第2項21話 探索と考察
都市ベルグから東に数
『
彼らは先刻ベルグで起こった
「――エリーさん。居ました、
短く癖のない黒髪を少し風に揺らしながら、ケルンはエリーの方へ顔を向けて報告する。
彼の視界に映っているのは、地上をゆっくりと移動する4匹の屍人だ。
目的無くバラバラに動いているわけではなく、千鳥足ではあるが一様に同じ方向に向かっていた。
「……この辺りですか?」
エリーは、手に持った短杖をケルンが言った12時方向へ向ける。
空中に若草色の魔法陣が浮かび上がり、その周囲に風の刃を創り出してゆく。
彼女は散発的に発生する風切り音――
「いえ、もう少し射角を下に――そこです」
ケルンが、掲げられた短杖の先と屍人とを脳内で結び、発射された魔法の軌道上に標的が来るようにエリーに対して指示を出す。
「――『
狙いの位置が少年の声に肯定されるのを確認したエリーは、風の弾丸を解き放った。
中級風魔法『
放たれた『風裂弾』が木々の枝を裂きながら動く屍人の一匹に迫り――その襤褸切れを纏う体の至る部位を深く斬りつける。
行動不能なほどの損害をその身に負った屍人は、グシャりと潰れるようにして地に伏せた。
「うわぁ、バラバラに……やっぱり魔法って怖いな――そこ、ドンピシャです」
「この位置ですね? 相殺か回避か――ミゥ様やエイシャ様は白魔法という盾がありますが、無防備な相手に直撃させれば絶命は必至かと」
会話をしながら、機械的に二人は屍人を殲滅してゆく。
ケルンは、『
だが元が住人だろうが冒険者だろうが、どうあっても、ヒト種に害を成す屍人は殲滅しなくてはいけなくて。
だからこそ、考えすぎないようにするしかない。
考え詰めて、
どうしようもないから、せめて取り繕ってでも明るくしていたい心持ちは、とても自然な物だろう。
だからそれ故の会話は、途切れない。
「やっぱり、魔法への対策は必須ですか」
「ええ。先の攻防で屍人も魔法を使うことが分かったので、何かしら無いと死ねますね」
「うげ……死ぬのは嫌なので、覚えておきます」
「ふふ、そうしてください」
エリーは風魔法以外が使えない為、屍肉の処理に火は使えない。
代替手段として、細切れにして地中に埋めておく必要がある。
その為に二人は一度地上に降り立ち、体液を避けるために風魔法で処理した後、再び空中へ駆け上った
***
「エリーさん。集落跡……これで五つ目です」
黒髪の少年ケルンは、空間魔法で得た地上の光景に顔を顰めた。
エリーが屍人捜索の目安としていた、都市ベルグから5
いずれも生活感は風化していて、滅びたのが屍人に襲われてからなのかそれ以前なのかは定かではなかった。
「……とても不味い。一つの集落に凡そ百の死骸があったとして、敵の戦力として
これまでケルンとエリーが発見できた屍人の数は、ベルグ東門に攻めて来た軍勢と合わせても百に到達しない。
エリーの言葉と状況を鑑みて、ケルンが自分の思考を纏めるように話し出す。
「屍人の集団は森林迷宮の中域以東から以南に纏まっている……ってことですか? いやでも、ベルグ東門を突破しようとしてたってことは、突入の部隊とは別に戦力を用意してないとおかしいですよね。ベルグ内に侵入できたとしても、都市内の警備兵に鎮圧される可能性だってあるわけですから」
もし屍人と魔族の目的が、ベルグへの侵入および制圧であるのなら――
屍人がベルグ周辺にあまり配置されていないという事実は、ケルンに違和感を感じさせるに十分だった。
「ええ、ですから私は先ほど襲って来たのはいわば斥候ではないかと思っています。門およびベルグの警備がどの程度なのか計るための」
都市の戦力を計る時にまず見るべきなのは、門と外壁だ。
ベルグに限らず、森林地域の都市の外壁及び上空が白魔法で守られているのは有名な話であるから、敵が知りたがったのは門における警備の方だろうとエリーは主張する。
「……うーん、やっぱりなんか気持ち悪いな。屍人側の強みって、奇襲性の強い初撃にあると思うんです。ほら、実際俺達は最初
「そうですね……ですが、ベルグ内の戦力がどの程度のものか相手方が把握できていなければ、ケルン様の考えにまでは至らないのではないですか。失敗すれば魔族側は一気に戦力を失います、敢行するならば絶対に勝てると確信した時でいいでしょう」
屍人が容易に数を増やせるのは、荒らされた集落跡の存在で立証されている。
ならば焦る必要は全くなく、ベルグの戦力を計り、それを超える兵を腰を据えて用意すればいいだけなのだ。
「……あー、確かにそうですね。俺のはベルグの状況を知ってたから成り立つ戦術か。初撃が有力なのには変わりないけど、相手側としてはベルグ側の戦力を知ってからでも、冒険者や集落の住人を堕として戦力を用意できる」
「おそらく時間が経てば経つほど、私達が不利です。ベルグに攻撃を仕掛けさせてはいけません、短期決戦でこちらが相手を討たなければ」
「ですね、魔族自身はベルグに乗り込んでは来ないでしょうし。自分が生きて居さえさすれば、屍人をいくらでも創り出せるわけですから。見つけ出して倒さないとこの話は終わらない」
納得したとばかりに、ケルンはかぶりを振る。
その様子をジッと見ていたエリーから、質問が飛んできた。
「ところでケルン様……その軍略の知識は、ミゥ様から教わったのですか?」
「はい、空間魔法習得が一段落したので。読み書き、算術と戦術概論を習ってます。特に戦術は俺の魔法と相性がいいから絶対覚えとけって」
「将来的には空間魔法での情報収集に、単独での戦術立案が可能な魔法剣士ですか。なるほど、『お嬢様の隣に立てるように』という言葉に現実味が出てきましたね」
エリーは、ケルンの方向性に感心したように顔を綻ばせる。
現在のケルンでは、精々が情報収集の斥候として価値がある程度だ。
それでも、空間魔法――その精度と汎用性には目を見張るものがあるが。
それに戦術の知識が加われば、冒険者の
「……というか、俺ちょっと母さんが怖いですよ。どんだけ頭いいんだろ?」
ケルンは頬を掻きながら、少し顔を引き攣らせた。
ヒトに物を教えるというのは、前提として自分がそれを理解していなければ出来ない行為だ。
ケルンの母親であるミゥは、エイシャに教えている白魔法はもちろんのこと、ケルンの空間魔法に徒手格闘、果ては様々な学問を修めていることになる。
「ふふ、ミゥ様は研究者ですから――ん、あれは……『
「?? 俺の『
エリーの視界の先には、全長10
見た目は空に敷かれた
「はい、空を浮遊するだけの魔物ですね。肉眼での推定ですけど、距離およそ500
言葉の途中で、エリーは不審そうに眼を細めながら『
『空鷂魚』は一定の高度で飛行しているわけではなく、ガクリと落ちる急な降下と、緩やかな上昇を繰り返しながら東方向へ進んでいた。
無害な魔物をつぶさに観察する機会のなかったエリーにとって、その飛行方法が通常なのかどうかは判別が付かない。
「何かあるんですか?」
「……いえ、ただ今まで不気味なほど魔物を見なかったものですから。念のため、風の防壁を張りながらケルン様の視界内まで近づきます」
半ば直感めいた感覚に従って、エリーはケルンを連れて都市ベルグから5
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