第3話 ひとまず! 事情聴取!

「それでさ、結局、何でこっち来たんだ?」

「……、……、……」


 ソファに寝かせて、毛布も掛けて、風邪薬も飲ませて。

 風邪対策をバッチリ済ませた後で、改めて尋ねる。

 けれど、ゆーとは、相変わらずダンマリだ。

 何なんだかなあ。


「もしかして、家出したのか?」

「ち、ち、違うよっ!? その……えっと」


 心外だとばかりに声を荒げるけれど、その後の言葉が続かない。

 うーん、訳わからん。


「お前ん家、親父さんもお袋さんも東京から離れることなかったよな?」

「あ……、う、うん」


 こいつの親父さんは地方公務員だし、お袋さんはある種の自営業。

 親の転勤は、ないわけで。

 ということは、そうか。

 一家揃って、関西に観光にでも来たんだろう、そして。


「こっち来たついでに、俺の家を見に来たとか?」

「うえ? あ、えー……、まあ……そういうことに、なる、の、かな?」


 何故か首を捻りながらだが、頷くゆーと。

 嘘をつけない性格だし、やっぱり、観光のついでってところか。


「遊びに来てくれたのは、嬉しいんだけどな」

「……、……、……嬉しい、の?」


 毛布から顔だけ覗かせて、潤んだ目でゆーとが見上げてくる。

 しかし、相変わらず、整った女顔だなこいつ。

 地雷だから言わんけど。

 その部分だけ切り取ると、エロゲに出てくる美少女幼馴染。

 それが、こっちに惚れて、どきどきしてるといった風体なんだが。

 残念なことに、こいつは、男で、しかも、顔が赤いのもただの風邪だ。

 とにかく、遊びに来てくれたのは、嬉しいものの。


「それで風邪引いたら、いかんだろ?」

「……ひゃっ?!」


 改めて、額に手を当てる。

 やはり熱いし、顔も赤い。


「ふぁ……、けーご、……その、……ボク、いわな、きゃ……な」


 訳がわからんゆーとの譫言を聞きながら、ふと思い出す。

 そういや、"あれ"あったな。


「ちょっと待ってろ」

「……え?」


 二階の自室に上り、厳重にしまってた"それ"を取り出すと、リビングへ戻る。


「"これ"借りたままだったわ、すまん」

「ふぁっ?!」


 それは、御仏蘭西書房の古びたエロ漫画文庫、3点。

 全て、小学校のとき、"目覚め"の早かったゆーとから借りたもので、返すのを忘れていたのだ。


「な、……何で、未だ、それ、持ってるのっ?!」

「そりゃ、エロマンガってっても、お前からの借りもんだし。

 おいおい、……何だよ、恥ずかしがる齢でもないだろ?」


 気持ちはわからんでもないが。

 そんなに真っ赤になって、顔を覆い隠す程のことか?


「いらんというなら、このままもらっておくけどな」

「……いや、……えと、……その」


 困ったような表情を浮かべた後に、おずおずと、手を伸ばして、……文庫の表紙を指でなぞるゆーと。

 幼馴染恋愛もの、陵辱モノに、性転換モノ。


「この3つには、だいぶお世話になったわ。ははっ。

 あ、あー……。

 ああ、やっぱり返すのやめとこうか?」

「えっ?」

「……や、その、匂うんじゃねーかな、……と」


 ナニが、とはいわんが。

 いかん。こっちも顔が熱くなってしまう。

 男友達相手で、エロ本の話題で、何て微妙な反応してんだよ、オレ、きめえ。

 けれど。


「あはっ」


 ゆーとは、楽しげに笑うと、文庫を1冊手に取って、すんと匂いを嗅ぐと、


「いいよ、問題ないから♪」


 朗らかな笑みと、何故か、わずかに上気した表情を浮かべ。

 その1冊だけ、……ゴソゴソと腰のポーチにしまう。


「その1冊だけ、持っていくのか?」

「入り切らないから、残りは、次に、ね?」


 せっかくの家族旅行なのに、何度もこっちに来て大丈夫なんだろうか?


「それにしても……」


 残されたのは、幼馴染恋愛モノに、性転換モノ。

 ゆーとは、どこか楽しげな、意味深な笑みをこちらに向けている。


「あのね……、その、けーご、ボク……、いうこと」

「……ああ、そうか」


 ぽん、と手を打つと、何かいい掛けてたゆーとがどきっとした表情でこちらを見てくる。


「陵辱が今のお前のブームなんだな」

「……え?」


 ゆーとの顔が強張り、……数秒、固まった後、ブンブンと激しく首を振る。


「ち、違うっ! それ、絶対、違うからっ!?」

「安心しろ。 親父さん、お袋さんには黙っててやる」

「ちーがーうーのーっ!!」


 微妙に女声っぽいゆーとの叫びが、日曜朝の住宅街に響いた。

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