シーザーの走馬燈
「奏さんがおめでた!?」
木竜館で過ごせる日もあとわずかとなった頃、僕は寿実から奏さんの妊娠の報を聞いた。
正直「うそでしょ」と言いたくなったけれど、そこはぐっとこらえた。
「うそだろ……って顔してるぞ」
が、すぐにばれた。この人相手に隠し事は50年早かった。
「でもそうは言うけどね、寿実。奏さんって確か、小学生のころ患った大きな病気で、子供が出来ないって聞いた気がするんだけれど」
「それは紛れもない事実だ。だが、できないとは言ってない。正確には出来にくい」
寿実は淡々と話しているけれど、やっぱりどこか嬉しそうだ。
二人はもうすぐ30代後半になるからね。グループホームをやっているのも、子供を半ばあきらめていたからだしね。……………やってることはやってたんだね。誰も見たことがないから、してないのかと思ってた。
「開が逆玉の輿に続いて奏さんがおめでたか~。よくもまあこれだけ喜ばしいことが続くよな」
「それに俺も兄貴も、無事に試験に受かったし、順調すぎてヤバイっすね」
高行も貫太郎も、これだけ喜びごとが続くと、逆になんだか不気味に思えるらしい。
僕にとってはもう今更だよ。素直に喜ぼうじゃないか。
「でもよ開、奏さんは当分送り迎えできないぞ。九重家まで歩いていくのか?」
「紫苑に言って、迎えをしてもらうことにするよ。厚かましいかもしれないけれど、これくらいならきっと許してくれるでしょ」
九重家に頼みごとをするのには、まだ若干遠慮の気持ちがある。一般人の僕が、格上の家の九重家にこんなにおんぶにだっこでいいのかって。けれども、紫苑はそんなことで僕を嫌いにならないと信じている。逆に僕だったら、親しい人に頼られるのは嬉しいものだ。
「よかった、今日は隆文さんが迎えの車を用意してくれるみたい。大事なところに寄る用事があるから、助かったよ」
「紫苑さんは来ないのか?」
「今日は紫苑さんは日本舞踊のお稽古に行ってるみたい」
「日本舞踊のお稽古………………名家のお嬢様はそんなことまでするのか」
高行も貫太郎も、現実味がなさそうな様子で感心してる。
いまや、女性が男性の歓心を得るために努力する時代は終わって、逆に男性が女性の歓心を得るために努力が必要になった現代。そんな時代だからこそ、自分を磨く女性がモテやすいって奏さんが言ってたっけ。
紫苑の場合、モテたいからっていう理由で日本舞踊を習ってるんじゃないけれど、それでも同じ踊り好きとして、紫苑の踊りはすごく魅力的に見える。僕も習おうかな、日本舞踊。
「それに……今日は、あそこによる予定だから」
「あそこって…………あっ(察し)」
「そゆこと♪ 貰いっぱなしは男が廃るってものさ。さて、行く準備しなきゃ」
そういって僕は、階段を上がって二階にある自分の部屋に入った。
かつて、本棚や勉強机があった部屋は、今はもうその大半が九重家に運び出されている。今残っているのは、ベッドとちょっとした衣類くらい。それもあと少しで、ベッド以外は運び出さなきゃならない。
「次にこの部屋を使うのは誰なんだろうな。もしかしたら、寿実と奏さんの子供が使うのかも」
この部屋に初めて来たとき、自分の部屋をもらえてすごく嬉しかった。なんというか、ようやく普通の生活ができるんだなって思って、泣いてしまった。寿実や奏さんの教育は厳格だったけれど、施設に住んでいた僕にとって、他人に悪意なく構ってもらえるだけでも、とても幸せだった。
「今までありがとう」
そういって僕は、必要なものをもって部屋を後にした。
30分後、九重家からの迎えがやってきた。まるで国会議員が乗るような高級車が、木竜館の前に留まっていた。
「行ってくるよ」
「気を付けてねハル!」
衣珠那姉貴が、出る間際に手を振ってくれた。いつもなら、なんてことない行ってきますのあいさつだけれど…………なんだか今日は、この先ずっと会えないような、そんな寂しい気持ちがふと沸き上がった。
そして実際、その予感は正しかった。僕が木竜館の人と最後に話した相手が、まさか衣珠那姉貴になるなんて、この時は全く思いもしなかったんだ。
××××××××××××××××××××××××××××××
その日の19:00ちょっと前…………僕を乗せた車は、九重邸に向かうやや細い路地を進んでいた。
大通りのほうから入っていくと、少し遠回りになる。だから、僕が九重邸とも久留生間を往復するときは、大体今の道を通っている。ただ、今走っている場所は、塀を持つ家が多い住宅街。若干見通しが悪くて、運転しているときは飛び出しに注意しなければならない。
「紫苑……喜んでくれるかな?」
僕の手元には、ちょっとしたラッピングがされた箱と、アレンジメントされた花籠がある。
この日は、特別な日じゃないけれども、そんな日だからこそ、最愛の人を喜ばせてあげたい。自分たちだけの記念日を作る……な~んて、カッコつけたりしてみる。
初めて九重邸に向かった時、奏さんの運転する横でずっと心臓がドキドキしっぱなしだったっけ。あの時からまだそんなに立っていない気もするし、結構な時間が過ぎた感じもする。今この胸にあるドキドキは、あの時のとは違う。初めの時にあったのは……不安。今僕の中にあるのは……喜び。同じドキドキでも、こんなに違うなんて…………
(そういえば、この辺って初めて来たとき迂回した気がするな)
ふと、初めて九重邸に向かった時のことが、僕の頭をよぎった。
確かあの時は、この辺を走っているときに、前の車がバイクと接触して…………しかもバイクが当り屋だった。あいつのせいで、僕は遅刻してしまったんだ。
ただ、一つ解せないのは、その当り屋…………ぶつかった後すぐに相手に謝罪したんだよね。でも、ぶつかられた車の持ち主がなんだかすごい怒ってて、僕たちはぶつかったときの証言をせざるを得なかったんだっけ。当り屋なのに、なんで下手に出る? まさかとは思うけれど、ひょっとして―――――――
「あっ」
「!?」
考え事をしていたら、車がいきなり急停止した!
「どうしたんですか運転手さん!?」
「いえ、てっきり人が飛び出してきたかと思いまして」
九重家専属の壮年の運転手さんが指さす先には、車のライトで照らされた、グレーのジャンバーとGパンが落ちているのが見えた。
――――――――――瞬間、轟音と共に、激しい衝撃が僕を襲った。
××××××××××××××××××××××××××××××
「ゲホッ、エホッ…………………うぐぅっ、何が起こった? 交通事故?」
真っ暗の中、上下左右すらもわからない状態で車の外に脱出した僕。
紫苑へのプレゼントは、反射的に体をかがめて守ったからか、何とか無事だ。けれども、乗っていた車を見れば、中型トラックに側面からぶつかられて、横転したまま壁に挟まれている。幸い、乗っていた車はとても頑丈な作りだったから、僕が乗っていた後部座席はほとんど潰れていなかった。けれども、運転席は直接ぶつけられたからか、かなり悲惨なことになっている……。
あちらこちらが痛む身体を引きずるように動かして、ようやくトラックの陰から路地に出た時―――――そこには大勢の人が、僕を待ち受けていた。
「なんだ、生きてたのか道重。さっき死んでおけば楽だったのによ」
「しぶとさも害虫並みだなオイ」
「九重様親衛隊の名に懸けて、貴様を……粛清する!」
ナイフの刃先が首筋めがけて襲い掛かってくる。それを僕は一歩踏み込んで右前方に回避、腕を絡めて関節を外し、動きが乱れたところを膝で金的、突き放って後頭部をアスファルトに打ち付ける。
「保村……小渕…………それに、見知った顔から、知らない顔まで………よくもまあ、こんなに集まったね。そこまでして…………僕の命を奪いたいの? そこまで……僕が憎い?」
「道重、お前のせいで、俺は彼女も失った。お前さえいなければ!」
「お前を殺せるなら、刑務所にだって行ってやる!」
かつて親友だった二人が、左右から襲い掛かってくる。小渕は柔道の、保村はキックボクシングの心得がある。プロほどではないにしろ、本気を出せばとても強い。
「狂ってやがる…………!」
さっき衝突されたときに身体を痛めたからか、繊細な動きが難しくなってきてる。しかも相手は、僕のことを本気で殺そうとしている。人から、本気の殺意を向けられるのは初めてじゃないけれど、捨て身の相手ほど厄介な敵はない。悪いけれど、あんまり手加減は出来ない。
まずはいったん後ろに下がって、二人の距離に差が出たら、まずは保村から繰り出される回し蹴りを瞬間的に屈んで躱して(こういうとき背が低いと便利)、軸足のほうに当身。よろけたところで次に襲ってくる小渕の掴みを、手首をつかんでひねり上げ、一気に引き寄せて顔面に手刀。保村がバランスを立て直してパンチしてきたら四方投げで肩関節を外す。保村はこれで攻撃力が急激に落ちたから、小渕のほうに追撃。脇腹の痛覚点 (肝臓の真上)をミドルキックで蹴り崩したところを肩口強打でとどめ。保村がまだ飛び掛かってくるから、引き倒してアキレス腱に踵落とし。
「ふぅ……ふぅ………二丁上がり」
戦闘開始からここまで15秒―――――くそう、やっぱり身体が思うように動いてない。
でもまだ、相手は後20人以上はいる……なかなか絶望的だね。人間が一度に相手できるのは、せいぜい5人くらいまでだ……こうなったら、敵のリーダー格を倒して、戦意喪失を狙うほかないな。
「っ!!」
不意に、後ろから殺気がしたと思ったら、背後からナイフを持った男が二人襲ってきた。一本は避けたけれど、もう一本は回避しきれないと判断して、ベルトがある場所で受ける。
「ぐっ……」
刺されたけれど、この程度のダメージなら許容範囲内。動きを止めずに回り込んで、相手の首を捩じれば、死ぬほどの痛みでのたうち回る。
(このままじゃ……本気で殺される! でも、やりすぎれば僕も罪に問われてしまう…………ちょっとでも前科が付けば、いや…………たとえ示談に持ち込んでも、九重家の関係者への印象がガタ落ちだ)
この時僕の頭の中に「詰み」の文字がくっきり浮かんだ。
正当防衛が認められるケースは、そうそうない。ちょっとでもやりすぎれば、たとえ殺されそうになっても過剰防衛だ。だから、僕の戦い方は、相手に血が出るような傷をつけないようにするし、骨もなるべく折らない。関節は嵌めればすぐに治るし、急所を打った激痛はそのうち収まる。まさに卑怯者の戦い方――――――でも、それにだって限界がある。
今がまさにその状態……いつもの戦い方をしていれば、僕はいずれ体力の限界がきて命を失う。かといって、ちょっとでも相手を傷つければ紫苑との縁談がなくなる可能性。まさに踏んだり蹴ったりだ。
「ちくしょう……っ! くそったれがっ!」
容赦なく襲ってくる奴らと闘いながら、僕は心から悪態をついた。
「いったい僕が何をした! 僕が幸せになるのがそんなに悪いか! 孤児の僕が! 生きていることが! 罪だとでもいうのかああぁぁぁっ!」
理不尽な状況に対する、やり場のない心の叫びが、僕の意思と無関係に口から飛び出す。
けれども、帰ってくる言葉は、さんざんなものだった。
「そうだ! テメーのせいで、どれだけの人間が迷惑していると思ってんだ!」
「死ね! 死んで九重様にお詫びしろ!」
「親なしのクズが! 生まれてきたことが間違いだったと教えてやる!」
言葉と拳の応酬で、僕の心は徐々に壊れていく…………死ねと言われるたびに、親なしと罵られるたびに、僕が心の底に封じていた、どうしようもない残虐性が――――――首を擡げる。
(生きるべきか、死ぬべきか)
僕にはもう希望はない。きっと生き残っても、九重家からは拒絶される。こんなに恨みを買う人間がいたんじゃ、九重家に悪影響だ。紫苑さんが許しても、ほかの親戚が黙ってはいないはずだ。いや、それ以上に九重家のライバルに、攻撃材料を与えることになりかねない。そして、そこまでしたとしても、相手に致命傷を与えてない以上、こうした襲撃は何度も続くだろう。それこそ、海外にでも逃げない限り、安心して生活できなくなる。
だったら…………もう、ここで死んだほうがいいのか。そうすれば、少なくとも僕は完全に被害者で、逆玉の輿の直前で命を落とした、運のない奴って言われるだけで済むよね。どうせ僕には、高すぎた望みだったんだし、生きてちゃいけない孤児が死ぬのは自然なことなんだろう。
……
…………
………………
あは、
ははは
何言ってんの?
人の幸せを妬んで殺そうとするようなどうしようもない奴らのためになんで僕が死ななきゃならないの?
僕が死んでもざまあみろって笑われて終わりでしょ?
今は平安時代じゃないでしょ? 平民と貴族が結婚しちゃダメなんていう法律はないよね?
こんなしょうもないやつらに殺されるなんて御免だね
九重家に絶縁される? 結構、どうせゼロに戻るだけさ。
せっかく受かった月臣学院から入学取り消し通知? 結構、中卒でも生きていけるさ。
竜舞流護身格闘術基本理念其の一、何はなくとも生き残れ
竜舞流護身格闘術裏理念其の一、敵は徹底粉砕し再起不能にせよ
僕の身体よ。殺人罪だけは回避せよ。
以上
「しねぇっ!」
顔に向かってきたパンチを受け流し、伸びた腕をつかんで手刀を振り下ろす。骨が折れる感触がした。
「がああああぁぁぁぁぁっ!」
「てめぇっ! よくも!」
「こいつを抑えろ!」
「30対1で勝てるわけないだろ!」
バカヤロウお前、僕は勝つぞお前!
寿実と奏さんが僕に授けてくれた竜舞式護身格闘術は、表向きは合気道だって言っているけれど、合気道の本場の人が見れば、きっと鼻で笑われるだろう。本来の合気道は、ほかの武術……すなわち空手や剣道、ボクシング等をマルチで高レベル修得して、初めて最低限の基礎技術を学べる。それくらい敷居が高くて、かつ難しい武術だ。僕が取得している技術は、はっきり言って猫騙しもいいところ。
でも、僕は高校生になって、なんとなく習っていることの真髄の一端が見えてきた。
これは武術じゃない。暗殺業だ。
寿実の持つ整体医術の知恵と、奏さんが体得した心理学。この二つがたどり着いた境地は、最小限度の威力で敵に最大限の苦痛を与える方法。相手の動きを見切り、急所を攻撃し、身体よりも心理的なダメージを与える。なんとも残酷で…………なんとも非道な技。気づかないうちに僕の身体は、一撃で人を殺せる域に達していた。そして奏さんから教わった技術は、相手を間違って殺さないように手加減するためのもの。
実戦で本気を出すなんて、小学校の時以来だな。
「ああああああぁぁぁぁぁっ!!」
僕はオオカミのような奇声を上げて、敵のリーダー格の前の敵の排除にかかった。
相手は一瞬驚いていたけれど、ひるむことなく立ち向かってくる。さすが親衛隊を名乗るだけあって、ゆがんだ忠誠心は立派なもの。
「げっ!?」
「ぎゃぁっ!」
軸を捻じ曲げてバランスを崩したら、顎砕き、乳紋突起強打、脊髄打ち、脾臓責め、腿砕き
「ごふっ!」
「あぐぅ……っ!」
「はっはっは、腕折れて痛い? 人間の身体は210くらい骨があるんだ、1本くらい平気でしょ」
人間の身体は想像以上に脆い。特に痛みは訓練するか遮断するかしないと、堪えられない。
逆に僕は、脳内麻薬が出まくっているせいか、痛みが気にならない。ボロボロだけれど、何とかごまかしつつ強引に動かしていく。
「かなり、やる。だが、その程度で私は倒せぬぞ!」
「それはどうかな!」
10人以上倒して、ようやっとリーダーを自分の前に引きずり出した。
すごい体格だ……身長は2メートル以上あるんじゃなかろうか。おそらくフットボール選手だ。きっとアメリカの名門学校には行っても、レギュラーを張れるだろうな。けど、こいつを倒せば、敵の指揮系統は乱れるはず!
まるで重戦車のようなタックル! が、残念ながらそれは悪手。前傾姿勢の相手は僕にとって、カモに過ぎない。
「たっ」
「ヴ!?」
身を屈めて相手の内側に入り込んで、突進力を利用して投げる。武道の心得がない奴は受け身が取れないから、アスファルトに叩きつけるだけで大ダメージだ。起き上がる前に、三方から襲ってきた取り巻きを、うち二人を首根っこ掴んで引き倒し、一人は肩を顎に当てて衝撃を与える。ああ、舌かんじゃった? ご愁傷様。倒れた二人は裏太腿を蹴って激痛を与え、一時的に立てないようにする。ボスが起き上がろうとしてたから、ローキックで耳の裏の乳紋突起を強打して平衡感覚を失わせる。
「帰れっ! 二度と僕の前に姿を見せるな!」
「ぐわっ! ぐわぁっ!」
こいつは強いから念には念を入れて、肋骨と足首の骨を踏み砕いておく。これで戦闘不能だ。
「ふ………ぅっ、どうだ見たかっ! お前たちのリーダーは再起不能だ! これ以上やるなら容赦しないよ」
これでいい。僕はきっと今、すごく悪い顔をしているに違いない。でも、これで戦闘が終われば……
「まだだ! お前を殺すまで、俺たちは何度も立ち向かう! 正義は不滅だ!」
「こんな残虐な奴を生かしておくべきか!」
「死ね! 悪党!」
あ、あれ…………おかしいな。
てっきり烏合の衆だから、リーダーさえ倒せば散っていくと思ったんだけどな。
あれ……あれれ? どうして君たちはそこまでして戦うかね?
何がそこまで、君たちを突き動かすのか?
自分の命を捨てでも、他人の幸せが我慢ならないのですか、そうですか。
「ふざけやがってええぇぇぇぇっ!!」
頭に血が上った僕は、やけくそになって近場の奴から次々に仕留めにかかった。
この時の記憶は今は残っていない。思い出そうとしても頭真っ白で、何をどうしたのか全く覚えていなかった。
××××××××××××××××××××××××××××××
「う………ぁぅっ、けっほっ……い、生きてる…………僕生きてる」
もうどれだけ時間がたったのかわからない。でも、最後に立っていたのは僕だった。
さすがに体の動きが鈍ってきたせいか、切り傷が十か所以上できていて服は血まみれ。顔にはいくつもの痣があるだろう。幸い、傷は浅いし、今後の生活に支障をきたす箇所はなさそうだ。
「やれやれ…………分不相応な望みを抱いた結果が……これか。なんとも下らない幕引きだね」
結局、自分の命を守るためとはいえ、骨を折る重傷者を数十人単位で出してしまった。これで無罪で済むはずがない。下手すれば、残りの人生は慰謝料を払うために費やす必要があるかもしれないね。
ああ、僕はどこで道を間違えたのだろう。
紫苑と会わなければよかったんだろうか? それとも僕の修行不足か? いっそのこと生まれてこなければよかったか? なんてね、何もかも後の祭り。あとはなるようにしかならない。
「まずは……救急車を呼ぼうか。運転手さんはもう助からないだろうけれど、交通事故の処理はきっちりしないと」
僕はポケットから携帯電話を取り出すと、119番を押した。
2コール目で、女性の方が電話に出てくれた。
『火事ですか?救急ですか?』
「交通事故と喧嘩が起きました。負傷者多数です」
『負傷者多数ですか!? 場所はどちらに?』
「場所は――――――がっ!?」
背中に強烈な痛み! 熱いものが流れる感触……!
ショックでその場に携帯電話を落とした……拾おうとしたその時またしても
「ご……ふ」
『もしもし――――もしもし――――』
二撃目が腰に刺さる。何が起こったのかわからない僕は、震える身体を何とか後ろに向けた。激痛と、失われゆく血液の感覚にもがき苦しみながら、目を向けたところには…………
よく知った、眼鏡をかけた秀才が、虚ろな目で、鋭いナイフを両手で構えていたのが見えた。
「そん……な…………徳間……おまえも………か!」
光を失いゆく意識が途切れる直前、僕の胸に突き立てられるような衝撃を感じた。
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