第6話 8月2日(月)スイーツ王国⑤
母さんは少し離れた場所にあるセブンシックスの店内でカフェオレを飲みながら待っていたけど、僕たちが来ると同時に出発した。お土産用のたい焼き4袋は3列目に置き、僕を除いた三人はさっさとたい焼きを食べ始め、あっという間に食べ終わった。
母さんはルンルン気分で運転している。もう摩周に着くまでは立ち寄る店はない。あるとすれば道の駅でトイレ休憩する位だ。
そう言えば、母さんたちは僕がたい焼きを買う間に何をしていたのだろう・・・。
「ところで母さん、さっきまでどこへ行ってたの?給油?」
「うーん、それもあるけど、それだけじゃあないわよ」
「それだけじゃあない?という事は・・・まさかと思うけど、さっき美紀が言っていた『マナーの問題』という事は・・・」
「さっすが猛、勘が鋭いわねえ」
「はー・・・マジでどんな胃袋してるんですかあ!」
「まあまあ、ちゃんと猛の分もあるからさあ」
そう言って美紀が差し出した物、それは『大判焼き』であった。
「こいつは『こしあん』だから、たい焼きと食べ比べてみるか?」
「あのさあ、美紀も姉さんも、朝から一体どんだけ食べれば気が済むんですか?」
「そんな事は無いぞ。あたしだって限界になる時はなるぞ」
「そうそう、それに、こういう物は『出来立て』を食べるのが一番なのよ」
「『出来立て?』、おいおい、まさかと思うけど、もう食べたとか・・・」
「ぴーんぽーん、だいせーかーい」
そう姉さんが言って拍手すると美紀も拍手し、母さんもクスクス笑った。
「あのさあ、僕にたい焼きを買わせておいて、自分たちは『大判焼き』を食べていたなんて、一体、どういう神経してるんですかあ!」
「まあまあ、折角帯広まできたんだからさあ、『タカマン』に行かない手はないでしょ?しかもたい焼きが出来上がるのに時間が掛かるっていうから、慶子伯母さんにも電話して、こっちでもついでに買う事にしたのよ。それで、ついでに全員1個ずつ食べてきたのよねー」
「母さん、『タカマン』という事は、もしかして・・・」
「そう、『高崎まんじゅう屋』よ」
「はー・・・いくらスイーツ王国十勝だからと言って、ちょっとやり過ぎです!さっきから食べ続けじゃあないですかあ!!しかも午前は洋菓子、昼からは和菓子ですかあ!?」
「猛、みみっちい事を言うな。それにお前が食べないなら、代わりにあたしが食べてやるぞ」
「僕は決してみみっちくないぞ。でも、全部は無理だから、せめて半分ずつにして下さい」
そう僕が言うと、姉さんも母さんも、それに美紀も自分が半分食べると言い出して口論になった。おいおい、こんな事で口論しないでくれよお。そんなに食べたいのか?マジでこの三人の胃袋の中を覗いてみたいぞ!
でも、口論しても始まらないので、僕が提案してジャンケンで決める事になった。母さんは運転手なので、信号が赤になって車が止まった時を狙って三人でジャンケンを始めた。
「いいですね、一番勝った人がたい焼き、次に勝った人がおやきですよ」
「いいわよー」
「よーしっ、はじめようぜ」
「いつでもいいわよ、せーの」
「「「最初はグー、ジャンケンポン!」」」
結果は、母さんと美紀がグー、姉さんはチョキ。再び姉さんはジャンケンに弱い所を見せつけ、母さんと美紀が食べる事になった。その後、もう1回母さんと美紀がジャンケンして、勝ったのは美紀だった。当然、姉さんはプンプン怒っていたが、母さんに窘められて、大人しく従った。それにしても、姉さんのジャンケン運の悪さは相当ひどいみたいですねえ。
僕が先に手をつけたのはたい焼きの方だった。『たい焼きの工房』のたい焼きは、薄皮のたい焼きの中にたっぷりと餡が詰まっていて、まるで粒あんを食べていると錯覚するようなたい焼きだ。ここのたい焼きに使われている生地の小麦、粒あんに使われている小豆と砂糖、まあ、この場合は甜菜糖、つまりビートから作られた砂糖だが、全部十勝産なので、まさに十勝ブランドの塊ともいうべきたい焼きだ。しかも『フチつき』だから、この部分だけパリッとしていながら、もっちもちのたい焼きを食べられるという、一種の矛盾した事が絶妙のハーモニーを生み出していて、結構な美味しさだ。
このたい焼きを半分にして、僕は頭の部分を美紀に渡した。
美紀はわざとらしく姉さんにたい焼きを見せつけながら食べ始めたから、姉さんがますますプンプンしている。僕もそれを横目で見ながら残った半分を食べ始め、途中で口直しに『おーい、お茶だ』を飲み、3回に分けて食べ切った。
さあ、あとは『タカマン』の大判焼きだけだ
「猛、この大判焼き、私が半分にしましょうか??」
「おーい、ジャンケンに負けたみきさーん、どさくさに紛れて半分に割った時にアンコを摘まみ取ろうとするのが見え見えですよー」
「あー、それひっどーい、私はそこまでみみっちくないわよ!ぷんぷん」
「じゃあ、あたしがやってもいいか?」
「うー・・・やっぱりやりたい」
「あーあ、やっぱり手に残った物を食べる気満々だったんだあ」
「・・・・・」
「あー、美紀が半分に割ってくれ。それを僕と母さんに渡してくれればいいよ」
「あいよー」
と言いながら美紀が大判焼きを手に取って割り始めた。が、うまく割れず、大きさはほぼ2:1くらいになってしまった。
「あちゃー、やってしまった・・・」
「あーあ、だから私がやるって言ったのにー」
「うまく半分に割れなかったけど、手にアンコも衣のついてないぞ!みっきーよりはマシだ」
「二人共、そんな事で喧嘩してなくていいから、早く母さんに渡しなさい!あー、出来れば大きい方がいいなあ」
「ちょ、ちょっと母さん!母さんが一番わがまま言ってるじゃあないの!?私の事をとやかく言わないでよ!ぷんぷん!!」
「まあまあ、僕は小さい方でいいですから、ここは母さんに大きい方を渡して下さい。運転手も大変ですから」
「さっすが我が息子、いい事を言うわねえ。そういう訳だから美紀ちゃん、叔母さんに大きい方を頂戴」
そう言って母さんは運転席から左手を後ろに伸ばした。
美紀はため息をつきながら、大きい方の大判焼きを母さんに渡し、残った小さい方を僕に渡した。
母さんはご機嫌な顔をして大きい方の大判焼きを一気に平らげると、再び鼻歌を歌いながらご機嫌になった。
僕は小さい方の大判焼きを手に取りながら、ゆっくりと味わうように食べ始めた。このタカマンの大判焼きも、さきほどのたい焼きと同じく、衣も小豆も砂糖も、全部十勝産を使っている。しかも、フカフカの皮の中にぎっしりと詰まったこしあんは甘すぎず、滑らかな舌触りが絶品だ。あー、まさに食べて良かったと実感できる大判焼きだなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます