第63話 8月14日(土)みんなで持ち寄ってジンギスカンだあ!⑩

 その間にも太一と上原君はニコニコしながら肉や野菜を焼いていたし、母さんは母さんで一人黙々と食べ続けていた。母さんが言うには「この為に朝ご飯は普段の半分以下しか食べなかった」とか言ってるし、まさに今日のジンギスカンに全てを賭けていると言わんばかりの食べっぷりだ。

「あらー、まだやってますねえ」

「お邪魔しまーす」

 そう言って道路を渡ってきたのは高崎先生と光希さんだった。二人とも着替えているという事は既にお墓参りを済ませて戻ってきたんだ。

「あれー?高崎先生じゃあありませんか?」

「あー、そう言えば高崎先生の事は言ってなかったですねえ」

 僕は母さんたちに高崎先生と光希さんが後から来るって事を伝えるのを忘れていたから説明したけど、さすがにクリス先輩も実姫先輩も教師が参加するのを反対できない。それに高崎先生が手土産を持ってきているから余計に反対できないのも分かる。

「みなさーん、今日は張り切ってますねえ」

「あのー、これはさっき買ってきたものですけど、こんなので良ければ食べて下さい」

 そう言って高崎先生と光希さんが差し出したのは、有名洋菓子店オ・タルの超有名チーズケーキ『どうーぶるふろまあじゅ』と、これまた超有名洋菓子店ロイスの『生チョコ』だから姉さんが歓喜した。

「あのー、これって本当に食べていいんですか?」

「あー、はい、いいですよ」

「タダで食べていく訳にはいかないですからねえ。ここはギブアンドテイクですよね」

 そう言って高崎先生は笑った。『どうーぶるふろまあじゅ』も『生チョコ』も常温では保存が効かないから早めに食べる必要がある。だからあっという間になくなったけど、その代わり高崎先生は早くもジンギスカンに手を伸ばして御満悦の様子だ。

「いやー、わたしもニュージーランド産のラム肉はスーパーで売ってる物しか食べた事がないから阿笠さんには感謝しないといけないですねえ」

「高崎先生、照れるから恥ずかしいですよ」

「あれあれー、阿笠先輩にしては珍しいですねえ」

「藤本、余計な事を言うな!」

「はいはい」

「高崎先生、厚岸の牡蠣もありますから遠慮なくどうぞ」

「ホントですかあ。それじゃあ遠慮なく」

 高崎先生はニコニコ顔で実姫先輩とクリス先輩の間に座って牡蠣を焼き始めたけど、光希さんは僕と母さんの間に座って静かに食べている。

 やっぱり光希さんは本音では今日は楽しくないのだろうか・・・やはり過去を引きずっているように思えるけど・・・それとも別の理由があるのだろうか・・・

 僕はずっと光希さんを見ていたけど、不意に光希さんが顔を上げたから僕と目が合ってしまった。

「・・・猛君、どうかしたの?」

「あー、いや、別に何でもありません」

「そう・・・猛君、あなた、摩周から帰ってきてから時々見かけるけど、今日も楽しんでないように見えたけど実際のところはどうなの?」

「え?そんな事はないですよ」

「・・・猛君、あまり頑張らなくてもいいのよ。顔に書いてあるわよ」

「・・・・・」

「恐らく、お兄さん絡みじゃあないですか?」

「そ、それは・・・」

「本当なら夏休みは東京へ、それも本選に進んで、あわよくばお兄さんが出来なかった全国制覇をしたいって思っていたんでしょ?だけど、その夢が叶わなかったから夏休みが中途半端になって、いわば自分のやりたい事が見付からないまま夏休みを終えようとしている事を後悔してるんじゃあないの?」

「・・・・・」

「猛君、過去を後悔するのは簡単だけど、そこから前を向いて歩く事は大変な事よ。今からそんな事では将来が思いやられるわよ」

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