第一章

1

「トーコ?」



回想していた頭が急に戻ってくる。瞳子ははっ、と頭を上げて周りを見渡す。

豪勢な装飾が目を引くシャンデリア。シルクがその質の良さを醸し出すツインベッド。

すぐ目の前にはこれまた煌びやかな装飾をしているティーセット。


此処は…、ああそうだ。あたし、アルフレッド様にモーニングティーをお出ししていたんだった…。

その最中にボーっとするだなんてと瞳子は自責する。


「っ…、すみません!すぐにお茶のご用意を致します…!」


瞳子は、普段からしたら珍しくガチャガチャと音をたてながら準備を始める。


「いや、焦らなくて良い。…それにしても珍しいな、トーコが心此処にあらずなんて。寝不足かい?」


瞳子はこの豪勢な屋敷の召使いである。

その瞳子を雇っている屋敷主、アルフレッドは机に肘を立て頬づきをし、深く腰を掛けた椅子からはみ出る長い足を優雅に組んでいる。

胸までサラリと流しているブロンドの髪が更に優雅さを増しているようだ。

その端正な顔は愉しそうに藍色の目を細めている。


「申し訳ありません…」


対して瞳子は、アルフレッドに向かって深々と頭を下げた。

その瞳子の行動にアルフレッドは先ほどの楽しそうな顔を引っ込め、眉をしかめた。



「何故、謝る?トーコの意外な面が見れて私は嬉しかったのだが」


「召使いにあってはならぬ失態だからです……」


なお、瞳子は頭を下げたまま弱々しく言う。


「私が赦すと言うのだから、顔を上げてくれ。トーコ」


しかし、瞳子は一向に顔を上げようとはしない。


「トーコ」


まだ上げない。


アルフレッドは痺れを切らし、一つ溜め息を吐いて立ち上がり瞳子に近づく。

その足音に瞳子の細い肩が、ビクリと揺れる。それと同時に瞳子の毛先が切りそろえられた漆黒の髪も揺れた。

怒られると思ったのだろう。

しかし、その予想に反してアルフレッドは優しく自身の腰位置にある彼女の頭に手を乗せた。


「トーコ」


先ほどから彼女の名前しかアルフレッドは呼ばない。

しかし、最後の呼び方だけは幼子をあやすような穏やかな音色だった。


「…は、い…」


瞳子はその音色に観念して顔を上げた。

目の前には、彼の端正な顔が近くに合って瞳子は少し目を見開く。

アルフレッドはそんな彼女を見て綺麗な笑顔を見せた。


「良い子だ」


瞳子は顔を赤らめ、視線を逸らす。そして、はたと本来の目的を思い出した。


「あ…、す、すぐにモーニングティーのご用意を致しますっ…」


「…よろしく頼むよ」


瞳子は今度は最低限の音だけで準備を進めていった。

胸の中のざわめきを必死に抑えながら。

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