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急に聞こえてきたこれまた美しいテノールに瞳子は振り返る。シオンもまた下げていた頭を上げた。
「ま、マチルダ様!?」
「げっ……マチルダ」
そこには、眠そうに欠伸をしながら此方をじとっと見ている、青年。色素の薄いクリーム色の髪は軽くウェーブを描いている。半分しか開いていない目は、綺麗な空色だ。
彼はこの屋敷のシェアメイトの1人であり、職業はライターである。
「…トーコちゃんの反応は間違ってないけど、シーの反応違くない?何だよ、げっ、て化け物みたいじゃん僕」
ふぁぁぁと堪えきれなかった欠伸をして、シオンを睨みつけるマチルダ。
「シーって言うなっ!シーって!第一、本当はお前なんかにかける言葉なんてないんだっ。げっ、って言ってもらっただけありがたいと思え!!」
「は?なにその屁理屈。…子供だねぇ、シーは」
「だからっ、シーって言うなって言ってるだろ!?何だ、何だ!?馬鹿にしてるのか、お前は!!」
「うん、馬鹿にしてるね」
「くぅぅぅぅー!!お前、覚悟してろよ!!」
「分かった、分かった」
瞳子は、目の前で起きている痴話喧嘩に少し気が遠くなった。
いつもこうなのだ。
シオンとマチルダが顔を合わせると必ず口論が始まってしまう。
二人曰く、馬が合わない、そうだ。
二人はとっくに成人を迎えているはずなのにこの姿を見ると、ただの子供、いやガキだ。
まぁ、この世界の成人が本当は何歳なのかは知らないが。
瞳子は溜め息を1つ吐いた。
「…あの、お食事の用意は既に出来ているはずですから…ラーグに叱られないようにお早めに食堂に行かれたほうがよろしいですよ?」
瞳子は控えめに二人の間に割って入った。
面倒くさいなんて顔には出さない。
すると、二人はほぼ同時にこちらを向いた。なんでそんなときは息がピッタリなのか、問いたくなった。
「…ーラーグ。…ああ!!ヤバいラーグはヤバい!!早く行くぞ!マチルダ!!」
「り、了解!!」
シオンは脱兎のごとく長い廊下を駆けていく。
瞳子の作戦勝ちのようだ。
勿論、マチルダもそれを追い掛けて走っていった。瞳子は安心して次の仕事に取りかかろうとしていた。
「……ああ、トーコちゃん」
「え?」
廊下の中腹には、走っていったはずのマチルダが振り返ってこっちを見つめている。
瞳子は訳がわからず、それを見つめ返す。
「僕、君を信用してないから」
一言、マチルダは言って去っていった。
マチルダが見えなくなった頃、その場で立ち尽くしていた瞳子は言った。
「…そんなのとっくに分かっていますよ。マチルダさん」
瞳子は蜂蜜色の瞳を一瞬煌めかせ、踵を返した。
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