっていう幽霊みたいに姿が見えない透明人間がいる異世界――ってことは、わかった。

 で、今、トビーって人を待っているらしい。

 わたしはラッセさんに言われるまま、歩いたり体を動かして、異常がないか確認している。


「えっと、やっぱり異常はない……と思います」


「了解。闇の暈ダークハロの転移による身体異常はなし、と。もうトビーが来るから、楽にしてていいよ」


 って言われても困る。

 ラッセさんはダルさんの肩に座って、さっきよりも一回り小さい光の輪に話しかけたりしている。その光の輪は、360度どこから見てもきれいな円を描いている。本来なら、光の球体になるはずだと思うんだけどな。

 ちょっと離れたところから、馬鹿みたいに光の輪を見ていたら、ダルさんと目があった。


「気になるのか?」


「あ、はい」


ハロだよ。そもそも、ハロワールドのモノは、すべてハロとともにある。ほら、あれ見てみろよ」


「あれって……」


 ダルさんがラッセさんが乗っていない方の手で、頭上を指差す。

 ダルさん、やっぱり指が四本だ。なんてこと、考えながら薄紅色の空を見上げると、巨大な光の輪がグルグルと回転していた。


ハロワールドで、最大のハロ大いなる暈グレートハロ大いなる暈グレートハロのおかげで、俺たちのハロワールドは保たれてるのさ」


「へぇ」


 反時計回りに回っている巨大な光の輪の色は、空の薄紅色よりも濃い色。

 大きさは太陽と同じくら――


「ない。ない。太陽がないっ」


 なぜもっと早く気がつかなかった、わたし。


「え、え、えーっ」


 眼鏡を外して、目をこすって、かけなおしても、太陽がない。


 太陽がない。


 太陽が、ない。


「うそぉお」


 空を泳ぐ魚に気がついて、どうして太陽に気がつかなかった、わたし。

 太陽。それは、わたしたち人類が二足歩行を始める前から、地球――いや、太陽系を照らし続けている、まさに光。

 そんな空にあって当たり前な太陽が、ない。太陽なしでは地球も存在できない、まさに神である太陽が、ない。


「いくら、異世界だからって、太陽がないって、えーっ」


 ショックが大きすぎて、ダルさんたちがなにか言っているけど、右から左へ通り抜けてしまう。耳の間の頭が理解しようとしてくれない。


 太陽があるべき空には、大いなる暈グレートハロがある。


 なんか、とんでもない異世界ところに来てしまった。


「ハロー、ハロワールド……なんちゃって、アハハハ」


 言葉には力があると思ってたけど、さすがにショックが大きすぎて、立ち直れない。


「転移による身体異常はないが、かなりの精神状態の混乱はある、と。どうするの、ダル。どう見ても、あんたが余計な説明したのが原因じゃない?」


「俺のせい? ちがうだろ、混乱とか、転移してきたばかりの異界人にはよくある話じゃねーか」


「そうね、錯乱して暴れたりとかは、なさそうだし……トビーが来るまで、そっとしておこうか」


 ようやく頭にとどまった二人の気遣いに、わたしは感謝した。


 しばらくそっとしてもらわないと、冷静になれない。

 何の気なしに、チノパンのポケットに触れるて、ようやくスマホの存在を思い出すほど、頭がこんがらがっていたみたい。


 きっと圏外か何かだろうなって、ロックを解除しようとしたけど、画面は真っ黒。


「うー」


 もし、壊れていたら、どうしよう。

 この異世界ハロワールドだけの現象ならいいけど、もし、元の世界に帰っても電源はいらなかったら、どうしよう。


 電源ボタンを長押したけど、うんともすんとも言わない。


「諦めるか」


 諦めてポケットに戻した頃には、だいぶショックから立ち直った気がした。

 異世界なんだから、地球の常識が通用しなくても、当然じゃないか。


 そういえば、ピィちゃん。

 そうだ、ピィちゃん。

 忘れていたわけじゃない、頭が回らなかっただけ。


「あ、あの、わたし、だけでしたか? その地球から、転移してきたのは、他に……」


「いないわ。あなただけよ」


「そう、ですか」


 ラッセさん、なにもクイ気味で否定しなくてもいいじゃないか。


「ピィちゃん……」


 目頭が熱くなる。泣いたらダメだ。ピィちゃんは、今ごろ、あの灰色の男にひどい目に合わされているかもしれないのに、泣いたらダメだ。


「あ、あのね、あなたが転移してきたカテゴリー1の闇の暈ダークハロは、せいぜいあなた一人分の質量を転移転換させるのが、精一杯のサイズ。だから、もし向こうで誰かと一緒にいたってなら、向こうにいるはずなの。確実とはいえないけど、帰還する時に時間的誤差をなくせば、向こうにいる人たちも心配する暇もないだろうし……」


「帰れるんですか!」


 ラッセさんが何を言っていたのか、ほとんど理解できなかったけど、地球に――日本に帰れることはわかった。


「もちろんだぜ。それも俺たちハロ使いの仕事だからな」


「やったぁ」


 ダルさんの力強い言葉に、思わずガッツポーズしちゃった。けど、すぐにせっかく異世界来たのにって残念な気分になった。残念だなって考えてはいけないのに。

 早く帰って、ピィちゃんを灰色の男から取り戻さねばならないのに。

 ガッツポーズで握りしめた両手を力なく開いてしまった。


「……ってダルが言ってるけど、帰還は本部の連中の仕事だから、今すぐには無理なの」


「え?」


 尖った耳に手をやっているダルさんをにらむように見上げながら、ラッセさんが教えてくれた。


「だから、トビーに乗って本部に行かなきゃいけないの。そうだよね、ダル?」


「わかったから、にらむなって! つか、トビー来たし」


 空を見上げたダルさんにつられるように、わたしも空を見上げる。


 さっきまで、このあたりの空を飛び回っていた魚が一匹もいない。

 太陽とは違って目に優しい大いなる暈グレートハロの近くに、小さな黒い影が見えた。

 だんだん大きくなる影は、ものすごいスピードでこっちに向かってきているようだ。


「えっ、ダルさん、トビーさんて、あれ?」


 わたしはすっかり、迎えに来てくれるトビーさんも、言い方悪いかもしれないけど、ダルさんとラッセさんみたいな亜人だと思ってた。そういえば、ラッセさんが乗ってとかなんとか言ってたような。


大鳥ビッグバードのトビー。俺たちの仲間」


 得意げにダルさんが教えてくれるけど、鳥だ。馬鹿でかい鳥だ。だから、大鳥ビッグバードなの。

 太陽がないショックで、もう何も驚かないつもりだったのに。


 まるでハゲていないハゲタカ――それはもうタカかもしれないけど――は、小型飛行機よりも大きいかも。

 赤褐色の目つき悪い鳥が、まるで獲物を襲う猛禽類のように、どんどんこっちに迫ってきてる。

 めっちゃ怖い。


「あ、あの、本当に仲間、なんで、すよね?」


 声が震えてしまう。怖いんだから、しかたないけど。


「俺、さっき、そう言ったけど……」


 不思議そうに、長い尻尾をゆらゆら揺らさないで。

 だって、だって、これは、どう考えてもこれから、あのハゲてな――じゃなくて、馬鹿でかいタカに食べられるか、あの凶器でしかない爪で襲われるとか、そういうスピードで急降下してきてるんだ。そんなのんきに、尻尾揺らさないで。ラッセさんも、足ぷらぷらして鼻歌みたいなの歌わないで。


 乗るってことは、あの背中に乗るんだよね。なんかくちばし大きく開けてるけど。


「あ、あの、ほんとに大じょ……」


 バクン


 大丈夫じゃなかった。

 わたし、鳥に食べられちゃった。

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