転生して気ままな人生を過ごしたい? だが断るっ!

南木

祈りの対価(10年分)

ここは牢獄。

 窓からわずかに差し込む月の光だけが、部屋を照らす明かりになり、まるで岩の中にいるかのような冷たい空気が、僕の身体に染み込んでくる。かつて過ごしていた世界とは、頑丈な鉄格子で隔てられている。暖かな暖炉や空腹を満たしたパン……それらの恩恵に、僕は預かることはもうできない。

 失って初めて、自分が今までいかに恵まれていたかがわかった。すべてはもう遅いけど。


「神よ……僕は正しく生きたのでしょうか?」


 僕はただ祈る。

 何が正しくて、何が間違っているのか、それは遍く天地を司る存在である神の決めること。


「もし、僕が至らないのであれば、この身は冥府に落ちましょう。ですが……正しい行いをしたと評価してくださるなら、天国の扉へとお導き下さいますよう……」


 体のあっちこっちが痛む。喉が渇く。跪く足に床石が食い込む。

 だからこそ僕は、ただひたすらに祈る。

 少しでも救いを求め、一心に祈る。


「神よ…………どうか」









『そろそろよさそうね』




「…………えっ!?」


 どこからか女の人の声が聞こえた。

 今まで聞いたことがない、透き通るような――――


 気のせいだろうか?

 あたりを見回しても、人の気配はない。

 いつもそばにいてくれる侍女や護衛、それに牢番も、ここにはいないというのに。



『私の姿が見たい? 見たければ見せてあげるわ…………10年ぶりにね』



 声がまるで頭の中に直接響いてくる。

 それと同時に、僕の目の前に白い光が集まり始めて、人の形になったと思ったら、すぐに光がはじけた。

 暗闇に慣れた僕の目にとって、その光はあまりにもまぶしすぎた。一瞬目を閉じたけど、ゆっくりと瞳を開ければそこに、とても奇麗な女性が――――――

 いいや、彫像や絵画で何度も見てきたけれど、御姿がここまで美しいとは―――――僕は感動のあまり、一言発するのが精いっぱいだった。


「…………あなたが神か」

『いかにも』


 おお―――――――ハレルヤ!

 僕の前におわしますは! 間違いなく! 唯一無二にして、神羅万象、天上天下、遍く全てを司る――


 【絶対神】リア様!



「ああ、リア様! 大いなる我らの母よ! このような姿で迎えることをお許しください!」


 このような薄汚れた格好で出迎えることになったのは大変申し訳なく思う。

 だからこど、誠心誠意心を尽くして、絶対神様の降臨に感謝しよう…………



『ふーん……あんなのが、こうも小さくまとまっちゃうなんて、ちょっと信じられないわね』

「は……………え?」



 …………何かおかしい。

 絶対神様を疑うわけではないけれど、なんというかその……口には出せないが何かがおかしい。


『その顔を見ると本当に何も覚えていないようね。ま、当然か』

「いったい何を――――――」


 何を仰っておられるのか……思わず口に出そうになった時だった。

 リア様の白く輝く右手が、跪く僕の頭に触れた。その瞬間――――


「え………え? ぁ……」


 突然、頭の中に膨大な記憶が溢れ出した。

 まるで決壊した堤防から、激流が奔るように、身に覚えがない風景や人物が……


 身に覚えがない?

 いや、これは「僕」の記憶?

 孤高という名の孤独、明日をも知れぬ平和な日々、そして初めてできた世界一守りたい人――――



 そうだ。

 僕はあの日命を落として、そのあと目の前の女の人があらわれて…………


 じゃあ、目の前のこの風景は? 今までの10年間の記憶は?



 僕は必死に記憶を辿った。自分の中に2つの記憶があることを知る。そして自分が何者「だった」かを知る。



「ば、馬鹿な……」



 わなわなと見つめた僕の両手は、なさけないくらい小さく綺麗だ。

 そのうえ、今の境遇は……



『思い出したかしら? おめでとうハルロッサ……いやハル。 約束通り、10歳の誕生日の今日、最高のプレゼントをあげるわ』

「ふざけるなああぁぁぁっ!!」


 ついさっきまで崇拝していた対象に、僕は力いっぱい抗議の声を上げた。


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