第3話 8月2日(月)スイーツ王国②
「母さん、いつ出発するの?」
「そうねえ。あと1杯コーヒーを飲んだら行くわよ。未来も猛も1杯くらいなら飲んでいいわよ」
「母さん、『飲んでもいいわよ』はおかしいでしょ?だいたい何杯飲んでるんですか?」
「えーと・・・三杯目」
「はあ?ちょ、ちょっと母さん、いくらタダとはいえ、次は4杯目ですよ。いい加減にして下さい!」
「えー、けちー」
「姉さん、僕たちは1杯だけ飲んで、そしたら出発しましょう」
「そうね、そうしましょう」
「叔母さん、ほどほどにね。まあ、うちのお母さんも同じくらいの事をやっていただろうなあ、姉妹ですから・・・はー」
「それに母さん、まさかと思いますけど、たい焼きを先に買うなどと言わないでしょうね
「まっさかあ。いくら母さんでも、なんまらアホくさい事はしないわよ。最後の最後にたい焼きを買って摩周に行くわよ」
「はー、それならいいですけど、先に買うって言い出したらどうしようかと思ってましたから」
そう言いつつ、僕は紙カップにコーヒーを注いでいた。当然ではあるがここに牛乳は置いてないので、僕はミルクを2個入れただけだ。姉さんはミルクと砂糖を1個ずつだが、美紀はブラックだ。ついでに言えば母さんもブラックである。
「ところで叔母さん、お母さんから来たメールを見せて欲しいんだけど」
「あー、いいわよー」
美紀がコーヒーを飲みながらそう言うと母さんはケータイを取り出した。僕も姉さんもそのケータイに入ってきた慶子伯母さんと母さんのメールのやり取りを読んだが、そこにはこう書かれていた。
『依頼された物は買えたよ。洋子』
『サンキューです。あ、ついでで申し訳ないんだけど、『あれ』を買ってきてね。粒あん、チーズ、クリームを各10個ヨロシク!それと限定味を10個ね。嫌いな味だったら3個だけでいいよ。慶子』
『りょーかーい。限定味については連絡しないわよ。洋子』
おいおい、ホントにアバウトというか、何というか、一体どういう姉妹なんだ?これだけで『どのような店』に行って『どんな物』を買えというのが、分かるとは・・・僕も姉さんも美紀も、このメールを読んで顔を見合わせてしまったぞ。
「あのー、母さん、まさかとは思うけど、『あれ』って・・・」
「あー、『あれ』ね。たい焼きよ」
「「「やっぱり・・・」」」
「あらー、あんたたち、食べないの?」
「いや、そういう問題じゃあないと思うけど・・・」
マジでこの姉妹、テレパシーでもあるのかあ!?
僕と姉さん、それと美紀がコーヒーを飲み終わった所で僕たちは出発した。本当は母さんは4杯目を飲みたかったみたいだが、渋々ではあるが諦めて運転席に座った。
僕たちは今日のお昼ご飯は帯広で食べてから摩周へ向かう事にしているが、少し時間があるので、昨日の段階で姉さんの提案でとある店に行く事が決まっている。雑誌にも載っている店の名前は、ズバリ『おかしの家』!そう、さっき姉さんが夢の中で見ていた、まさに童話のような名前の店だ。
元々は十勝管内の町にあった人気店だったらしいのだが、帯広市内の中心部に移転してきた店だ。姉さんは口コミ情報なのでこの店の名物を既にチェックしてあるようだが、別の目的もあってこの店を選んだようである。さすがは姉さんだ。この辺りは抜かりない。
「あのさあ美紀ちゃん、『おかしの家』って言う位だからさあ、きっとお店の壁とかがホントにお菓子で出来ていると思うんだよねー。食べちゃってもいいのかなあ」
「あー、それは有り得るかもなあ。あたしだったらコッソリ壁を摘まみ取って食べちゃうと思うな」
「あー、それなら私はお店のショーケースを食べちゃおうおかなあ」
「姉さん!それに美紀もアホな事を言わないで下さい!」
「「はあ?」」
「もし本物のお菓子で扉や壁や窓が作らていたら、まちまち蟻や虫の餌食になっておしまいですよ。それに、大雨とかでお菓子が溶けだしたらどうするつもりなんですかあ!少しは考えて下さい!!」
「えー、そんな事はないと思うよ」
「そうだそうだ!夢くらいは持っていてもいいだろ!」
「あんたたち、アホな事を言ってないで、もっと現実的な話をしなさい!」
「えー、母さんまで夢の無い話をするー、ぶうぶう」
と、姉さんはあくまでメルヘンチックな話を崩そうとしないし、美紀も美紀で姉さんに同調している。
「あ、多分、あの店ね。ちょっと待ってよ、今、車を止めるから」
そう母さんが言って車を止めた後、僕たち四人はお店の中に入って行った。
たしかにこのお店の外観は、パッと見たらメルヘンチックで、もしかしたら本物のお菓子で作られている所があるかも?と思える。そんなお店のドアを開けると
『いらっしゃいませー』
と店員さんが声を掛けて来た。
姉さんたちはあーだこーだ言いながらシュークリームやパイを注文して、お土産用として箱に入れてもらった。
でも、姉さんが思い出したかのように
「あのさあ、折角だからお店でシュークリームでも食べようよー」
とか言い出したから、もう止まらなくなった。
僕はこの後すぐお昼ご飯だからテイクアウトだけにしようと言ったが、
「えー、いいじゃーん。折角いい天気なんだからさあ」
とか言って姉さんは聞く耳を持たないし、挙句の果てには美紀も母さんも食べたいと言い出す始末だ。僕は断固反対です!
「あのさあ、この後すぐお昼ご飯でしょ?メインを犠牲にしてデザートを食べるっておかしくないですか?母さんもそう思うでしょ?」
「あらー、そんな事ないわよー。それに、どうせ1時間近く並ぶんだから、その間にお腹が空いて丁度良くなるわよ」
「そうだそうだ。男のくせにセコセコするな!」
とか言われて丸め込まれてしまった。仕方ないので僕もシュークリームを食べる事になった。
僕たち四人はお店のテラスでシュークリームを食べる事になった。洒落た作りのドアを開けると小さなテーブルと椅子が置いてあり、そこに僕たち四人は座ってシュークリームを食べ始めた。
たしかに今日の帯広は雲一つない快晴である。予想最高気温は30℃になっていたが、湿度が低いから直射日光さえ当たらなければ暑いと感じる事はない。僕たち四人が座っている場所はその直射日光が当たらないから、シュークリームを食べていても苦にならない。
でも、姉さんは食べながらも、何か落ち着かない様子だという事に気付いた。美紀もどうやらそれに気付いたようだ。
「おーい、みっきー、どうしたんだ?」
美紀が不思議そうな顔をして姉さんに声を掛けたが、姉さんはキョロキョロしながら
「うーん・・・あのね、このお店の壁やドアが食べられるのかなあって真剣にあちこち見たり触ったりしてたんだけど、どうも食べれそうもないのねー。でも、どこかに食べられるところがないかなー、って思って一生懸命探してたのよ」
「姉さん、まだ懲りてなかったんですか?」
「だってさあ、これ位の夢を持っていてもいいでしょ?乙女の夢を壊すような事を言わないで欲しいな」
「まあ、あたしは楽しい夢はいくら持っていても問題ないと思うけど、現実は現実として素直に受け入れる度量がないと駄目だと思うけどな」
「そうそう、美紀ちゃんもいい事いわうわねー。みーきー、いい加減に諦めなさいよ。現実は厳しいのよ」
「母さんまでー・・・」
「そういう事です。姉さんも現実世界の厳しさを少しは実感して下さい。夢だけでは生きていけないという事ですよ」
「おー、猛、何か悟りを開いたような発言だなあ」
「そりゃあそうさ、クイズだけ知っていても意味ないという事をつい先日思い知らされたからね」
「まあ、たしかにそうだな。あたしもこいつの知力だけを頼りに勝ち抜こうとしていた自分がバカだったと思い知らされたからな」
「へえ、猛も美紀ちゃんも高校生クイズキング選手権がきかっけになって一皮むけたのかなあ」
「そうかもしれないなあ。みっきーだけは昔のままかも」
「まあ、母さんもそう思うわよ。高校生にもなって、お菓子で出来ている家があると本気で信じてる位だからねえ」
「はいはい、すみませんでした!」
とまあ、和やかな雰囲気でシュークリームを食べ終わった僕たちは店を後にし、買った物のうち冷やしておく必要があった物はクーラーボックスに入れ、僕たちは今日のお昼ご飯を食べるべく、出発した。移動するといっても車で10分もしないうちに着くのだからたしたことはない。
ところが・・・
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