007

学校を出てきたはいいもののどこに行ったらいいか・・・。保健医の先生がいたときに荷物をちゃんとチェックすれば良かったのだが、カバンの中に入れておいたはずの家の鍵がなくなっていたのだ。これじゃぁ、家に帰っても入れないじゃん。かといって、また学校に戻るのも面倒だし、ベルだって探さなきゃいけないし・・・。一番の問題はこの時間にうかつに歩き回ると警察に補導されかねないということだ。叔父さんちにでも行ってみようかな?家の合鍵があったかもしれないし。たぶん、この時間なら叔母さんがいるはずだから入れてもらえるだろう。

僕はそう思い、とりあえずできるだけ人目につかないように叔父さんちに向かうことにした。

ピンポーン・・・。・・・ガチャッ。

「あらら、タクトくんじゃない。どうしたの!?学校は?」

「いやー、体調が悪くて帰ってきちゃいました。で、部屋の鍵を教室に置いてきちゃったみたいで・・・合鍵ってありませんでしたっけ?」

「あらあら、探してみないとわからないわ。とりあえずお入りなさい。」

叔母さんは笑顔で迎え入れてくれる。あんまり長居したくはないのだが、鍵がないことにはどうすることもできないな。

「あ、はい、じゃぁ・・・お邪魔します。」

促されるまま、僕は居間へと通される。叔父さんの家はここらの地域では割と広く部屋数も多い。叔父さんと叔母さんに娘の葵。3人で暮らすには十分すぎるほどの家だ。僕も一時期は住まわせてもらっていたがそれでも部屋が余るほどだから、相当良い家なんだろう。

「そういえば、タクトくん。お弁当はどうだった?今日のは結構自信作だったりするんだけど」

「あ、お弁当・・・」

おもむろにカバンから取り出す。まったく手を付けていないんだった。

「え?食べてないの?」

「あーいや、昼休憩時間にやることがあって、食べ損ねたといいますか・・・それで具合悪くなっちゃって、早退・・・みたいな」

「そうなのぉ、大変ねぇ。じゃぁ、今、うちで食べていったらいいわ。食べてる間に鍵、探しておくから」

「・・・そうですね。じゃぁ、せっかくなので、いただきます。」

「はい、どうぞ」

僕は弁当を食べながら、あちこちと探す叔母さんを眺めている。僕の母親も叔母さんのように優しくて温かい人だった・・・気がする。

僕は中学生の終わりぐらいまでこの家で生活をさせてもらっていた。叔母さんはとても優しくて僕の家の事情なんて一切聞かず、本当の息子のように接してくれていた。その時の僕にはとてもありがたく感謝してもし尽せないほどだ。だけど、僕はこの家を半ば強引に出ることにした。正直、辛かったのだ。この家にある温かさは僕が失って既に持っていないものだったから。まるで持っていないものを目の前で見せつけられているような、そんな気持ちをずっと感じていたからだ。だから、高校に入ってからある事情で転校するのと同時に一人暮らしを始めたのだった。だけど、一人で生活をしてみるとわかるものだ。どれだけこの家でお世話になっていたのかを。身の回りをやってもらえるというのがどれだけありがたいことなのかを。叔母さんはいつも文句も愚痴も言わず笑顔で接してくれていた。本当の子供ではないのに・・・。今ではそれがどれだけすごいことなのかを身に染みて感じている。

「あらぁ、合鍵はないわぁ。パパが持っているのかもしれないわねぇ。今日、会社に行く前にタクトくんの様子を見にいくって言っていたし。」

あー、そうだった。確かに朝、叔父さんがきてた。そうか、叔父さんが持ってる可能性が高いなぁ、これは。

「どうする?パパが帰ってくるまで待つ?私は特に用事もないし、全然構わないけど」

「そうですね・・・」

どうしようかと考えながらふと窓の外へ目をやると、ベルがいた!しかもチラチラとこちらを見ている。

「あ!!!」

思わず声がでる。

「え!??」

叔母さんは驚いたようにピョンと一飛び。

「すいません、今日はこの辺で一旦帰ります」

「え!?え?なんで?だって鍵がないと部屋に入れないんでしょう?」

「えっとー、時間見て学校に戻りますので大丈夫です。授業が終わった後なら外をうろうろしてても大丈夫でしょうし。」

「えーー、そうなの?もっとゆっくりしていけばいいのに・・・もう少ししたら葵も帰ってくるわよぉ。葵も会いたがってるし」

「すいません、葵にはまたくるって言っておいてください。」

早くしないとまたベルがどこかにいってしまう。窓の外にはもういないようだ。

僕はそそくさとカバンを持って玄関へ。叔母さんはゆっくりしていけばいいのにと何度も言いながらも送り出してくれた。

「じゃぁ、すいません。また、来ます。」

玄関を出ると・・・。

「うわぁっ。」

目の前に葵が・・・。

「あれ?タクトおにいさん。久しぶりーーー」

「お、おお、葵・・・ごめん、ちょっと急いでるから。」

そういって葵を軽く避けて窓のあったほうの道へ走る。

「え?えーー、せっかく会えたのにーーー。おにいさんのばかー」

なんか葵にバカって言われているが、今は気にしている場合じゃない。まずはベルを見つけなきゃいけない。さっき見えたベルはなんだか悲しそうな顔をしていた。僕はその姿をみたらいてもたってもいられなかったのだ。いや、違うな・・・。妹の悲しい姿をみるといてもたってもいられなかった。あの日みたいなあんな顔をさせたくはないのだ。

「ベル・・・ベル、どこに行ったんだ?」

走りながら辺りを探すが見当たらない。・・・と、ふと公園へと入ると、ベルがベンチに座っていた。ああ、やっと見つけた。僕は安心してやっと一息つけた。だけどベルの表情はとても曇っているようだ。呼吸を整えてから僕はベルの隣へと座る。

「ふぅ、ベル、探したよ。まったくどこに行ってたんだよ。」

「・・・うん。」

昼のことを気にしているのだろうか?浮かない返事をする。どうしたものか。

「お前よ・・・あのな・・・えっと・・・」

ぼそぼそとベルがなにかを言おうとしているが・・・、僕は・・・。

「そうだ!!ベル!!!部屋の鍵をなくしちゃったんだよー、ベルの力で鍵って開けられないかな?このままじゃ部屋に帰れないよ。」

「・・・は?」

「ベルが力を使えば鍵くらい開けられるんじゃないの?頼むよぉ。」

「そ、それは・・・」

僕は手を合わせてお願いします。と

「・・・ふ、ふん、だからお前はだめなんだ。まったくワタシがいないとなんにもできないんだな」

「そうなんだよね。」

「仕方ないな、まったく・・・不本意ではあるが、今回は特別にそのくだらない願いを聞いてやることにしよう」

「え?ほんと、ありがとう。ベル。本当に助かるよ。」

「そうときまれば、お前の部屋へさっさといくぞ。」

もう、すっかりといつも通りのベルへと戻っているようだ。

「ふふ、ああ、そうだね。」

「なにを笑っているんだ、気持ち悪い奴だ」

「いーや、なんでもないよ。ほら、いこう。」

僕たちは部屋へと帰っていった。当然、ベルの力で難なく鍵を開けることはできたのだった。



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