ハロワールド 辺境の地

頭のてっぺんから、尻尾の先まで

 排出前は、いつも腹の底に鈍い痛みを感じる。


『1000カウント後、排出します。全員、連続自動展開ハロ式の最終確認を』


「了解、トビー」


 降下用の排出卵エッグからに全身を包まれると、殻の内側にハロ式のハロ文字が映し出される。

 俺たちハロ使いのハロを効率よく消化してくれる連続自動展開ハロ式の確認なんて、本当は必要ない。

 あのイカれた管理者が膨大な記録から演算して組み上げたハロ式に狂いなんてあったら、それこそハロワールドはお終いだろうよ。


 そういえば、訓練校の先生が言ってたな。

 この最終確認は、連続自動展開ハロ式のためではなく、自分の覚悟のためだとかなんとか。


 腹の底の鈍い痛みのせいで、尻尾の先まで力が入ってしまう。


『569、568…………437、436、435…………』


 赤や青のハロ文字を目で追いながら、脳裏に今回の作戦をシュミレートする。

 その間にも、トビーのカウントは続いている。


『152…………107、106…………97』


 カウントが100を切ったあたりから、腹の底の鈍い痛みが熱を帯び始める。


『…………74、73…………』


 もう、鈍い痛みはない。

 頭のてっぺんから尻尾の先まで、内側から排出卵エッグの殻を溶かしてしまいそうな熱が支配する。


『……24、23、21…………』


 排出が待ち遠しい。

 早く暴れたくて尻尾の先までウズウズする。


『17、16、15……5、4』


 連続自動展開ハロ式のハロ文字は、『スタンバイ』。


『3、2、1、排出卵エッグ、排出いたします。ラッセ、ダル、ウノ、ハロの恵みを』


ハロの恵みを!」


 排出卵エッグの排出は、一瞬。

 殻の内側に踊っていた光文字が全て消え、真っ暗になったのも、一瞬。


「ひゃっほー!!」


 足元の土台フライングボード以外の殻はすぐに粉々になって、大いなる暈グレートハロに還る。


 大鳥ビッグバードのトビーから飛び出してきた俺たちに驚いた魚の群れが、一斉に逃げ出す。

 空を泳ぐ色とりどりの魚たちも、俺たちみたいに風を切っているんだろか。

 体をくねらせて泳ぐ姿は、とてもそんな風には見えない。

 そもそも、『泳ぐ』ってのがよくわからないけど。


「ダルっ、興奮しすぎ」


「してねぇって」


 人がいい気分で、土台フライングボードに乗って風を切っていたら、ラッセの小言が飛んでくる。


「しーてーまーしーたー」


「はいはい」


 ちょんと、俺の方に座ったラッセは首元におろしていた黒い布で顔の下半分を隠す。虹色に光る氷の体の彩氷族さいひょうぞく特有の、可愛い顔がもったいない。でもそれは、あくまでも口を閉じていればの話。口やかましいラッセには、特に黒い布は必要だ。


「あたしの顔がどうかした?」


「んにゃ、何でもない」


 肩乗りサイズのラッセの瞳が赤く光る。

 けっこう、マジで怒っていた証拠だ。

 口を閉じておかないと、彼女の眼光で丸焼きにされてしまう。


 ラッセに向けていた視線を前方に戻す。


 闇の暈ダークハロ顕現けんげんにともなう住人の退避の手間もほとんどかからない辺鄙へんぴな場所だった。そのかわりというわけじゃないだろうけど、俺たちから逃げ出していた魚は何事もなかったかのように泳いでいる。


「いいよな、魚は。のんきでさぁ」


「ダルって、バカなの? 魚が頭よかったら、気軽に食べられないじゃない。あたしは食べないけどね、魚」


「……俺も、魚は食べないし」


 言いたいことはたくさんあったけど、下手なこと言って何倍にもなって言い返されるのは面白くないから、尻尾に力を入れて我慢した。

 だいたい、肩乗りサイズのくせに、口だけは俺より偉そうで腹が立つ。

 ラッセはトビーと同じ観測する者サーチャー。だから、もう連続自動展開ハロ式を解除して、今回のターゲットの解析を始めてる。俺の右肩の上で、解析を始めたラッセには、当分話しかけないほうがいい。

 ラッセも、土台フライングボードだけでも残せばいいのに。

 連続自動展開ハロ式の一部になっている土台フライングボードは、自動で闇の暈ダークハロの顕現地点に、俺たちを運んでくれる。

 そんなに俺の肩の座り心地がいいのだろうか。


 通信装置ピアスハロを放つと、トビーの声が聞こえてきた。


『まもなく、闇の暈ダークハロカテゴリー2の顕現予測時刻となります。顕現にともない、任務遂行後、あるいは闇の暈ダークハロ自然消滅後しばらくは、わたくしと通信不能となります』


「了解」


 翡翠色の通信装置ピアスハロが消えるのと、連続自動展開ハロ式が導いてくれた土台フライングボードが止まるのは、ほぼ同時だった。

 俺たちの後を追うように降りてきた無口なウノの土台フライングボードも、ちょうどいい距離を開けて止まったはずだ。


 極彩色の鳥たちが自由気ままに飛ぶ海を正面にして、全身のウロコでまだ顕現していない闇の暈ダークハロの気配を感じる。

 のんきに空を泳いでいた魚たちも、異変の前兆を感じ取ったのか、一匹も視界に入ってこない。


「ラッセ、予定通り、か?」


「ええ。まもなくカテゴリー2の闇の暈ダークハロが顕現する。カテゴリー2は、そこそこ大きいけど発達が早いから、転移可能状態まであっという間だからね」


「わかってるって。ラッセこそ、ベストタイミング間違えるなよ」


「間違えないわよ」


 肩に座っていたラッセが、飛行ハロ式を使って飛び立つ。


 ようやく、俺とウノ――阻止する者ブロッカーの出番だ。


 琥珀色の海面と俺たちの間に、ぼんやりとした黒いもやが弧を描きながら現れた。


『カテゴリー2顕現。転移可能状態まで、推定478カウント』


 通信装置ピアスから、ラッセのカウントダウンが聞こえてくる。

 連続自動展開ハロ式から、飛行ハロ式に切り替えて、背後にいるウノに声をかける。


「ウノ、いつも通り、ぶっ叩こうぜ」


「…………」


 幻影族げんえいぞくのウノは無口だ。

 それでも、相棒のウノが白銀しろがね大槌おおつちを構えたのを、振り返らなくてもウロコで感じる。どうやら、やる気満々のようだ。


『158、157、156…………』


 ターゲットの顕現を終えた闇の暈ダークハロは具現化を進めている。海中を飛んでいた極彩色の鳥たちの姿が見えなくなった。

 はっきりと濃くなった黒い靄が描いた円が、ぐるぐると回転している。


栄光の暈グローリーハロ全身展開ハロ式発動」


 頭のてっぺんから尻尾の先まで、金色の栄光の暈グローリーハロまとう。


『…………76、75……』


 ぐるぐる回転しながら黒い靄――闇の暈ダークハロは、細長く集束されていく。円の内側に見えていた琥珀色の海がかすんでいく。灰色っぽいかすみが、波打っているようにも見える。


「まずいな、ウノ。一発で決めるぞ」


「……」


『32、31、30…………』


 折り曲げた足をウノに向ける。これで、いつでも闇の暈ダークハロをぶっ叩く準備はできた。

 灰色の霞の向こうから、不気味な影がこちらにやってこようとしているのが見えた。


異界人いかいじんだ。ウノ、いつもより強めで、『2』でよろしく」


「…………」


『……6、5、4、3、2』


「――っ」


 ウノの大槌が力強く振るわれた。

 大槌に俺の足の裏が触れた瞬間、大槌の勢いを殺さないように闇の暈ダークハロに向かって、曲げた足をバネにぶ。


『……0。転移可能じょ……』


栄光の暈グローリーハロ、左腕集束ハロ式発動!! おウチに帰りな、異界人っ」


 全身に纏わせていた栄光の暈グローリーハロを左の拳に集束させて、闇の暈ダークハロの灰色の霞をぶっ叩く。

 異界人のゴツゴツした感触も合わせて、闇の暈ダークハロ栄光の暈グローリーハロで中和させていく。


「うをぉらぁあああああああ!!」


 俺を五人分まとめて異界に転移させられる大きさのカテゴリー2の闇の暈ダークハロの抵抗は、せいぜい数瞬。


 ――――ァァアアン!!


 俺の栄光の暈グローリーハロに中和された闇の暈ダークハロが消滅する。


「うっし!」


 消滅した闇の暈ダークハロの先には琥珀色のきれいな海と、ウノの白銀の大槌のヘッド部分が俺を待っていた。


「サンキュー、ウノ」


「…………」


 飛行ハロ式を発動するまでもなく、くるりと宙返りして大槌に華麗に着地する。


「任務完了っと」


 幻影族げんえいぞくのウノは、実体がない。だから、無口だ。無口すぎる阻止する者ブロッカーの相棒だけど、満足そうだとわかる。

 そうでなかったら、相棒失格だ。


「なにが、任務完了よ」


「んだよ、ラッセ。俺たちの仕事は終わっただろ」


 飛行ハロ式に加速ブースターを加えて、後頭部を殴られる。小さな拳でも、彩氷族さいひょうぞくの体は硬いから、それなりに痛い。

 口元を隠していた黒い布をずり下げて俺の右肩に腰を下ろしたラッセは、ぶつぶつと自分の仕事は終わっていないとかわかりきったことを言う。

 観測する者サーチャーは、闇の暈ダークハロ消滅後も俺たちのハロワールドに影響が残っていないか調べなきゃいけないからな。


 それでも、俺の仕事が終わったことは事実だ。

 空を泳ぐ魚たちも、海中を飛ぶ鳥たちも、何ごともなかったかのように戻ってきている。


 見上げた空は、いつものようにきれいな薄紅色。今日も大いなる暈グレートハロの優しい光が燦々さんさんと降りそそいでいる。


「俺も、早く……」


「ちょっと気が散るから静かにしてよ」


 俺の独り言が気になるなら、肩で仕事しなけりゃいいのに。


 まぁ、ある意味、よかったのかもしれないけど。

 だって、俺も灰色の男グレイマンみたいにカテゴリー5の闇の暈ダークハロを一瞬で消滅させられるようなハロ使いになりたいって聞かれたら、ラッセじゃなくても馬鹿にされるに決まっている。


 最強のハロ使い。

 灰色のマントで、目深に被ったフードの奥に隠された顔を知らない。

 彼こそが、俺がハロ使いになったキッカケ。

 灰色の男グレイマンは、カテゴリー5の闇の暈ダークハロにひと言、『消えろ』と言っただけで、消滅させた。もっとも消滅させやすい転移可能状態ではなく、具現化している途中で、だ。

 俺たち蜥奕族せきえきぞくの島を、闇の暈ダークハロから救ってくれた男。

 憧れないわけがない。


「え、ちょっ、嘘、マジ、こんなことって……」


「どうしたんだよ、ラッセ」


 ひと仕事終えて、いい感じに浸っていたってのに、突然ラッセが騒ぎ始める。


「近くに闇の暈ダークハロが顕現してる!!」


「なんだって!!」


 俺たちの仕事は、どうやら終わってなかったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る