第4話 この時期? 転校生!

 月曜の朝、西塚北高校 2年B組(=俺のクラス)にて。


「あー、転入生を紹介する。 自己紹介しろ」

九十九つくも 裕翔ゆうとです。よ、よろしくお願いします」


 ぺこりっ、と、蒼く長い髪を煌めかせた美少女が、教壇でお辞儀をした。

 紺色がかったブレザーの上着とチェックのスカートも、大変よく似合っている。


(……ゆー、とぉ?)


 あとで美少女さんに聞いたところによると、この時の俺の顔は、


 ( ゜Д ゜)


 てな感じだったらしい。


 うん、美少女がいきなり4月半ばに転校してくるとか。


 ありえんだろ。


 しかも、名前もアイツと同じ、ゆーとだって、はは。


 なるほど、夢か。


「え、……何?」「あれって……もしかして?」「へー……」「ちっさーい……」


 ヒソヒソとざわつく室内に、担当の入沢センセ(♂)が、眉をひそめる。


 ド・ゴ・ンッ!!


 一撃、いや、二撃か、タメを込めた黒板を叩く音が、爆ぜる。

 ゴリ沢という二つ名を関するだけあって、その迫力は半端ない。

 空気が軽く振動し、パラパラと天井から、何かが落ちる。


「静粛にッッ!!!」

「?!!」「……っ?」「ぶわっ!」「ひっ?」「わわっ」「……ぴゃいっ?!」


 号砲一喝。

 次いで、センセの鼻穴から、ふしゅーと息が吐き出される。

 シン……と静まり返る室内。

 ただ、みんなより、……教壇の美少女が一番驚いていたような気もするが。


「名前を聞けばわかると思うが、九十九は、性転換症候群の発症者だ。

 1年前に性別が変わって未だに慣れていないようだが、仲良くしてやってほしい。

 席は、一番後ろ、大北の隣だ」


 美少女が、何故か緊張した様子で、顔を真赤にしながら、右手と右脚、左手と左脚を同時に動かながら、こちらにやってくる。

 そして、俺の前で、緊張した面持ちで一礼する。


「よ、よろ、しく?」

「……、……、…… ( ゜Д ゜)」


 何で、美少女が俺の横に?

 夢にしてもできすぎだろう。


「……、……、……?」

「……、……、…… ( ゜Д ゜)」


「……、……、……???」

「……、……、…… ( ゜Д ゜)」


「……、……、……??????」

「……、……、…… ( ゜Д ゜)」


 何故か、必死に、ニコッと笑顔を浮かべてみせる少女。

 だが。

 ……徐々に、困ったような汗がその額に浮かんでいく。


 俺か?

 俺は……、思考停止してた。


「さっさと座らんかっ!!!」

「ぴゃあああああああああああああっ?!」


 入沢センセの一喝に、慌てて背筋を伸ばし、椅子に座る美少女。

 流石教師、いい仕事してますねえ、と、センセの方を頼もしげに見たら。


「……、……、……」(はぁ~~~……)


 呆れたようなため息を漏らされた挙句。


 ゴンッ!


 何故か、無言で歩み寄られて、頭にゲンコツされた。

 何故だ?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あの……、、怒って、る……?」

「……、……、……?」


 入沢センセの剣幕にびびってた美少女さんだったが、センセが教壇に戻り、今週の予定を話し始めると、おずおずと話しかけてきた。


「……っていうか、……唖然としてる、のかな?」


 困ったような、そして、今にも泣き出しそうな顔をしている。


 そこでようやく、……昨日見たゆーとの顔と、美少女さんの顔が一致する。


 あれ? いや、ゆーと、待て、どうした、お前? 何で、泣いてる?

 じゃなくて、……てか、え?


「お前、ゆーと、……なのか?」

「え? ……あの、……う、……うん」


 入沢センセが説明してた内容が、やっと頭に入ってくる。


 性転換症候群 - 別名TS病。


 エロ漫画では、おなじみのジャンル、性転換ものでも有名な……いや、それはさておきだな。

 10~15歳の少年が少女に「性転換」してしまうという遺伝性疾患だ。

 とはいっても、発症者は、1千人に1人。

 まさか自分の近くで、発症者が出るとは夢にも思ってなかったわけで。


 けっこー、不意打ちだった。

 とはいえ、とはいえだ。

 いくら予想してなかったとはいえ、我ながら気づかなかったことに呆れ果てる。


「……、……、けーご?」

「ああ、……悪い。ちょっと、混乱してた」

「……そ、そっか……、ごめんね?」


 とびきりの美少女が、切なげに謝ってくるとか、ナニコレ。

 もしかして、恋の予感ですか?


 いや、止まれ、俺のエロゲ脳、止まれ、俺のラノベ脳。


 子供の頃から見慣れたゆーとの顔なんだ。

 4年前の記憶より、さらに輪をかけて、女の子らしく可愛くなってるが。


 ……ぬう、性別が変わっただけ、性別が変わっただけ、落ち着け、俺。

 そもそも、だ。


「ゆーとは、なにも悪くないだろ」

「いや……、でも」

「どーせ、昨日、したかったけど、できなかったってだけだろ?」

「……ごめん、……二人きりで、その、緊張……しちゃって……」


 やっぱりか。

 目頭をほぐすように押さえ、気持ちを整理する。


 しかし、さっきからおどおどしっぱなしで、大丈夫かコイツ。

 いじめられたりしないだろうな?


 それはよくない、それはよくないぞ。


 この後のクラスの反応を軽く脳内でシュミレートしてみる。

 ……いかん、ゆーとにじっと見つめられて、上気して考えがまとまらん。


「……あはっ」

「……うん?」

「……あ、いや、……何でも」


 そんな俺の様子を見て、ゆーとが何故か、同じように顔を赤らめて、しかし、楽しげに笑い、俺に見返されて、慌てて一瞬視線をそらし、ごまかし笑いする。


「……あー」「……」「……」「……」「……」


 そこで、普段なら、もっとざわついてる教室が、……静かなのに気づく。


 ちらちらこっちを見ながら、どうしたものかという反応してるやつが数名。

 あらやだ奥様みたいな目線で見ているやつが数名。


 俺の視線に気づいて、ゆーともキョロキョロした後、……察して、顔を真赤にして押し黙る。


「何だこの、可愛い生物」

「……っ?!!」


 いかん、つい、……感想が漏れた。


 ゆーとがさらに赤面して、あうあう言っている。

 しかし、こんなとき、どう落ち着けさせればいいか、わからん。


 俺は、……どうにも、嘘とフォローが苦手だ。

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