24 ドキドキ時々ランタン
どこまでもテンションが高いナイン。
どこまでもテンションが低いユウト。
2人はおばけが徘徊する屋敷内をうろついていた。
順路の看板などは無いが、一本道で迷う事は無い。地図なんかが無くとも、迷う事はありえなかった。
「ねぇユウト。ここ10年の事、教えてよ」
「……おばけ屋敷は堪能しなくていいのか?」
「するよ! するけど、こうでもしなきゃ、2人きりになれないじゃない」
「ああ、たしかに」
そこかしこから驚かす目的で飛び出すおばけ達を完全に無視して、ナイン達は会話に花を咲かせた。ナインが死んでしまってからの10年の話である。
この世界の住人がいる前で、堂々と前世の話をするのはどうなのだろうか。というわけで、実に一ヶ月ぶりの前世トークである。
クロウがいても話せるが、肝心のクロウはおばけ嫌いでここに来ていない。
加えて、クラスメイトの近況――といってもあくまで前世の話だが――が話題だと、歳の離れているクロウは話に置いていかれる事必至だ。
クロウはナインのクラスメイトからかなりかわいがられていたので、実はユウトよりもいろいろな情報を持っているのだが……それは、ナインもユウトも知らない。
というわけで、ユウトは様々な話をした。
たとえば、ナインの家族の話。
たとえば、ナインのクラスメイトの話。
たとえば、世界が崩壊する時の話。
簡潔に、それもナインに配慮して酷い内容の物は避けた話だった。だが、それでも、ナインは耳を澄まして、笑顔で聞く。
ユウトの一言一句を、決して零して余さないように。
その全てを、記憶に深く刻むように。
「じゃあ、やっぱり、みんな社会人になったんだね」
「まぁ、20歳だから、一部は大学に通っていたがな。俺もそうだ」
「でもそれは、一部ならもうお仕事をしていたって事だよね……いいなぁ」
ナインはそう言って、拗ねてしまう。
そんなナインに、ユウトは苦笑を浮かべた。
「言っておくが、俺達の中ではナインが社会人一番乗りだったからな? 未成年でバイトじゃない、ちゃんとした仕事をしていたのは、ナインくらいだ」
「……あー、そうだね。そうだったね」
ナインは歌姫、もとい歌の女王だった。僅か10歳にして、芸能界の頂点の一角を担っていたのだ。立派な社会人である。
一方で、当時のユウト達はまだ10歳の子供。バイトも出来ない、ちょっと頭がいいだけの子供だ。
10年の差があって、ようやく追いつけたのである。
「そうだけど。うーん。やっぱり、羨ましいよ。同僚とか、先輩とか、後輩とか、いたでしょ?」
「ん。まぁ、そうだけど」
「私は、うん。いなかったよ。あそこには、いなかった」
頂点とはそういうものだ、とナインは作り笑いを浮かべる。
先輩や後輩といった者はいたが、頂点は同列が存在しない。普通ならいるであろうライバルさえ、いないほどの実力をナインは持ってしまった。
好きで上手なだけで、誰も隣に立てなかった。
「……そう、か」
空気が重苦しくなった事で、ナインはハッとなる。元々楽しむために雑談を始めたというのに、自分から雰囲気を暗くしてしまったのだ。
ナインはパッと明るい笑顔を作った。
「ねぇ、ユウトは大学生、だったよね?」
「ああ」
「大学ってどんな所? 高校の校舎くらいなら、ちょっと見たことはあるけど」
「そうだな。他は知らないが、私服OKの学校だったな。講堂が広くて――」
横では精一杯おばけ達が驚かそうと奮闘している。
白く半透明な一つ目おばけ。不気味なオーラを纏う木杖。コウモリの羽を持つ醜悪な見た目の生物……。それらの全てが、全く驚いている様子のない2人の周りでわちゃわちゃしている。
しかし、2人は2人だけの雰囲気の中で、ゆっくり歩いていった。
そうしておばけをスルーすること15分。
広い屋敷内で、ナイン達の歩みは速まっていた。
あと10分ほどで始まる花火に遅れては、元も子もないためである。
「ねえ、広いよね?」
「ああ。広いな」
「もう走らない?」
「良い提案だ。ただ、歩幅の関係があるから、担がせてもらうぞ」
「何それ面白そう!」
ナインの心情最優先。
ユウトは軽いナインをお姫様抱っこして、走る。
ナインのテンションは、それだけで最高潮に達した。お姫様抱っこは上品で貴族っぽいのに、とんでもない速度で景色が流れるのだ。
一種のアトラクションだと思うと、それだけでワクワクした。
なかなかの疾走感である。
「あ、見てみて、かぼちゃのランタン!」
「そうだな……」
「おぉ、一反木綿……あ、違う。魔法の絨毯!」
「アラビアンナイト風か」
「あ、かぼちゃのランタン」
「もう5回くらいは出てきていないか、それ?」
走りながら、ナインは周囲を眺め見る。狭い廊下で次々と出てくるおばけの観察である。
よく見れば、あまり同じおばけは出てきていないようだった。
「あははは、ゾンビがいるー!」
「怖そうな要素には粗方手をつけているのか?! ジャンルがバラバラだぞ」
「あっ、かぼちゃのランタン」
「またか?!」
珍しく何度も出てくるかぼちゃのランタンに、ユウトは目を見張る。
小さめのかぼちゃに、目と鼻とギザギザの口が彫られ、くり抜かれた中身の代わりに煌々とした炎が輝いている。頭には蓋があり、ランタンが動く度にカタカタと浮かんだり嵌ったりを繰り返す。
そのかぼちゃのランタンから、炎がひとかけら、零れた。
零れた炎はナインの手にかかる。ほんのひとかけらだけだが、普通なら大火傷をするほどの火力だ。軽い火傷を負って、ナインの真っ白な肌が赤くなった。
「あっつい」
「は? 幻覚じゃないのか?!」
「んん。あ、これ本物だー」
幻覚耐性を無効にまで引き上げて、ナインが見た結果。
カラカラカラと笑うそれは、本物。
本物の、モンスターだった。
「あれ、何で結界内にいるのかな」
「そんな事より、逃げるぞ!」
「えー、何でか調べなきゃ……」
「花火!」
「そうだった!」
……。
モンスターよりも花火を優先する。
それがナインの心情最優先。
花火を見逃すことは、ナインの機嫌を著しく損なうのだ。
それは、すぐ倒せるであろう小さなモンスターよりも、ずっと危険である。
と、いうわけで。
「また今度ね~」
「急ぐぞ!」
のんきに手を振るナインが、ランタンの穴の目に映る。
ある意味異常事態であるはずのモンスター発生に、大して驚かないナインとユウト。彼等はちゃんと花火に間に合った。
しかし。
『――……ふぅん』
かぼちゃのランタンが数体、1人の少年の元に集まる。
少年は、炎のように煌く橙色の瞳を揺らして、駆ける2人を見つめていた。
白に水色のグラデーションがかかる髪。濃いオレンジ色の瞳。季節外れの青いマフラー。
かぼちゃのランタンが一体近付き、真紅のキャスケットを手渡した。もっとも、ランタンに手などないので、少年がランタンから受け取っただけであるが。
クセ毛にキャスケットをかぶせて、少年は笑みを深める。
その瞳には、怪しげな炎が揺らめいていた。
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