第64話 8月14日(土)みんなで持ち寄ってジンギスカンだあ!⑪
「すみません・・・」
「猛君はまだ高校1年生なんだからさあ、わたしと違ってやり直すのは簡単よ。他のみんなが楽しんでいる中で一人だけ落ち込んでたら笑われるわよ」
「それもそうですね。変な事を考えてた僕の方がおかしいですね」
「折角みんなが御馳走を用意してくれたんだから、楽しみましょう。私だって本当は沢山食べたいんだけど、今日はちょっと食欲が落ちてるのよね」
「楽しめない理由があるからですか?」
「猛君、ズバリ言うけど、これはお盆とは無関係よ」
「へ?」
「まあ、君には一生体験できない事が理由だから」
「はへ?」
「わたしって、1か月に1回、食欲が落ちる事がよくあるのよねえ」
「はあ!?」
「しー!声が大きいわよ」
「あー、すみません」
「そんな訳だから、あまり気にしないでね」
「はいはい、気をつけます。たしかに僕には体験できないですね」
「猛君、わたしも牡蠣を食べてもいいかなあ」
「あー、はい、いいですよ。今から焼きますから」
「お願いね」
「りょーかいです」
そうだったのかあ、僕の思い過ごしだったんだ。さすがに僕はあれを体験する事は不可能だけど、変に勘ぐってしまったのはたしかに失礼だ。そのお詫びを兼ねて光希さんには僕が牡蠣を振舞おう。
僕は牡蠣を焼き始めたけど、どうやら一番先に無くなるのは牡蠣のようだ。残りは1個しかないから、早くも実姫先輩とクリス先輩が最後の1個を誰が食べるかで口論を始めている。
さすがに高崎先生も食べたいようで口論に参加しているけど、他にも食べたい人がいるから僕が提案して『あみだくじ』をやる事にした。希望者は僕と光希さんを除いた全員だから10人だ。結構倍率が高いぞ。
そこで僕が開封した『生チョコ』の紙の裏を使って『あみだくじ』を作って、そこに光希さんが横線を入れて最後に僕が何本かの横線を引いた後に『当たり』の丸印をつけて紙を折り曲げ、僕の右にいる姉さんから反時計回りに自分が希望する場所に名前を書いていった。こえだちゃんが残り2つのうち片方を選んだから母さんは残り物という事になる。
「じゃあ、これで全員ですねー」
「たけしー、早くやれー」
「そうだそうだ、早くやれー」
「はいはい」
僕は折り曲げた部分を開き、丸印をつけたところから上へ向かってペンで遡って行った。隣にいる姉さんがワクワクしながら僕の手元を覗き込んでいる。
あと少しで終わりそうだ・・・あれ?この位置は・・・
「えー!マジですかあ」
「おい篠原未来、こっちから見えないんだから誰になったか教えろ!」
「はー・・・『残り物には福がある』の諺通りですよ」
「残り物?という事はみっきー、おばさんかよ!?」
「そういう事。あーあ、そっちにしようか迷ったけど初志貫徹すれば良かったなあ」
「じゃあ、母さんが遠慮なく食べていいわよね」
「はいはい、じゃあ網に乗せますよ」
おいおい、さっきから唯一人、黙々と食べ続けているだけの母さんが当てるとは僕も思ってなかったぞ。何たる幸運!
当然ながら外れた9人からはため息が漏れたのは言うまでもない。
「じゃあ、遠慮なく食べさせてもらいまーす」
母さんが年甲斐もなく子供じみた事を言うから僕も笑うしかなかったけど、姉さんが気を取り直して
「さあ、まだお肉は一杯あるわよー。今日は食い倒れよ!」
「それもそうね。未来さんの言う通りね」
「夏休みの思い出として、腹一杯食べようぜ!」
「そうそう、今日はダイエットなどという言葉は禁句よ」
「はいはい。とにかく肉もまだ冷蔵庫に残ってますから遠慮しないで食べてくださいねー」
結局、僕たち12人は全員が「もう食べられない」と言い出すくらいまで食べまくった。牡蠣の次に無くなったのはウィンナーだったけど、それ以外の食材は食べ切ることが出来なかった。まあ『どうーぶるふろまあじゅ』と『生チョコ』、それと江田さんが持ってきた試作品のアイリッシュチーズケーキは除くけどね。
残り物は全員で持ち帰る事にした。ただ江田姉妹はサンドイッチとクロワッサンと洋菓子を、実姫先輩と上原君はおはぎを、クリス先輩は全ての持ち帰りを遠慮したから、それ以外を均等に分ける事にした。ラム肉は結局3分の1くらい残った形になったけど、それでも1食分のおかずとして使えるくらいに持ち帰る事になったから全員ホクホクだ。
コンロの片づけや古い毛布の片づけは太一や上原君が手伝ってくれたし、お皿の洗い物やゴミ処理は高崎先生や光希さんが手伝ってくれたので、結構スムーズに終わった。実姫先輩と上原君は実姫先輩のお母さんが運転する赤い軽自動車で帰っていき、太一は自転車、江田姉妹は徒歩、クリス先輩はJR、光希さんは向かいのサコマだから当然徒歩、高崎先生は光希さんの家の裏手にある駐車場に止めた自分の車で帰っていった。
今日一番得したのは母さんだろうな。他のみんなは高級品と呼べるような物を持ってきたのに、母さんだけはケチに徹した物しか用意しなかった。それでいて最初から最後まで食べていたのは間違いなく母さんなのだから。一番食べたのは太一なのは間違いないけど、時間だけで言ったら太一は早い方だ。当然ながら一番少食だったのは僕だ。光希さんよりも少食だったのだから。
それでも、夏休みの終わりに貴重な体験をしたのは事実だ。今日は楽しい1日だった。
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