第5話 8月2日(月)スイーツ王国④

 当初の予定では、ここで豚丼を食べたら摩周へ向けて出発する筈だったが、先ほどの慶子伯母さんからのメールで、僕たちは寄り道をする事となった。慶子伯母さんが指示したお店とは『たい焼きの工房』の事だ。そう、『あれ』とはズバリ『たい焼き』だ。帯広市内には2店あるけど、『豚丼のどーん田』から近いのは本店の方だ。だから母さんは本店に向かうのだが・・・だいたい予想はついていたから文句も言わずに従いましたよ、ハイハイ。

 本店には駐車場が無い。だからお店の前に車を止めると

「猛、さっさと降りて買ってきて頂戴。それと、限定味を未来の所へメールで知らせなさいよ」

と言って、僕に1万円札を渡すとさっさと降りるよう目で言ってきたのだ。姉さんも美紀も僕が買いに行くのが当たり前だという顔をしている。ホント、うちの女性陣は人使いが荒いぞ、はー。

 母さんたちは路上で待っている訳ではなく、そのままどこかへ車を走らせていった。あれ?どういう意味だ?まあ、たしかに路上駐車は厳禁だし、だいたい待っていろと言っても聞くような人たちでもないから、僕は黙って一人でお店に入った。

『いらっしゃいませー』

と、店員さんが僕に声を掛けて来た。でも、僕は注文する前に確認しなければならない事があった。

「あのー、すみませーん、今月の限定味は何ですかあ?」

「かぼちゃ餡ですよー」

「あー、わかりましたー。ちょっとメールするけどいいですかあ?」

「いいですよー」

 と店員さんとやり取りした後、僕は自分のスマホを取り出し、約束通り姉さんにメールした。しばらくしたら姉さんからの返信メールが来た。

 だが、そのメールを読んだ僕は一瞬、呆れてしまった。

「10個買え。レシートはその40個分で。分かってると思うけど全部『フチあり』ね。あ、それと、さっきのおばさんの指示とは別に、粒あんを3個買うこと。さっきの1万円で足りる筈だから、そこから買うように。追伸、自分で食べたい物があれば購入可」

粒あん3個というのは、「後で車の中で食べるから買ってね」という意味だというのがバレバレだが、シュークリーム食べて豚丼食べて、さらに車の中にはポテチもあって、この上、さらにたい焼きですかあ!?

 でも、ここでたい焼きを食べないと、今度は「男のくせに食べられないとは情けない」と言われるのがオチだから、結局は僕も買うしかない。ホント、あの三人は『甘い物は別腹』を平然と出来る、まさに異次元の胃袋の持ち主だからなあ。

「すみませーん、注文していいですか?」

「どうぞー」

「粒あん、クリーム、チーズ、かぼちゃ餡を各10個ずつ、それとは別に粒あんを4個下さい。」

「えー!!ちょっと待って下さーい、すぐに追加で焼きますので30分近くかかりますけどいいですかあ?」

「いいですよー。あ、全部『フチあり』でお願いします」

 と僕は店員さんに返事をした後、姉さんに「全部焼き上がるのに30分くらいかかる」と送信した。返信はすぐに来て「分かった。買ったらメール頂戴」と書かれていた。

 それにしても・・・母さんは一体どこへ向かったのだろう?何も連絡してこないという事は、僕には教えたくない場所へ行ったのか、それとも単に車を走らせているだけなのか、それは分からない。でも、僕は与えられた仕事である「たい焼きを44個買う」という仕事を黙ってこなす事をやるしかない。

 ところが・・・まもなく30分になろうとしている時、お店のドアをガラリと開ける音がした。

『いらっしゃいませー』

 誰が来たのだろう?と思って顔を上げたら・・・姉さんと美紀じゃあないですかあ!

「ちょ、ちょっと姉さん、一体どこへ行ってたんですかあ?」

「うーんと、それは秘密」

「そういう事。ここで話すべき事ではないからな」

「そうそう。後で猛にも教えてあげるから」

「はー、結局、僕は便利屋さんという事ですよね、ハイハイ」

「おいおい拗ねるなよ。お前はお前で立派に役立っているんだ。ここでは話せないというだけだ」

「そうそう。マナーの問題よ」

「マナー?」

「そういう事だ」

 何か良く分からないけど、ここは黙っておいた方がよさそうだ。僕はそう自分に言い聞かせる事にした。

 姉さんたちが来て間もなく、店員さんがたい焼きを袋に詰め始めた。個包装の紙袋には餡の種類を書いたスタンプを押し、それを大きな袋にまとめている。それを持って僕たちが待っているカウンターの所へやってきた。

『おまたせしましたー。こちらの4つの袋には10個ずつ入ってます。それと、こちらの小さい袋が粒あん4個です。それと・・・こちらをどうぞ』

 そう店員さんが言って、袋と一緒に渡したのは、タッパーであった。

 タッパーの中身は・・・そう、たい焼きを焼く課程で出てくる『ふち』の部分である。それがタッパーに入っていて、それをスナック菓子のように食べていいという事だ。たしか、この『ふち』部分をこうやって食べさせてくれるのは本店だけのはず。それを姉さんたちは知っているから、この店にわざわざやってきたんだ。いや、正確には母さんが姉さんたちに教えて、それに姉さんたちが興味を示したという方が正しいはずだ。

 どちらにせよ、この二人は『ふち』を食べるだけで袋を持つという事はしないのだから、結局は僕の負担は変わらない。まったく、うちの女性陣は相変わらず人使いが荒いなあ。

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