シャボンソウのせい


   ~ 二月二十八日(水)  二十一 ~


   シャボンソウの花言葉  賢明な行動



 日がな一日、「さみしいの」とつぶやくせいで。

 休み時間の都度、クラスの皆が入れ代わり立ち代わり訪れて。

 励ましの声をかられるほどの人気者、藍川あいかわ穂咲ほさき


 ……その都度、こいつが悪いのかと指さされる嫌われ者、秋山あきやま道久みちひさ


 まあ、俺の事はさておいて。

 人気者の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭のてっぺんで遊び髪たっぷりのしゃれたお団子にして。

 そこに五枚の花びらが可愛らしい、ピンクのシャボンソウをいくつも活けているのですが。


 お昼ご飯の前より、葉っぱが減っている気がするのですけれど。

 君、洗い物に使いましたね?



 さて、そんな穂咲が作ったお昼ご飯をいただいて。

 ……イクラの上に目玉焼きを乗せた、子子丼という意味の分からないお昼をいただいて。

 お腹いっぱいで迎えた五時間目は、生物の授業です。


 今日の生物は、ちょっと変わった実習で。

 校内での『春』探しという、じつに呑気なものになりました。


 この課題がたいそうお気に召した穂咲さん。

 俺の腕を引いて散々引っ張りまわした挙句。

 誰も来ないほど遠く、校舎の裏へと回り込んで。

 花壇の周りで、虫メガネ片手に地面を観察し始めました。


「……なにか見つかりましたか?」

「見つけたの。春の足跡なの」

「おかしいだろ。足があるんですか? 春」

「足音が聞こえるんだから、あるに決まってるの」


 ……うん。

 なんて言い返しづらい屁理屈。


 仕方がないのでそれ以上反論せずに。

 穂咲と一緒に、地面に見つけた靴の跡を目で追ってみれば。


 離れたあたりに、大人が何人か集まって話し込んでいるようです。


「あの人たちが春? 想像よりも、遥かにおっさんなのですけど」

「間違えたの。あの皆様は、秋なの」

「意味分からん。どこが秋なのさ」

「……葉っぱの枯れ具合」


 上手くてびっくりした。

 ではなく。


「髪については触れてあげないでください。あれは対抗しようがないものなのです」

「さみしいの」

「およしなさい。……あと、君はそれを言うのやめなさいな。一人暮らしを吹聴すると、ワルに狙われるっておばさんに言われているでしょうに」


 はっ!? とか、口を両手で押さえていますけど。

 今更気付いたんですか?


 おばさんのご意見は、なすびの花。

 千に一つの無駄も無いのですから、ちゃんと守りなさいな。


 でも、ちょっとだけ手遅れだったようで。

 ワルとやらに、聞かれてしまったのです。


「こいつはいいことを聞いたぜ。泥棒し放題だ」


 『チーム・オータム』から一人、こちらに近付いて。

 ワザとらしいセリフを口にするお兄さん。

 この人は……。


「あ! パワーショベルのお兄さん!」

「よう少年。まさかこんなところで再会するとはな。……スコップ女も元気そうでなによりだ。一人暮らしするんだって?」

「ワルなの! 通報なの!」


 穂咲がポケットから出した携帯をひょいと取り上げて。

 取り返そうと暴れるこいつのお団子頭を押さえ付けるお兄さんは。


 美穂さんを助けてくれたり、おじさんとの思い出のかんかんを壁から外してくださったりと。

 先日、さんざんお世話になった方なのです。


「あの時は本当にありがとうございました。おかげで思い出の品に会えました」

「そりゃなによりだ」

「むう! 道久君、騙されてるの! あたしの携帯も早速泥棒されたの!」

「落ち着きなさい。お兄さん、美穂さんの事助けてくれた恩人でしょうに」


 俺が諭すと、鼻から大きく排気した汽車ポッポはようやく落ち着いたのですが。

 お兄さんが返してくれた携帯をふんだくると、がるると威嚇するのです。


「それより、こんなところでなにやってるんですか?」

「ああ、校舎の増築工事をすることになってな。その下見だよ」

「ウソなの! この学校から、何か盗む気なの!」


 酷いことを言い出した穂咲を、お兄さんはしばらく見つめると。

 さっと目を背けて。


「いや、ほんとうに、ただの工事の下見だよ?」

「怪しいの!」


 そして再び暴れる穂咲。

 その頭を押さえ付けるお兄さん。


 宝探しの時もそうだったけど。

 このお兄さん、穂咲をからかうのが上手なのです。


「お兄さんは、あの打ち合わせにいなくていいんですか?」

「もう話は終わってるんだ。なにやらゴルフの話で盛り上がってる」


 ああ、それで『チーム・オータム』の皆さん。

 腕をぶるんぶるん回してるのか。


 ……こっちにも。

 腕をぶるんぶるん振り回してる子がいますけども。


「やめなさいな。お兄さんに当たるでしょうが」

「だってワルなの! やっつけるの!」

「……おい、スコップ女。お前に一人暮らしなんかできるのか?」

「できるの。でも、既に敵が現れたの」


 腕を振り回し続けていたせいで、あっという間に疲労困憊。

 ふらふらとお兄さんから離れた穂咲がつぶやきます。


「他にも、敵は一杯なの」

「そうか。……例えば?」

「新聞屋さんも敵なの。ママが、ちゃんと断るのよって言ってたの」

「スコップ女には無理だろ。俺が追い払ってやる」


 ほんとに? などと。

 穂咲は態度を改めてきらきらした目でお兄さんを見つめますが。


「その契約の証として、俺が売ってる新聞の契約書にハンコを押せ」


 そして再び、腕、ぐーるぐる。


「あたしはノーと言える日本人なの! おととい来るの!」

「……今なら、遊園地の割引チケットをつけてやる」

「ほんと?」

「ちょろいな」

「…………はっ!? いらないの! 危ないところだったの!」


 ぐーるぐる。


 はたで見ていると、すっごく面白い。


「分かった分かった。じゃあ代わりに、壺を売ってやる」

「そんなのいらないの!」

「玄関先に置いておくと、新聞屋が来なくなる魔法の壺なんだが」

「…………いくらなの?」

「新聞、一年分」


 ぐーるぐる。



 お兄さん、無表情なままなのですが。

 すごく楽しそうな気持ちが伝わってきます。


 まあ、穂咲には少々慣れていないタイプのコミュニケーションなので。

 こんなことになるわけですが。


 そんなお兄さんが、何かに気付いたようで。

 穂咲の頭をくいっと押して遠ざけると。


「おっといけねえ、サツに感付かれた」


 そんなことを言うのです。


「サツ?」


 後ろを振り返ると。

 お巡りさんよりもっと怖い。

 般若のお面をかぶった先生が仁王立ち。


 俺と穂咲は、お兄さんを挟んで直立不動です。


「貴様ら! 生物の授業中じゃないのか!? 何を遊んでいる!」


 お怒りごもっとも。

 でも、こいつはいつものように。

 妙な反論をするのです。


「ちゃんと生物の研究をしていたの」

「生物? なんの生物だ!」

「ワルなの」


 そう言って、穂咲が指差す先はお兄さん。

 …………ではなく。


「あれ? お兄さん、もういない」


 あっという間に、チーム・オータムに混ざって真面目な顔をしているのですが。

 そうなると。


 こいつが指差す先には、俺が立っているのですけど。


「…………秋山がワルなのか?」


 あれ? と、口に出しつつも。

 どうしたらいいのか分からなくなった穂咲は。

 そのままこくりと頷いて俺を売ったのです。


「ひでえ」


 こうして俺だけ。

 寒空の中、この場で立たされたのでした。


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