白昼夢
はとぬこ
蕾が花開くまで
私は今日も夢見てる。
例えば、通学路で運命の人と出会うこととか。何とも思ってなかったクラスメイトに心惹かれるとか。教室の奥、窓際の席から見える桜の木々に蕾がつく前に、その“誰か”に恋することを夢見て、毎日授業を受けている。
「また辛気臭いツラしてんな、祐里は」
「それ、女子に対する言葉としてどうなの」
「まあまあ、元気だせって」
ハハハ、と笑いながら目の前の席に腰掛けてこっちを向く彼。相変わらず朝から元気だなー、と肩を落とす。今日は寝癖が随分とひどいけど、それは指摘しないでおこう。
「んで?何かあったわけ?」
ずいっ、と机に乗り出して彼が聞く。
ニヤニヤしやがって、面白がってるな此奴。
「…なーんも!無事第一志望合格しましたー!」
わざとおちゃらけて満面の笑みをしてやれば、彼は眉間に少し皺をよせた。
「いいなあ、私立ははやく終わってよ」
「その前に言う言葉があるんじゃない?」
「へいへい、合格おめでとう」
「雑!」
強めにデコピンをすれば、笑って平謝りしてくる。まったく、私のことなんだと思ってるんだか。まあ、知ってるけど。
「それより、あんま無理すんなよ」
急に真面目な顔に戻って、彼がため息をつく。ふいと顔をそらして頬杖をついた。
「…何が?」
正直、今は触れてほしくない話題。
どこから情報を知ったんだ、この男は。
彼が次の言葉を飲み込んで、呆れを含んで私の顔をじっと見てきた時に、タイミングよく教室の扉が開いた。
「あ、祐里、蓮おはよ。」
「おはよう、花菜」
私の親友がすぐさまぐしゃぐしゃと頭を撫で回す。もう、朝からなんなんだ。
「なーに?また二人でイチャイチャしてたわけー?」
けらけらと笑いながら親友の彼女は彼を小突く。いつものことだけれど、蓮はこれを何とも思ってないのか。
「幼馴染で話してただけだよ。
それに蓮はあんたの彼氏でしょうが」
まったく、一応彼氏のくせに、彼女にこんなこと言われていいのか此奴は。
「えへへ、まあ、そうなんですけど。」
「…自分で言っといて照れてんなよ」
蓮も十分耳が紅く染まってるよ。
本当、素直じゃないんだから。花菜は花菜で口元を手で覆ってるし。わなわなと震えてる花菜が蓮を睨む。もちろん照れ隠しだろう。
「うるさい蓮のアホ!寝癖ひどいくせに!」
「…はっ!?」
慌てて髪を触る仕草に思わず爆笑してしまった。そうだ、彼は自分では気づいてなかったんだった。
「なんで祐里言ってくれなかったんだよ!」
未だ腹を抱えて笑う私に、蓮が何度も髪を気にしながら叫んでくる。ああもう、本当にお腹痛い。
「だって面白いじゃない」
「はあ!?」
平然と言ってのけた私にとうとう花菜まで吹き出した。とうの本人はものすごい剣幕をしてる。
「ふふ、しょうがないなー。」
花菜が櫛を制服のポケットから出して蓮に近寄ってく。貸してみ?なんて言って蓮の髪を梳く姿が微笑ましい。
「サンキュ。」
「放課後デートで許してあげる」
「わーったよ、どこがいい?」
「最近出来たカフェ!」
私はその光景を眺めながら頬杖をつく。
仲良しで大好きな2人が付き合うのはすごい嬉しい。高校3年間、カップルを続けてるからもはや夫婦みたいだ。学年公認、いや学校公認の2人の仲。
「…いいなあ」
思わずこぼれた本音は、蓮の笑顔が救ってくれる。
「いつか祐里にも彼氏できるさ」
「なーにその上から目線。…ムカつく。」
「はいはい」
泣きそうになる私に蓮がぽんぽんと頭を撫でた。そんなことしたら後ろにいる花菜が嫉妬するよ。今日だけは許してくれそうだけど。
「ほらー、お前ら席につけー。」
聞きなれた声にひどく胸がきしんだ。
よほど私の顔が歪んだのだろう、花菜が私に何か言おうとして、口をつぐむ。
ああ、ダメだ。その優しい声は私をダメにしてしまうというのに。
「おーい、また2人でいちゃついてんなよ、そこ。」
「へーい。」
蓮が姿勢を前向きに戻して、花菜が廊下側の席に移動してく。ふいに前に向けた視線がかち合って、彼の人から目線をそらされる。
──先生。
もう、私のこと見てくれないんですね。
一度離れた距離は、2度とあの頃のように縮まることは無いんだろう。きっと、卒業までの数ヶ月、数週間でさえ、長く感じてしまう私は末期なのかもしれない。
朝のHRが着実に進んでいく中、私は黒板なんて見れなくて窓へ向く。彼を好きになった高校3年間、その間の思い出も、こないだ触れた手も、記憶のすぐ側にあるのに。
“祐里?──放課後準備室においで”
泣いていた私に温かいココアと優しい言葉をかけてくれたこと。
“いつでもここに来ていいから。
1人で抱え込むなよ”
自分だって悩んでるくせに、そうやって頭を撫でるところとか、ほっぺにある特徴的なホクロとか。たまに見せるくしゃっとした笑顔も。
“こーら。それはダメだって。
……ああもう、内緒だからな。”
辛いから、どうしようもないから、貴方に触れたいと駄々をこねた時は、困ったなって笑いながら手を繋いでくれたっけ。
“祐里には他に素敵な人が居るよ。
もっと自分のこと大事にしな”
先生と生徒。その枠組みの中で縮めた距離を壊したのは私からで。最後まで大人と子供のまま、優しすぎる、そして恋する少女にはあまりにも残酷な人だった。初めて好きになった人。そばにいて欲しい、そばにいたいと願った人。求めすぎた代償は、ひどく大きい。
「…大丈夫か?」
合格報告と共に告げた昨日、私の想いは淡く散っていった。蓮の声にHRが終わった事を知る。
「うん、平気。」
先生が教室を去ったことを知って、蓮に見栄を張った。幼馴染にも今は、頼れない。まだ言葉に出来ないんだ。話すと涙が溢れてしまうから。
「そうか。」
何か察したのだろう蓮の声とともに始業のチャイムがなった。
私はまた景色を見ながら、夢見てる。
先生を思い出にできるように。
彼に恋した心を忘れられるように。
願うならどうか、幸せな想いとして高校に置いていきたい。
──だから、今は叶わないけど夢見てる。
いつか、“誰か”に恋することを望んで。
白昼夢 はとぬこ @hatonuco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます