シロタエギクのせい


   ~ 三月二日(金)  十九 ~


   シロタエギクの花言葉  あなたを支える



 こいつはせいぜい半人前くらいと踏んでいたのに。

 マイナス一人前だと聞かされて。

 なんだか心配になってきましたが。


 でも、子供のようなヤツだからこそ、いい所もある。

 ……そう信じたい子、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は丸い花瓶のような形に結い上げて。

 そこに、シロタエギクをまるっと一株植えていますが。


 霜が降りたような葉に、鮮やかな黄色い花をたくさんつけるシロタエギク。

 そこいらじゅうで見かける花ですが、こうして見るとなかなか可愛らしく。

 鉢の方とは違って、華やかでつつましいのです。



 そしてこちらの、つつましくない方。

 朝から行われていた体育館での予行練習を終えて、授業のある三時間目まで随分と時間を持て余すことになり。

 盛大に机に伸びつつ、信じられないことをつぶやきます。


「卒業式?」

「うそでしょ? 今やった予行練習、何だと思ってやってたの?」

「…………かぶって叩いてジャンケンポン」


 順番に壇上に上がって。

 卒業証書丸めて叩くのですか?


「校長、頭がへこんじゃうよ」

「ダウンしても、四天王はまだ三人もいるの」

「全員倒すと理事長が出てくるのか」


 それは強そう。

 ……じゃなくて。


「もうじき三年生の皆さんともお別れなんだから。ちゃんとしなさいな」

「……いなくなっちゃうの?」

「あたりまえでしょうに」

「いやなの。さみしいの」

「だから盛大にお見送りするのです」


 いまさらしょんぼりし始めて。

 ブラウスの、お腹の辺りをいじいじしていますけど。


 ここのところ、連日呟く言葉も相まって。

 俺もなんだか、急に寂しさが込み上げてくるのです。


 たくさん親切にしていただいて。

 たくさん楽しい思い出をくれて。

 そんな先輩方とも、あと一週間でお別れなのです。


「じゃあ、お別れ言いたいの」

「そうだね。お世話になった皆さんに、お昼休みにでも会いに行こうか」

「ううん? 今すぐ言いたいの」

「……え?」


 俺が眉根を寄せて、硬直している間に。

 穂咲は、新倉君の腕を強引に引っ張って教室を飛び出して行きました。


 すると、入れ替わりにやって来たのは渡さん。


「あの子、急にどうしたの?」

「さあ? 三年生にお別れをしたいって言ってましたけど」


 何がしたいのか、まるで分からないので。

 答えようもありません。


 そんな、肩をすくめる俺たちに。

 神尾さんが声をかけてきました。


「あはは。放送委員の新倉君を連れて行ったんだから……」

「げ。まさか」

「うそでしょ? 校内放送でもする気?」


 いやいや、さすがにそこまでバカじゃない。

 そう信じた俺の気持ちは、鉄琴のバチで粉々に砕かれました。


「あはは……。放送、始まっちゃったね」

「とんでもないこと言い出さなきゃいいんだけど」


 心配する俺の耳に飛び込んでくる、本日は雨だけど晴天なのというバカな声。

 もう、こうなったらスピーカーに向けて手を合わせて祈るしかありません。



『ええと、先輩の皆様。もうじきご卒業おめでとうなの』


 第一声からそれですか。

 二年生含んじゃってますよ?


『あたし、先輩がいたから、後輩でいられたの。あたしにとって、先輩は他人じゃなくて、先輩だったの。それがね、嬉しくて。……だから、これからもあたしの先輩でいることは、卒業しないで欲しいの』


 ……………………。


 不思議と、人が放つ空気感というものは伝わるようで。

 二つも上の三年生のフロアから。

 しんと音が引いて、スピーカーに耳を傾ける様子が伝わってくるのです。


 穂咲の言葉は、まるで子供のそれと同じ。

 とらえどころが無くて、脈略が無くて。


 でも、不思議と胸に刺さって。

 言いたいことが、余すことなく伝わってくるのです。


『あたしが分からない事とか、これからも教えて欲しいの。大人っぽく、喫茶店とかで。あ、あたしはクリームソーダが好きなの。でもお構いなく」


 三年生のフロアから、どっと笑いが巻き起こる。

 ああ恥ずかしい。


『今も、どうしたらいいか分からなくて悩んでることがあって。先輩が、もうちょっと暇な時期だったら相談に行ったと思うの』


 気付けば学校中が静まり返って。

 だから、遠く三年生の教室からの返事が小さいながらも耳に届いて。


 いますぐ相談においでとか。

 こっちから行ってあげるよとか。

 暖かな声が、俺の胸を打つのです。


『いままでも、いろんなことを教えてくれて、お菓子もくれて、嬉しかったの。ママとパパが、たくさんいてくれたみたいだったの。だからね、ほんとはご卒業、しないで欲しいの。でも、ご卒業しちゃうのはしょうがないから』


 そして一呼吸。

 寂しさの余り、涙声になりながら。

 穂咲は、一番言いたかった言葉で放送を締めました。



『ご卒業、おめでとうございます』



 静まり返った校内。

 その一点から、静かな拍手が始まると。

 あっという間に広がって。

 学校全体が余すところなく、盛大な祝福で満たされるのでした。


 ……暖かくて、さみしい気持ちで満たされるのでした。



 あいつは。

 支えてあげないと、一人で立って歩けないような子なのですが。


 俺は、穂咲の。

 こういうところが。



 ……大好きであり。



 そして、大嫌いなのです。



 だって。



「……あー、本日は晴天なり。……藍川担当。至急職員室まで来い」

「こうなるからね」


 とは言え今日の所は。

 爽やかな気持ちで席を立つことが出来ました。


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