視線の先に、君がいる

紅音

5年後に会いましょう

「卵も買ったし、キャベツも買えた」

 近所のスーパーの帰り道、特売品が手に入った篝恵子(かがり けいこ)はスキップしそうなほど気分がよかった。大学生活2年目に入り、ようやく節約の大切さに気付いた恵子は、自炊を心掛けるようになった。重たいスーパーの袋を両手に持って歩くことで少しの運動不足の解消にもなるだろう。

 両手に持った袋を少しだけ上下に動かしながら一人暮らしのアパートに向かう。


「ん?」

 アパートの前に、黒塗りの豪華そうな車が止まっているのが遠めに見え、首を傾げる。アパートの住人にすごいお金持ちがいるとは聞いていないため、誰かの知り合いなのだろうか。もっと近くによると、車の前に人影が見え、徐々に輪郭がはっきりしていく。

 スーツを着ていること、男性であること、そして真っ赤なバラの花束をその腕に抱えていること。

 見覚えのある人物に、足は止まり、持っていた買い物袋をその場に落としてしまう。

 

「せん、せい…」

 無意識に出た言葉に、慌てて口を手で塞いだが、時すでに遅し。

 その声に反応した男性が、ゆっくりとこちらを向いた。

 恵子のなかで、数年前の記憶とぴったりと重なる。


 中学を卒業するとき、恵子は担任から告白された。普通は逆ではないのか、と当時も思ったものだ。

 みんなに優しかった担任は、大抵の女子を虜にしていた。かくいう恵子もその一人だが、だからこそ、かれの言葉が信じられなかった。


『すぐに飽きて、心変わりするわ』

 飽きられるのが、嫌われるのが怖くて、恵子は突き放した。

『そんなことはありません』

 断り続けても、先生は諦めてくれなかった。

『なら…』

 恵子は1つ、条件を出した。

 恵子が、先生を信じられるように。貴方が嘘つきじゃないと、証明できるように。



「恵子さん、約束通り、お迎えに来ました」

 にっこりと優しく微笑む彼に、恵子は涙を堪えて飛び込むのだった。

 


 

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視線の先に、君がいる 紅音 @akane5s

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