フタリシズカのせい
~ 三月十五日(木) 六 ~
フタリシズカの花言葉 いつまでも一緒に
このクラス、いい奴ばかりが集まっていますけど。
中には、ちょっと斜に構えたアウトローもいたりするわけで。
女子でいえば、宇佐美さん。
男子でいえば、中野くん。
二人とも共通して、穂咲の事が大好きで。
二人とも共通して、根っこはとっても暖かなのですが。
二人とも共通して、なにかきっかけがあったらワルいことをしそうな。
ちょびっとだけ怖い雰囲気をまとっているのです。
だから、悪目立ちする俺たち程ではないにしろ。
先生から目を付けられているわけで。
「中野! 机の中に何を隠している!」
今日はこうして、この世で一番叱られるべき穂咲ではなく。
避雷針代わりに常に立っている俺でもなく。
ちょいワルの中野君へ雷が落ちることになりました。
「……別に、何も隠してねえよ」
「ウソを言え! だったら何で俺の方を気にしながら机に手を入れた!」
「うるせえなあ。なんでもねえって」
「だったら
堅物で、俺たちの反撃にも動じることのない先生が。
教壇を降りようとしています。
……しかし、中野君と言えば。
ちょっと良くないウワサも聞きますし。
不適切な物が顔を出すのではないかという予想を皆がしているようで。
クラス中から、不穏な空気が漂います。
「見せねえよ。プライバシーの侵害だ」
「語るに落ちたな。それは見られては困るものが入っていると宣言しているのと同じではないか」
いよいよ緊張が走る、ぴりぴり、びくびくとした空気の中。
お構いなしに席を立って、ぽてぽてと先生に近付いて。
袖をくいくいと引っ張るのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はポニーテールにしてあげて。
そこにフタリシズカの花を、葉っぱと共に挿してあげたのですが。
丸くて白い房をぽつぽつと沢山くっ付けた二本の茎が。
能楽、二人静の舞のごとく。
寄り添って、楚々とした姿で春を彩るのです。
「先生、あたし、おトイレに行きたいの。しかも戻ってくるまでの間に、授業が三ページくらい進んでいることが望みなの」
「……俺を止める気だったらもうちょっとまともな事を言え、ばかもん」
先生はそう言って、引っ張られた袖を強引に振りほどいたのですが。
今度は穂咲が正面に回って両手を広げたので、頭を抱えることになりました。
「貴様がどれだけ邪魔をしようとしても無駄だ。どけ」
「中野君、嫌だって言ったの。嫌なのは、嫌なの」
「その嫌な理由は、校則に触れるものだからだろう」
「そんなことないの。きっと、嫌だから嫌なだけなの」
「だったら貴様も同罪になる覚悟があるな?」
これを聞いた誰もがずるいと思いつつも。
でも、抗う事の出来ない脅迫だと感じたのに。
こいつは平然と。
「全然かまわないの。だって中野君、悪い事しないの」
こくりと首肯したのです。
……誰もがこいつはそういうやつだと理解しているというのに。
誰もが驚くことになる。
そして誰もが好きになってしまう。
いつもそばにいて欲しいと願ってしまう。
この、散々振り回されて迷惑をかけられる俺ですらそう感じるのですから。
穂咲の素敵さは、やはり飛び切りなのです。
「……俺のせいで悪かった、藍川」
「べつに中野君は悪くないの。このこんこんちきが悪いの」
「なんだと!? 貴様は俺をなんだと思っている!」
「キツネのコン吉」
「ばかにしおって! ようし、そういう態度なら……」
「待てよ先生! ……これで文句ねえだろ」
先生をにらみつけながら、中野君が机から出したもの。
それは四角い、大きな箱でした。
そしてみんなが見つめる中。
開かれた蓋の中から現れたのは……。
「可愛いの! リスなの!」
嬉々として机に駆け寄る穂咲のせいで俺からは見えませんが。
中野君のイメージとは真逆のものが現れたようなのです。
……なるほど、それは隠したい。
ちょっと気持ちがわかるのです。
「学校に来る途中見つけちまったんだよ」
「……この子、元気ないの」
「ああ、春になって出てきたはいいけど、ぐったりしててな。元気になるまで面倒みてやろうと思ってよ」
「さすが中野君なの! 優しいの!」
「うるせえよ」
クラス一同。
揃ってほっこり。
まるでお風呂あがりのような表情を浮かべる俺たちでしたが。
やはりこの人だけは現実的で石頭なのです。
「ばかもん。群れから離してどうする気だ。元の所に返してやれ」
「バカ言え。こんなに弱ってたら捕食されちまうだろうが」
「それも自然の摂理だろう。人間が介入していいことじゃない」
一見無慈悲にも聞こえますが。
このリスを食べるはずだった動物から食料を取り上げたことにもなるわけで。
どこまで手を差し伸べていいものなのか。
実に繊細な問題で。
俺には明確な答えなど一生かかっても出せない問題なのです。
……でも、中野君は。
だらしのない俺と違って、しっかり答えを持っていたようで。
「この学校のあった場所だって、元は森なんじゃないか? こいつらから住みかを奪っておいて自然の摂理とか語るなよ」
「むう、なるほど。…………では貴様はどうすると言うのだ」
「元気になったら元の場所へ帰してやる。こいつにだって家族がいるんだろうし」
中野君の返事に、先生は腕組みをします。
そしてむむむと唸り始めました。
……真剣に考え始めちゃいましたけど。
ほんとに頑固で石頭な人なのです。
「ねえ中野君。この子、お母さん? それとも子供?」
「知らねえけど。どっちにしたってすぐに帰してやらねえと」
「うん。親子が離れ離れじゃかわいそうなの」
暢気なやり取りをするアウトローコンビを前に。
悩みぬいた先生が沙汰を下しました。
「よし! ならばこの件は不問にしてやる。責任をもってやり遂げろ」
「言われなくてもそうするさ」
そんな返事に鼻を鳴らしつつも。
先生は教壇へと戻ります。
クラス一同は、揃って肩の力をふうと緩めて。
そして、飄々と席へ戻る穂咲を笑顔で見つめるのでした。
…………でも。
当の穂咲は席に着くなり。
あまり見ない表情で、机をじっと見つめています。
「……どうしたの?」
俺の問いかけが、耳に入っていたのかどうか。
こいつは、ぽつりとつぶやくのです。
「親子が離れ離れじゃかわいそうなの」
「ん? ……ああ、そうだね」
「……やっぱり決めたの。実は、申し込んでたの」
「何を?」
俺の問いかけに返事もしない穂咲の横顔は。
どこか大人びていて。
それから一言も。
何も話してはくれませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます