初めての異界人

 もう一つ、闇の暈ダークハロが発生するなんて、聞いていない。三賢者のアルゴが演算ミスしたってことか。いいや、今はそんなことはどうでもいい。


 この辺境に今、俺たち以外にハロ使いはいない。俺たちで対処するしかない。


「ラッセ、どこだ?」


「えっと、あっち。でも、カテゴリー1でも相当小さいから、間に合わな……」


「間に合わなくても、ぶっ叩くしかないだろ」


 ラッセが指差す方に、闇の暈ダークハロ顕現けんげんしてるってなら、やることは一つ。


栄光の暈グローリーハロ左腕部分展開ハロ式、発動。ウノ、頼むぜ」


 俺の中に残ったハロを左の拳に纏わせて、白銀の大槌を蹴って跳び上がる。ラッセはすでに俺の肩から飛び去っている。


 ウノが白銀の大槌にハロをこめる。


「3、な。行くぞ、1、2、3っ」


 予定外の仕事だが、小さくても闇の暈ダークハロは放っておけない。


 大きく振られた大槌から、ハロと勢いをもらって、琥珀色の海面すれすれをラッセが指差した方へと飛ぶ。


 黒い海木かいぼくが、行く手をはばむように枝を張りめぐらせている。


「飛行ハロ式、発動。くっそ、邪魔だ、邪魔だ!」


 海木のなんかを吹き飛ばすために、ハロを消費する訳にはいかない。拳で吹き飛ばしたい気持ちをぐっとこらえて、海木をかいくぐるように群生地を抜ける。


「ラッセ、この方角であってるんだよな?」


『もう見えてもいいはずだけど、もしかしたらもう……』


「わぁった」


 自然消滅とか悪い予測は聞きたくない。ハロももったいないし、通信装置ピアスを強制的に機能停止させる。


 曲がりくねった海木かいぼくを避けながら進むが、闇の暈ダークハロは見えない。時々、俺に驚いた魚たちが海木かいぼくの影から飛び出してくるだけだ。

 もしも――なんて考えたくないが、もしも、闇の暈ダークハロが転移可能状態から自然消滅したなら、転移者なしハズレであることを期待するしかない。 

 弱いが闇の暈ダークハロの気配を感じた。


「あっちか!」


 斜め左に方向を変えるけど、嫌な予感がする。

 カテゴリー1にしても、だ。

 あまりにも、気配が弱すぎる。


 気配の発生源には、もう闇の暈ダークハロはなかった。


「……最悪だ」


 そのかわり異界人らしき生物が、海木の枝に引っかかっていた。


栄光の暈グローリーハロ部分展開ハロ式、解除。通信ハロ式、起動」


 見なかったことにして逃げ出したい気持ちをこらえるのに、苦労した。


「あー、ラッセ。わりぃ、間にあわなかった」


『馬鹿ダル、だから言ったじゃない。で、その様子だと……』


転移者なしハズレじゃなかった」


『……最悪ね。今から、ウノとそっち向かうわ』


「了解」


 通信を終えたはいいものの、大丈夫かな、異界人コレ


 異界人の対処なんて、初めてだ。

 俺の尻尾も、今日初めて元気なくしたよ。




 大鳥ビックバードのトビーとは通信不能のまま、ウノとラッセがやって来た。


「ざっくり調べてみたけど、人間型ヒューマンタイプの異界人で間違いないね。あと、意識レベルは睡眠。本部に運ぶまで眠っててくれるといいけど……」


 俺の右肩でため息をつくあたり、観測する者サーチャーのラッセにも異界人の状態に自信ないらしい。

 ウノの白銀の大槌の上に寝かせた異界人は、俺と同じくらいの大きさだけど、尻尾もないし、鱗もない。彩氷族さいひょうぞくのラッセのように、体も硬くない。というか、海木かいぼくから大槌に移す時に抱きかかえた時に、鱗で傷つけそうなくらい、柔らかくてもろそうな異界人だった。


 また黒い布で口を隠したラッセが、異界人の上を飛び回りながら、調査しているが、さっきから悪態ばかり。


「あー、やっぱり、無理。転移直後の異界人とか、初めてだしぃ。人間型ヒューマンタイプってことしか、わかんない」


「充分じゃ……ぅわっち! 何すんだよ」


 闇の暈ダークハロ専門の観測する者サーチャーなんだから、しかたないだろっていう意味だったのに、ラッセのやつ、俺を眼光で焼こうとしやがった。

 とっさに飛び退いたからよかったものの、絶対、丸焦げになってた。


 まだ光っている目のままラッセは、俺の目と鼻の先まで飛行してくる。


「いい? 人間型ヒューマンタイプは、もっとも多くの異界に生息が確認されているの。アルゴの最新の集計でも、軽く一万超えているの。そのうち、『地球』って名前の異界は五千。あたしが思うに、この異界人は五千の『地球』のどれかだと思うけど、目を覚ました途端襲い掛かってくる『地球』の数は……」


「わかったわかった。頼むから、にらむなよ。悪かったって」


「わかればよろしい」


 ラッセは、時々めんどくさい。

 言いたいこと言って満足したラッセは、再び異界人の側に戻って、調べ始める。


「ウノ、しばらく帰れそうにないなぁ」


「…………」


 返事がなくても、ウノが俺に同情してくれたのはわかる。あいつだって、白銀の大槌を焼かれかけたんだから、腹が立っているに決まっている。

 トビーとは、まだ通信できない。


「なぁ、ウノ、これって、特別報酬とかあるのかな」


 異界人とラッセに背を向けて、大槌のヘッドの端から柄を握りしめているはずの姿なき相棒に、話しかける。もちろん、返事はない。


 海木の影から、こちらの様子をうかがっている魚たちと目があった。たちまち逃げていく魚たち。俺はって食ったりしないっての。俺と同じように鱗があるってのに、全然違う。


 俺たちに影が落ちる。

 そう言えば、そろそろこのあたりに島が来る時間だったな。

 空を見上げれば、俺たちが消滅させたカテゴリー2の闇の暈ダークハロがあった方角へ、島が流れていく。

 本当なら、今ごろ、トビーに回収されて、本部に向かっていることだってのに。

 そういえば――


「なぁ、ラッセ。さっきのカテゴリー2のやつ、消滅後の影響って……」


「なかった!」


 余計なこと言ったと後悔した時には、もう遅かった。

 急いで謝らなくてはと、尻尾をバネに飛び上がりながら振り返るれば、案の定、異界人の上で、ラッセの赤い目が不吉に光っていた。

 わざわざ、異界人の調査を中断して、俺に指を突きつけて怒っている。


「悪かったよ。ちょっと気になって……あ」


「あんたに、気にされたくな……」


「いや、ラッセ、その…………」


「なに……あ」


 ラッセの下で、異界人が瞬きしている。


 最悪中の最悪の事態だ。

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