ラナンキュラスのせい


   ~ 三月六日(火)  十五 ~


   ラナンキュラスの花言葉  光輝を放つ



 一時間目の授業中。

 身長六十センチほどの巨大お掃除ロボを机の上にこしらえた藍川あいかわ穂咲ほさき


 百分の一スケールなのとか言いながら。

 飛び出すパンチを先生のおでこにヒットさせた瞬間、クラスの全員が笑ったので。

 なんとみんなで立たされたまま授業を受けるという事態になった元凶です。


 そんな穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪をお姫様風の縦ロールにして。

 左頭に、ゴージャスなコサージュにしたピンクのラナンキュラスを付けています。


 まあ、俺は美術展としか言っていませんし。

 おばさんが、展示品に負けないようにと気合を入れたのは良く分かるのですが。


「あたし、場違い感がはんぱないの」


 そう言いながら、穂咲は恥ずかしがるのです。



 だって、今日訪れているのは『日本』美術展覧会。

 でも別に、君が展示されるわけじゃないのですから。

 場違いってことはないでしょう。



 二時間目が終わったら荷物を持って駅前の会場へ移動。

 お昼を挟んで五時間目までゆっくり鑑賞。

 そして六時間目に当たる時間で感想文を書いて提出。

 現地で解散。


 そんな課外授業なのですが、これがなかなかどうして楽しいのです。


 美術品とか、まるで分からないものと思っていましたが。

 その繊細な技巧に、思わず驚嘆することになりました。


 穂咲のようにマクロで捉えて、芸術品という観点から鑑賞して。

 そしていまいちなのとか口に出すような感じ方はできないのですが。


 小さな心配りとか、丁寧な細工とか。

 日本人らしい、ミクロな部分を発見する楽しさに。

 あっという間に前半戦が終了してしまったのです。


「じつに面白かった。午後も楽しみなのです」

「確かになかなかなの。でも、まだあたしを唸らせる逸品とは出会えてないの」

「普段なら何様だと叱るところですけど。こと、芸術分野で君の感性に文句をつける気はありません」


 小さな小さな芸術家としては。

 それなりに満足とは言え、琴線に触れるほどの作品には出会えていないようで。


 お弁当を食べるために準備された広い部屋に入るなり、午前中に見た作品一つ一つの気に入らない点など語り始めるのですが。


「こらそこ、静かにしろ。少し離れているとは言え、廊下で繋がった展示場には他のお客様もいるんだ。騒いだりしたら、ここからたたき出すからな」


 先生が、常習犯の俺たちだけを見ながら注意しますが。

 俺だって、すっかり楽しい気持ちになっているので。

 たたき出されたくはないのです。


「穂咲。夢中になる気持ちは分かりますが、小さな声でお願いします」

「うん、気を付けるの。……じゃあ、お弁当にするの」


 仲の良いメンバーが集まってきたところで、長机の一端を占拠して。

 皆さんがお弁当包みを広げる中。


 肌寒い大部屋というのに俺からエプロンを巻き上げた教授がバーナーを取り出したところで、先生から叱られました。


「こら。屋内でガスバーナーは禁止だ。非常識な奴だな」


 ……そんな非常識を注意してこなかったから善悪の区別もつかなくなったのでしょうに。


 先生が、自分の罪を棚に上げながら穂咲の手を止めると。

 こいつは口をとがらせて反論するのです。


「そいつは無茶な相談なの。お弁当の定番、唐揚げさんは、ご覧の通り未だ生まれたまんまの姿なの」


 そう言いながら、一枚のモモ肉を手でぶら下げていますけど。

 生まれたまんまだったら、ひよこなんじゃなかろうか。


「ダメなものはダメだ。料理なんか始めたら、外につまみ出すぞ。……秋山を」

「うおい! 俺は関係ないでしょうに!」

「……騒ぐなと言ったはずだが?」


 おっととと。

 俺は慌ててボリュームを落としながら、先生を必死に説得です。


「もう絶対に騒ぎませんから。こいつにもここで料理はさせませんから。だから強制退去は勘弁してください。せっかく面白さが分かってきたところなのに」

「うむ。そこまで言うなら信じてやろう。……しかし、正直嬉しいぞ。そこまでここの作品を楽しんでくれるとは。見学会を企画した俺も、鼻が高い」


 いい作文を期待しているぞなどとプレッシャーをかけながらも。

 珍しく笑顔など浮かべて先生は離れて行きました。


 ……だからね。

 君は、揚げ物鍋を取り出すのやめてくださいよ。


「聞いていなかったのでしょうか? 今日はお料理禁止です」

「いやなの」

「……君は、ドラマを見てる時にすぐお隣で揚げ物を作られても我慢できますか?」


 こんなたとえ話で分かってくれるか不安だったのですが。

 予想に反して絶大な効果を発揮したようで。


 教授はエプロンを慌てて脱ぐと。

 なんて失礼な事をしようとしていたのかと、自分の頭をぽかりと叩くのです。


 ……君にとって、ドラマの価値ってそんなになの?


「でもそうなると、白米しかないの」


 そう言いながら取り出した二つのタッパー。

 光り輝く白米が、蓋の中から顔を出します。


「ちょうどいいじゃないですか。今日は日本文化を学びに来たわけですし」

「そうだけど……」

「ビバ白米。俺はこれでいいです」

「じゃあせめて、梅干しを真ん中に置くの」


 そう言いながら、別のタッパーから取り出した大きな梅干を白米の真ん中に落としてくれたのですが。


「完璧じゃないですか」


 これぞ日本文化。

 日の丸弁当になりました。


「……日本っぽいといいの?」

「そうですね。ビバ日本の国旗。ビバ日の丸弁当」

「他にもあるの。日本っぽい物」


 そして穂咲は再び鞄に手を突っ込んで。

 青のりの大瓶を取り出しました。


「でかいな青のり。どうする気だったの?」

「唐揚げにまぶすと、和風になって美味しいの」


 おお、それは確かに美味しそう。

 今度食べさせてもらいたいな。


 青のり風味の唐揚げを舌先で想像しつつ。

 ごくりと唾を飲み込んでいる間に、穂咲は青のりの蓋を全部取って。


「これをかければ、和風なの」

「米に青のり、確かに合いそうですけど。蓋を全部取ってどうする気?」

「あたしが、和の真髄を見せてあげるの」

「和の真髄? ってお前、ちょっとまて……」


 俺の制止も聞かず。

 穂咲は青のりの大瓶を逆さに持つと。


 白い米の部分に、青のりを一気にばさあ。


「バングラデシュ!!!!!」



 ……外につまみ出されました。


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