『HELLO!!』と『TOUCH ME!!』

 異世界と聞いて、すぐに思い浮かべるのは、魔王とか勇者とかエルフとか自然豊かな森を駆け抜けているイメージだ。それから、アヤカシとか魔京とかの純和風の雅な世界とか。あ、中華系も。あれれ、異世界って意外と色々あるかも。


 それでも、異世界ここは、わたしが知っているどの異世界とも違う。


『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』


『〜゛〜゛〜゛』


 色ガラスの妖精フェアリートカゲ人間リザードマンは、どうやら話がまとまったらしい。わたしに近づいてきた妖精フェアリーが両手をかざすと、金色の光の輪が現れた。ひかりの輪は直径30cmくらい。


『〜っ〜っ』


 反時計回りに回る光の輪の中から、いろんな音が聞こえてくる。

 ひどいノイズばかりだけど、たまに声みたいなのも聞こえる。でも何言っているかわからない。


『〜〜〜っ〜』


 たまに声と一緒に光の輪に、光が踊る。グニャグニャした線だったり、四角と三角だったり、奇妙な図形が次から次へと。もしかしたら、文字かもしれない。


『 ゛ ゛゛ ゛っ』


 たまに、聞くに堪えないノイズに思わず顔を背けると、トカゲ人間リザードマンぽいのの爬虫類の視線が刺さる。怖い。

 泣きたくなるくらい怖い。

 てか、帰りたい。

 そりゃあ、いきなり奴隷市場とか、いきなり殺されるとか、もっと最悪な状況はあるだろけど。

 これはこれで、最悪だ。

 言葉は通じないし、ずっと変な音聞かされ続けるし――


『HELLO!!』


「えっ、ハロー?」


 今、確かに『HELLO!!』って光の輪の中に文字が現れたし、スマホの音声の女性みたいな無感情な声だったけど、確かに『HELLO!!』って言ってくれたような――


 わたしが反応したからか、ずっと黙っていたトカゲ人間リザードマンぽいのがシューシュー言ってる。


『HELLO!!』


 もう一度、しっかり耳と目で『HELLO!!』を確認する。


「ハロー。えっとぉ」


 英語の発音なんて無視して、とりあえず日本語でハローともう一度返してみる。

 なぜ英語がという疑問は、この際徹底的に無視して、たった五文字のアルファベットにすがりつく。

 すると、今度は光の輪の中に別の英文が浮かんできた。


『TOUCH ME!!』


「え、タッチミー? 触って? え、触るって……」


 英語が得意科目とは胸張って言えないなけなしの語学力でも、理解できる。

 でも、どこをタッチしろと――


『TOUCH ME!!』


「だ、大丈夫。わたしを殺すなら、もうとっくにこいつらやってるし……」


 たぶん、その光る『TOUCH ME!!アルファベット』に触ればいいんだと思う。他にそれっぽいところないし――


『TOUCH ME!!』


「わかったよ、わかった!」


 ああっ、無感情な音声ってただでさえイラつくのに、何度も繰り返されたらもうっ――


『TOUCH……』


「ええいっ、どうにでもなれだ!」


 目をつぶって、光の輪の中の『TOUCH ME!!アルファベット』に手を伸ばした。


 たっぷり三回は呼吸したと思う。


 何も起こらなくて、ぎゅっと閉じてたまぶたをおそるおそる開けてみる。

 至近距離で、顔下半分隠していた黒い布をずり下げた妖精フェアリーぽいのがいた。彼女の体を金色の光が包み込んでいる。


「……っ」


 赤いビー玉みたいなで、じっと見られてた。

 角度によって虹色に見える白っぽいメタリックなストンとしたノースリーブのワンピースがよく似合っているのに、赤いだけが怖い。


「意思疎通ハロ式、完了。これで大丈夫、だと思うけど……」


 あれ、何言ってるのかわかる。

 まばたきを繰り返していると、光をなびかせて妖精フェアリーがさらに近づいてきた。近い、近すぎる。


「ねぇ、あたしたちの言葉、わかるよね?」


「は、はい。わかります! わかります! めっちゃ、わかります!」


 まぐれじゃないことを祈りながら、答えながら首をブンブン縦に振ったせいで、眼鏡がずり落ちてしまった。

 そんなわたしを、妖精フェアリーは笑ったような気がした。笑われたのではなくて、純粋にホッとしたような安堵の雰囲気を感じた。


「とりあえず、成功ね。いくつか質問に答えてほしいんだけど、なんて呼べばいい?」


「田村凛子。あ、リンって呼んでください!」


 メガネの位置をなおして、あらためて思った。

 この妖精さん、可愛いかもって。

 ちょっと、赤いににらまれると怖いけど、声が可愛い。うるさい風鈴のような音が、可愛い女の子の声に変わっただけで、全体まで可愛いと思ってしまうわたしは、単純すぎるだろうか。


「じゃあ、リン、あなたは第10892世界『地球』から来たってことで、間違いないわね?」


「第いちまんはっぴゃ……地球からっていうのは、たぶん、あっていると思う……思います」


 以前にも、地球からこの異世界に転生か転移してきた人がいたのかな。

 その前の五桁の数字は意味不明。


「で、次の質問。体に異常はない?」


「ない、と思う……思います」


 可愛い声のせいか、妖精フェアリーに敬語を使うのは難しい。でも、まだ警戒しなきゃいけない。言葉が通じたからって、気を許すのはまだ早い。

 彼女が次の質問って言いかけると、さっきからずっと耳に手を当てて黙っていたトカゲ人間リザードマン妖精フェアリーに声をかけた。って、トカゲって耳あったけ。


「ラッセ、トビーと連絡とれた。もうすぐ来るってよ」


 イケボだ。それも、ちょっと色気のあるテノールのイケボだ。

 声フェチってわけじゃないけど、わたしはそのタイプの声に弱い。

 爬虫類は、正直好きじゃない。なのにイケボのせいで、トカゲ人間リザードマンがイケメン度が三割り増した気がする。

 声って、すごい。


「じゃあ、続きはトビーの中で。あ、そうそう、あたしたちの紹介まだだったわね。あたしは彩氷族さいひょうぞくのラッセ、で……」


「俺が、蜥奕族せきえきぞくのダル。もう一人いるんだけど、幻影族げんえいぞくだ」


「ラッセさんと、ダルさん、えっとミエナイハズさん?」


「………………」


 何かわたし、聞き間違えたとか、失礼なこと言ったかな。黙らないでほしいんだけど。


「あ、あの、わたっ……」


 地面が揺れた。多分、震度2くらい縦に揺れた。もしかして、異世界ここも地震があるの。


「ふぎゃ……あ、ありがとうございます」


 トカゲ人間リザードマンのダルさんの鱗に覆われた手に、しがみついてしまった。


「あ、いや、俺の説明が悪かったみたいだし……」


 彼のきまり悪そうな声に首を軽くかしげた。青白い体に、服らしいものがないと思ってたけど、八つに割れた腹筋のへそのあたりから下は、同系色の硬そうな謎素材のズボンをはいていたみたい。


「ミエナイハズさんじゃなくて、幻影族げんえいぞくのウノ。幻影族げんえいぞくだから、姿形は見えないけど……ほら俺たちが乗ってる白銀しろがね大槌おおつち、あいつが持っててくれてるんだぜ。目には見えないけど、いるんだ」


「は、はぁ」


 幽霊、みたいなやつかな。

 てか、この冷たい床だと思ってたの、大槌って、ハンマーか何かなの。

 慌ててしがみついていた手を離して立ち上がったけど、やっぱり白い金属の床にしか見えない。

 わたしが横になっていても、充分すぎるほど余裕があった床は、わたしの部屋よりも広くて、ママの実家の十畳の床の間くらいの面積はある。


「なんだ、立てるんじゃないか」


「あ、はい。立て、ます、けど……」


 ダルさんのイケボ、どうにかならないかな。

 なんか、無駄に緊張する。特に、トカゲ人間リザードマンだってこと意識していない時に、聞くとダメだ。

 だから、意識してトカゲ人間リザードマンを視界に戻すと、肩にちょこんとラッセさんが腰掛けていた。


「この馬鹿のせいで話がそれちゃったけど、ここはハロワールド。ようこそ、リン」


 ラッセさんの言葉を素直に受け止めれば、わたしは歓迎されていると考えてもいいはずだ。


 もしかしたら、心のどこかで、こんな展開人生を望んでいたのかもしれない。

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