始まりは温かい手


ゆらゆら。

流れている。


ふかふか。

浮いている。


そういった感覚が瞳子(とうこ)体中を巡っていた。

そう言う以外に言いようがないのである。



不思議なこの体験で瞳子の心の中に漠然とした不安が広がっていた。



しかし、一番不安なのは、成り行きで置いてきてしまった彼のことだった。




瞳子は後ろを振り返ろうとした。だが、彼女の手を握っている温かい手が力いっぱい引き、ダメだと伝える。



《瞳子。振り向かないで。大丈夫、大丈夫だから》



美しいテノールだ。

その声は誰がいつ聞いても惚れ惚れするほどの美声。


しかし、瞳子はわからなかった。何故、顔もよくわからない彼に付いてきてしまったのか、何故、こんなにもこの手には安心感があるのだろうか。

不思議で不可解だった。




「ねぇ、あたしは一体どこに行くの?助けてくれるって…どういう意味?」



《君を、彼らから遠ざけるー‥。違う世界へと》



「違う世界…」



《心配しないで。大丈夫だから》


彼は大丈夫が口癖なんだろうか。先程から何回も聞いているものだった。

しかし瞳子は、彼の大丈夫は本当に大丈夫な気がしていた。なんの根拠もないが、胸が温かいのだ。



「心配なんてしてないわ。だけど…」



瞳子は考えていた。

あたしがいなくなった世界はどうなるのだろう、『瞳子』がいなくなった世界はどうなるのだろうー、と。





《瞳子、いいんだ。君は自分の幸せを考えてもいいんだよ》



「幸せ?」



瞳子は自身に問いただした。

いいんだろうか。あたしは『瞳子』じゃなくてもいいんだろうか。



《さぁ、もう直ぐだ。君の新しい人生の幕開けだよ》




そう瞳子に彼は言った。

すると、彼女の目の前が急に真っ白になった。




《いらっしゃい、トーコ。僕は君を待ってる》




意識が消え失せる直前、瞳子にはそんな声が聞こえた気がした。




そして、次に意識が浮上して時に







瞳子の目に入ってきたのは








眩いブロンドと

吸い込まれるような藍色だった。

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