道東編

第2話 8月2日(月)スイーツ王国①

 今日から僕たちは1週間、この家を留守にする。そう、摩周にある美紀の家に行くからだ。

 恵南と摩周の距離はおおよそ300キロ。普通なら朝食を食べてから出発しても十分に間に合うのだが、とある理由により、僕たちは午前3時半に起きて午前4時に出発したのだ。もちろん、これがあるから昨夜の母さんは珍しくアルコールを一切飲まなかった。

 さすがに8月になったので午前4時ではまだ日が昇ってない。おおよそ午前4時半が日の出なので少し暗いが、それでも普通に歩く分には問題ない。

 母さんの運転で出発した僕たちは、乗り込んだ途端に二度寝を始めた。まあ仕方ない、昨夜は興奮してまともに寝てないのだ。さすがに高校生といえども、車の中に乗り込んだ瞬間、三人とも爆睡状態になった。僕は助手席で、美紀と姉さんは2列目で。因みに3列目は荷物を置くスペースとなっていて、着替えを入れた鞄や土産物を入れた紙袋がところ狭しと置いてあった。もちろん、クラーボックスには保冷剤と共にペットボトルのジュースやお茶、それにサンドイッチなども入れてあった。

 母さんはルンルン気分で運転したようだが、僕は途中どのようなルートで走っていたかはよく分からない。道東道の千歳東ICから乗った方が得だとか言って、訳の分からない裏道に入ったところまでは覚えているが、その後はずっと寝ていたからだ。僕が気付いたら、ちょうど道東道の狩勝第2トンネルを抜けた直後であり、朝日を浴びた十勝平野の雄大な眺めを見たのは覚えている。

 そのまま母さんは音更帯広ICまで道東道を乗って、そこで降りた。そう、ここで僕たちは早朝から、開店まで並ぶのだ。

 スイーツ王国十勝を代表する店であり、道内だけでなく、道外にもその名を知られた『陽月』の工場がここにはあり、その工場併設売店でしか売ってない物を買うためには、開店前に並ぶしかないのだ。あまりの人気商品のため、開店30分前に整理券を配布するのだが、おひとり様1つと決まっているし、しかも日によっては行列に並んでいても最後の方の人は整理券そのものが手にはいらない位の物である。

 しかも、慶子伯母さんは「今月の限定味が1つでいいから欲しいんだけど、多分すぐになくなるから早めに行ってゲットして頂戴」と、ある意味、上から目線で母さんにメールで言ってきたのだ。母さんも母さんで「りょーかい」としか返信してないのだから、ホントにこの姉妹、他人の迷惑も少しは考えてほしいぞ。

「おーい、美紀、ついたぞ」

 僕は後ろの席で毛布に包まって寝ている美紀に声を掛けた。

「あー、もう着いたのかあ?」

「当たり前だ。もう10人くらい並んでるから、早く行けよ」

「ちぇっ、折角ケーキバイキングを食べてる最中だったのにさあ。猛も少しはあたしの身になって起こして欲しいもんだ」

「そんな事を言われたって、僕には美紀の夢がどうだったのかなんて知らないんだから、文句を言われても困る」

「あー、そりゃあどうも失礼しやしたあ。じゃあ、あたしはさっさと並んできまーす」

「頼んだぞ。それと姉さんも早く起きて下さい!」

「うーん・・・もうお腹いっぱいで食べらない・・・へ?」

「寝ぼけてないで、さっさと並んでください!!」

「え?え、え?もう着いてたの?お菓子の家は?」

「みっきー、夢の話はここで終わり。さっさと並ぼうぜ」

「えー?折角お菓子の家の壁を食べていたのにー」

「未来、いい加減に目を覚ましなさい!母さんも並ぶわよ」

「はあい・・・」

 仕方ない、といった感じで姉さんも車から降りて列に並んだ。

 今の時間は7時40分。開店まで1時間以上もあり、整理券配布まで50分もあるのだが、既に僕たちよりも先に来て並んでいる人もいるのだ。さすがに1時間以上も立っていると疲れるから、僕たちは全員折り畳みの椅子に座って並んでいる。母さんはずっと文庫本を読んでいるが、僕たち三人はスマホや4DSのゲームをやっている。ただし、対戦にすると美紀に敵わない事が分かっているので、各々勝手にゲームをやっているに過ぎない。

 やがて、僕たちの後ろにも長い列が出来た。まだ開店まで時間があるのに、相当長い列になったようだ。

『みなさま、おはようございます。本日は朝早くからお並びいただき、まことにありがとうございます』

 僕はハンドマイクで呼び掛ける声に気付いて顔を上げた。いつの間にか開店30分前になっていて、整理券を配る時間になっていたのだ。

『これから、三方五のお買い得品の整理券を配布します。整理券はおひとり様1枚となっております。本日の三方五の味は三種類、プレーン、メープル、それと今月限定味であるショコラの三種類です。整理券1枚につき1袋と引き換えいたします。どの味も形の違いはありますが1キロ入っておりますのでご安心ください。それと整理券は本日の開店直後のみ有効となっており、取り置きは致しておりませんのでご注意ください。値段は・・・』

そう説明している間に、整理券を配布する担当の店員さんが僕たちの前に来た。事前の約束通り、先頭に並んだ美紀がショコラ、僕がメープルで、姉さんと母さんはプレーンだ。

『三方五』とは陽月の商品名であり、バームクーヘンの事だ。バームクーヘンの上にホワイトチョコでコーティングした後にチョコで模様をつけてあり、まさにシラカバの木を薪にしたようなバームクーヘンなのだ。その製作過程でどうしてもバームクーヘンの両端が残ってしまうので、この部分をお買い得商品として売っているのだ。が、味は三方五と同じなのに値段は超がつく程に安いので、開店と同時に売り切れとなる人気商品なのだ。兄さんが幼稚園児だった頃は普通に販売していたが、今は整理券を配布する程の状況になっているとの話を母さんがしていた。

『お待たせいたしました。開店の時間となりました。ただ今から三方五のお買い得品の販売を開始いたします』

 そうハンドマイクで告げられると同時に列が動き出した。僕たちは慌てて椅子を持って動き出し、三方五を買い、お金を支払った。

 そのまま三方五と折り畳み椅子を車に入れると、母さんは慶子伯母さんにメールで連絡し、他にも買う物があるからと言って売店で買い物を始めた。僕たち三人は買い物をせず、工場見学に行くため、店の奥にある階段を上っていった。

 この工場の1階部分は売店であるが、2階部分が製造工場になっていて、さらにその上の階にあたる見学通路から、陽月のお菓子作りの製造ラインを見る事が出来るのだ。袋詰め行程や、三方五を焼いている行程などを上から見る事が出来る。もちろん、写真撮影は厳禁であり、あちこちに表示もしてあるし、英語や中国語、ハングル文字でも写真撮影禁止の表示がされている。僕たちは主に三方五の製造工程を見ていたが、その時に母さんからメールが入った。

『慶子おばさんから、たい焼きを買ってきてと言われたから、買いに行くわよ。まだ少し時間があるからコーヒー飲んでるから声を掛けて頂戴』

とだけ書いてあった。

 はあ?ちょ、ちょっとこの姉妹、いくら何でも酷くないですかあ?たい焼きを買うなんて昨夜の時点での予定には入ってなかったぞ。しかも、たい焼きは陽月では売ってないから、どう考えてもここから移動する事になる。1個2個ならともかく、慶子伯母さんの事だから、10個も20個も買えと母さんに言ってきたに決まってるから、焼くにも時間がかかるぞ。少しはこっちの迷惑も考えてほしいぞ!ったくー。

 僕は姉さんにこのメールを見せたけど、やはり姉さんも同じ感想を持ったようだ。美紀は美紀で仕方ないと言った表情をみせ、三人でため息をついた。

 僕たち三人は適当な所で工場見学を終わらせ、1階の店舗に降りて行くと、丁度階段を降りてすぐのテーブルに母さんは座っていた。しかも呑気にお店に置いてある無料のコーヒーを飲みながら本を読んでいたのだ。しかも想像通りではあるが、大きな紙袋を2つ抱えていた。

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