ナノハナのせい
~ 三月一日(木) 二十 ~
ナノハナの花言葉 料理
早朝、お隣さんから叫び声が聞こえたので。
ヤカンにお湯を沸かして持って行ったのですが。
その到着を待つことなく、凍り付いた洗濯物を取り込んでストーブに当てて。
居間をびちょびちょにさせていた
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は四角い台座型に固めて。
そにに沢山のナノハナと、針金の先に揺れるモンシロチョウを立てて。
挙句に小川と水車の模型など作ってジオラマにしているのですが。
久々のバカな作品に、開いた口がふさがりません。
でもこれは、おばさんによる労わりの作品で。
最近家事を頑張っているおかげで、手にあかぎれを作った穂咲への心づくしとのことなのです。
しかしそんな片思いは通じるはずもなく。
会う人会う人から笑われた穂咲は、不機嫌極まりないふくれっ面で。
今日は俺への八つ当たりが酷いことこの上ないのです。
なので、いつもなら感情を押し殺してプロに徹するお昼休みにも。
今日はご覧の通り、不満げな表情で。
俺の隣に座っている人をにらむのです。
「……今度は、お昼ご飯を泥棒に来たの」
「そう言うな。周りがおっさんばかりで味気ないんだ」
「気持ちは分かりますけど、校舎に入ったら怒られませんか?」
パワーショベルのお兄さん。
教室にパイプ椅子と自前の弁当を持ち込んで。
俺の皿から温野菜をつまみつつ、代わりに唐揚げなど置いていくのですが。
「コンビニ弁当だと栄養が偏ってな。野菜が欲しくなるんだ」
「確かに。弁当箱の中、まっ茶色ですね」
「まあな」
そんなことをつぶやきながら、今度はウインナーとブロッコリーをトレード。
教授はお兄さんの手を止めようとお玉で攻撃しますが、ひょいひょいと華麗に避けられています。
「もう! そんなに取らないで欲しいの!」
「取ってるわけじゃない。ちゃんと代わりの品を置いている。……それにしても、大したもんだな。料理だけは褒めてやる」
「調子の良いこと言っても騙されないの。そうやって近付いて、我が家に眠る金銀財宝を狙っているの」
教授の、相変わらずの毒舌に対して。
お兄さんも相変わらず、勘の鋭いヤツだとか呟いていますけど。
また面倒なことになりそうなのです。
「道久君は騙されてるけど、あたしはそうはいかないの!」
「良い心がけだ。一人暮らしするなら、それぐらい警戒心を持ってる方がいい」
「……そう言えば、お兄さんも一人暮らしですか?」
一人暮らしってどんなものなのか。
俺も見当がつかないので。
もしそうだったら、話を聞きたいと思って問いかけたところ。
お兄さんはペットボトルのお茶を口にしつつ、話してくれました。
「高校に入った時からずっと一人。大ベテランってやつだ」
「そうなんですね。……一人暮らしって、何が大変ですか?」
この質問は、教授も気になっていたことのようで。
ケンカ腰を改めて、お兄さんの弁当箱に目玉焼きを乗せながら、返事を殊勝に待ちかまえます。
「大変なんてことは無い。自分ひとりで生活くらいできねえでどうする」
「でも、普通は家族と一緒なの」
「そっちが普通じゃねえってことに、とっとと気付け。高校生ならもう分かるはずだろう、目を背けるんじゃない」
おお、なんて大人なご意見。
確かに俺たちは、そこから目を背けて気付かないふりをしているだけなのかも。
「特に、男だったら半人前の女の子を養っていけるくらいの力を付けねえとな。自分と、もう一人をしっかり支えて行けるだけの力がねえと、結婚すらできねえぞ」
「なるほど、確かに。……ちょっとは考え方を改めないと」
深い話だ。
考えたことも無かった。
自分の他に、奥さんも支えることが出来て初めて結婚できるんだ。
でもお兄さんの教えてくれたことに、教授は口をとがらせて文句を付けるのです。
「女性差別なの。あたしだって、ちゃんと自分の事は自分でできるようになるの」
「おお、頑張んな。でも、それじゃ足りねえ。旦那が一・五人分、お前が一・五人分の面倒を見ることが出来て、はじめて子供が生まれるんだからな」
……なるほど。
確かに、二人で三人分の面倒が見れないと、子供を育てることが出来ない。
ちょっと考えれば当たり前の事なのに。
いままで一度も考えたことが無かった。
教授もこれには目からうろこが落ちたようで。
目と口を真ん丸にさせてしまいました。
そんな貴重なお話を。
お兄さんは、お兄さんらしく締めくくるのです。
「……と、いったわけで。授業料よこせ」
「はっ!? 危険な男なの! また騙されるところだったの!」
いつものオチに、教授がふたたびお玉を振りかざすのですけど。
ひょっとしてお兄さん、照れ隠しで憎まれ口たたきました?
照れるようなこと無いのに。
いいお話だったのに。
「ちっ、上手くいかねえな。じゃあ今日の所は、そこのキャベツで勘弁してやる」
「……キャベツなら、いいお話のお礼に恵んでやらないことも無いの」
「ああ、料理の腕はなかなかのようだからな。一人前なところ見せてみろ」
「もちろんなの!」
鼻息荒く、エプロンを翻して。
教授はお玉を包丁に持ち替えて、キャベツを華麗に刻み始めますが。
そうやって気負ってたりしたら、危ないんじゃないのかな?
……なんてことを考えている間に止めてやればよかった。
景気のいい包丁の音がぴたりと止むと。
「痛い!」
「指やりやがった! 大丈夫か!?」
慌てて席を立って、左手を診てやろうとしたら。
「…………おかしいだろ。なぜ右手をじっと見てますか」
「ささくれが、ぴりっていったの」
「ややこしい!」
俺の突っ込みに耳も貸さずに。
教授は再びキャベツを刻み始めますけども。
狼が来たぞーの声に慌てて外に出てみれば。
けもみみのコスプレお姉さんがいたような心地です。
……いや。
それはそれで重要ですけど。
ではなく。
君には二度と騙されません。
「痛い!」
「大丈夫か!?」
「あかぎれが、ぴりっていったの」
………………。
コスプレお姉さんを見たかっただけですから。
別に、君の心配したわけじゃないですから。
盛大にため息をつきながら椅子に座り直した俺に。
お兄さんが声をかけてくれました。
「お前さんはできた男だな」
「はあ。……でも、一人前なんて程遠いです」
「スコップ女と二人でようやく一人前ってとこだろう。……頑張りな」
教授がお皿に乗せた刻みキャベツを頬張るお兄さんに肩を叩かれると。
俺も頑張らなきゃという気持ちになりました。
……が。
どうやら一人前の配分が気になったらしいこいつが。
噛みつかんばかりに、お兄さんへ詰め寄るのです。
「あたしがどれくらい? 七・三くらい?」
「教授、調子に乗りなさんな。話の流れ的に、俺が六ってとこでしょう」
「いや、小僧が二」
「うそ!?」
「すごいの! じゃあ、あたしが八なの!」
調子に乗った教授がクルクルと回りながらもう一品準備し始めると。
お兄さんは小さな声でつぶやきました。
「……お前さんが二人前。スコップちゃんがマイナス一人前」
「あ、やっぱり」
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