セイント・エクスカリバー

九里方 兼人

第1話


「おい! 猫が外に出てんぞ! ちゃんとオリに入れとけよ」

「ごめんなさーい」

 茶髪の言葉にお嬢さんがワガハイを抱き上げた。

 いつもなのだ。いつもこの茶髪が家に来るとワガハイはケージに入れられる。

「おい撫でるな。毛が飛ぶ」

「ごめんなさい」

 ケージは窮屈だ。

 トイレもないし。

「ごめんね。エクスカリバー、ちょっとの間我慢してね」

 お嬢さんはワガハイをケージに押し込む。

 ワガハイはお嬢さんの言う事には素直に従う良い子なのだ。

「さっさと捨てて来いよ。この前捨てるって言ったよな」

「だってー、貰い手見つかんなくて」

「保健所へ連れてけよ」

「かわいそうじゃないー」

「お前オレと猫とどっちが大事なんだ」

「そんな事言ったってー」

 茶髪の言っている事は分からないが、お嬢さんはいつも困っているようだ。

 でもコイツが来る前は楽しそうだし、困りながらも喜んでいる事はワガハイにも分かる。

 お嬢さんが喜ぶのは良い事だ。

 ワガハイはお嬢さんの笑顔を守る為にいるのだ。

『いいザマだな。勇者』

 む。また来たな。お嬢さんの笑顔を奪わんとやってくる悪魔。

 だがこの家はワガハイの結界によって守られている。

 結界がある限りここには入って来られない。

『儂は土地に流れる龍脈の気を吸って力を増す。この地の精気がワシには必要なんじゃ。土地が枯れれば、そこに住む者は不幸になるがな』

 そうはいくか、とワガハイは結界に張り付く悪魔に向かって聖なる咆哮セイント・シャーを放ってやった。

「おい、またコイツ何もないトコ威嚇してるぞ」

「猫はそういうもんなのよ」

「気持ち悪いぞ」

 聖なる咆哮セイント・シャーでは大した効き目はない。

 お嬢さんの為に結界を守らなくては。

「おい! コイツここにおしっこしてんぞ!」

「ええ? 本当? ああ! お気に入りのクッションだったのに」

「何か臭いと思ったら。早く捨てて来い」

 お嬢さんがベソをかきながら部屋を出ていった。

 なんて事だ。

 また結界が一つ失われてしまった。

 このままでは、悪魔が入ってきてしまう。

『クハハハハ。もうすぐだな。もうすぐここは儂の物になる』

 ふん。こんな事もあろうかと、さっき新しく結界を張っておいた。

 だがそれが破れてしまったら、ヤツはここに入ってくるだろう。そうなったら……。

「はい、もしもし。ああ郁子か。大丈夫だよ。今日の夜? いいよ、じゃあ」

「い、今の。誰?」

 戻ってきたお嬢さんは何か驚いているようだぞ。

「ああ、友達だよ。なんか問題ある?」

「ううん。あの……、今目玉焼き作ってるから。今日泊まっていける?」

「お前他のモン作れないのかよ。今日はダメだよ。友達と会う」

 何を言っているのかはワガハイには分からないが、何やら問答を始めた。またお嬢さんが困っているようだぞ。

 でもこの茶髪はお嬢さんにとって大事なようだからな。ワガハイはお嬢さんの大事な物も守らなくてはならないのだ。

「お前ウザイな。もうその友達と付き合おっかな。それなら問題ないだろ?」

「あ、ごめんなさい。ごめんなさい。悪い所があったら直すから。お料理もちゃんと勉強するから」

「じゃあ、今から猫を保健所に連れて行け」

「そんな……」

「猫がいたらオレ泊まれないよ。友達んとこ行く。そのまま仲良くなるかもなー」

 お嬢さんはしばらく泣いていたようだったが、ワガハイの元へやってきた。

「ごめんね。……ごめんね、エクスカリバー。きっといい飼い主さんが見つかるからね」

 ケージが開いた。今日は随分と早く出してくれるのだな。

 「お気に入りのオヤツあげるからね」

 なんと!? ワガハイが唯一理解する事が出来る単語が聞こえたぞ。

 ワガハイはお皿の前で良い子にして待つのだ。

「おい! コイツ、オレの上着におしっこしてんぞ!」

 茶髪が取り上げたそれは……。マズい、最後の結界が!

『フハハハハ。結界敗れたり』

 くっ。そうはさせるか。かくなる上は。

「こいつ。もう勘弁ならねぇ! いくらしたと思ってんだ!」

「ふぎゃっ!」

 何をする放せ! 悪魔が、悪魔が入ってしまう。

 地脈に入られてしまったらもう引きはがす事は出来ない。

 土地と一体化する前に追い出さなくては。

「ちょっと! 止めてよ」

 茶髪はワガハイを振り回して叩き付ける。痛いし目が回るのだ。

「どうせ殺すんだ。今殺しちまえ!」

「そんな……、殺すなんて。わたしあなたの暴力を振るわない所が好きなのに」

「ああ? 人間には振るわねぇよ。ドーブツ痛め付けてるからバランス取れてんだよ」

 尚も茶髪はワガハイを振り回す。

『ハハハ。間もなく儂はこの土地と一体化する』

 もう……、ダメか……。

「あぢぃ!」

 茶髪はワガハイの体を放した。

 お嬢さんが焦げた目玉焼きを張り付けたフライパンを持って立っている。

「な、何しやがんだお前。痛っ! 熱っ! 痛っ!」

 とにかく助かりましたぞお嬢さん。

 ワガハイは爪を出し、聖なる光を集中させる。

「バ、バカな。それをやればお前の体にも負担がかかるのだぞ。たかが人間の為にそこまで」

 もとよりお嬢さんに捧げた命。惜しくはない。

「痛、熱。お前なんか別れる!」

『寿命を縮めるぞ!』

「望むところよ!」

 望むところだ。

 お嬢さんはフライパンの柄を握り締め、ワガハイは爪を目一杯開いた。

「出てけ!」

 出てけ!

 カーンという音と閃く閃光。

 悪は去った。



「ごめんねー。エクスカリバー」

 ワガハイの喉が鳴る。

 しばらくは聖なる力が使えないが、その間悪魔も寄り付かないだろう。

 結界も新たに張っているし。

「ああー。またこんなトコおしっこしてー」

 大事な結界だ。そこから動かしてはならぬぞ。

「こいつめ。お仕置きだー」

 にゃにゃにゃにゃ、何をする、止めなされ。

 くすぐったいぞ、お嬢さん。


 にゃにゃにゃにゃにゃにゃ。



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セイント・エクスカリバー 九里方 兼人 @crikat-kengine

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