23 とどのつまり情けない


 おばけ屋敷の前、変装したナインはともかく、変装など何もしていないユウトが、並んで立っていた。


 場所はおばけ屋敷前。龍用に用意した屋敷をまるごと1つ使った、豪華なおばけ屋敷である。


 受付嬢をしている少女が、ユウトを見て緊張していた。ナインは昨日と服を変え、キャスケットもかぶった変装なので、大変気付き難い仕様となっている。……だが、有名人となったユウトは、事前準備も無しに変装など出来るわけも無く、そのままの姿である。


〝万が一にも粗相があってはならない〟


 その思いがよりいっそう、彼女の身体を縮こまらせていた。加えて、彼の隣にいる「少年」には見覚えがないものの、身分の高いユウトと共にいるのだ。特別な存在に違いない。


 ヒュミアの平民で、バイトとして雇われただけの彼女は、龍信仰宗教の信徒である。人間ですらない彼等に、異様なまでの神々しさを抱いていた。

 龍より序列が下とはいえ、アステラーザ龍王国が同格と認めているからこそ、国章には狼があしらわれているのだ。その狼であるユウトに、敬意を払わないわけには行かない。


 そういった理由から、本当、かわいそうなほどに、受付嬢は緊張していた。


 さすがに新築を古びたように見せるのは難しく、幻覚を使っている。そのため、幻覚に耐性のある者は、原則入ってはならないルールがあった。


 しかし耐性はある程度抑える事が出来ると、ナインもユウトも知っている。

 ためしに耐性を低くすれば、先程まで何の変哲も無い豪華なお屋敷が、一気に雰囲気たっぷりの洋館へと様変わりしていた。


 しかしナインはそんなおどろおどろしい雰囲気などものともしない。

 実はユウトも若干、おばけ屋敷は苦手である。ナインが勝手にどこにも行かないよう見張るなら、ユウトが適任だろうという事で、付いてきただけだ。


 気は進まないが、ナインがずんずん先へ行かないようにするためには、ずっと腕をつかんでいなければならない。


 満面の笑みで目をキラキラと輝かせるナインを止められる者はいない。

 だが、ある程度抑える事は出来る。

 そしれそれが出来るのは、今日集まったメンバーの中ではユウトだけ。

 それだけ。


 ……。

 下心など、無い。


 無いったら、無い。


「うん、あるわけがない」

「それはそれで男が廃るというものだが」


 ユウトの呟きを横で聞いていたシュンが、冷えた目をしてユウトを睨んだ。


「俺にどうしろと?」

「相手はナイン様なのだ。我々側近がそのような邪な気持ちを抱いてはならない。……というのが一般的な考え方だろうが、ユウト殿であれば、抱いてもおかしくは無い」

「はあ……」


 大真面目な顔で何という話をするのか。

 ユウトは、力いっぱいシュンを睨みつける。


 しかしシュンは動じない。彼はユウト達と違い、幼体の1つ上、成体なのだ。シュンがユウトを見る目はまるで、小さな弟を見守る兄のそれであった。

 ユウトはそれに気付いていなかったが、いくら言ってもダメそうだとは察する。


「ナインはまだ幼体だぞ……」

「それを言ったら、ユウト殿も幼体ではないか」

「う。何でそれを」

「ナイン様が、ユウト殿を幼馴染と公言しているだろう? ナイン様もその弟君のクロウ様も、感じる力は強大だが幼い。もちろん、ユウト殿もだ」

「いや、幼馴染って。そうだけど……はぁ」


 前世でも今世でも、幼馴染である事に違いは無い。

 このメンバーで、この状況で、暴走するナインを止められるのはユウトただ1人。それを否定する材料は何一つ無いのは確かだった。


 だがしかし。


「俺1人で止められるのかは、また別問題なんだよな……」

「ん、何か言った?」

「いや、何も」


 火を見るより明らかにワクワクしているナインを見て、ユウトは溜め息を禁じえない。


 あぁ、また振り回されるのか。

 そういう溜め息である。


「あ、あの、その。ご、ご来店誠にありがとうございます。に、にに、2名様でよろしいでしょうか!」


 緊張から遅れに遅れた挨拶。所々噛みながらも言い切った受付嬢からは、少しだけ緊張が解けた。とりあえず、最初の業務だけは言えたからだ。


「ああ。入るのは俺とこいつだけだ」


 ユウトにとっても初めて店を利用したことになるので、緊張はしていた。しかし自分以上に緊張していた受付嬢のおかげで、淀みなく話せた。


「お、大人1人で500クランド。15歳以下の子供の場合は300クランドとなります。えっと。800クランドをちょうだいいたします!」


 受付嬢は緊張の面持ちで、客であるユウトに話しかけた。


 厳密には、ユウトもナインもどちらも幼体で、600クランドが正しい。

 だが、訂正しても身長や力量で大人と子供を分けていては困るので、指摘はしない。


 ユウトは大人。そう言っておいた方が面倒ごとが少なくて済むだろう。


 500クランドは、中銅貨と呼ばれる貨幣3枚分の値段。物価は円とそんなに変わらないため、実にわかりやすい。

 5円や50円に相当する貨幣が無いのは、日本人としては少々不便である。しかし10枚で1つ上の貨幣に交換出来る点は、大いに分かりやすいのだ。


 たとえば、1円相当の鉄貨を10枚集めると、10円相当の小銅貨と交換出来る。

 中銅貨は100円玉と同じ価値を持っているのだ。


 ユウトの手持ちにあるお金は、全てナインからの給金――という名のお小遣い――である。それは、金貨や銀貨のみで構成されていた。


 金貨は総じて1千万を超える貨幣であり、その下の銀貨も庶民には手が出せないものだ。当然、それへのおつりが出せるわけがない。


 大盛況とはいえ、まだ貨幣が流通したての街。そのおばけ屋敷なのだ。

 ここで小銀貨の1枚も出せば、時間がかかるのは目に見えていた。


 時間がかかる。それは、ナインを待たせるという事である。

 とどのつまり、ナインにジト目で睨まれる事を意味していた。


「……ッ、どうする、俺……!」


 早くも躓いてしまった。早くしなければナインが不機嫌になる。そうなれば……と、連想ゲームで容易に想像出来た光景は、とても恐ろしい物だった。


 魔法があるこの世界において、怒りに任せて放たれた魔力だけでも、周囲に影響が出るのは目に見えている。周囲の屋敷が崩壊する状況が、ありありと想像出来てしまうのだ。


 しかし、悩むユウトの横からひょっこりと顔を出したナインは、手の中に握っていた硬貨を、受付嬢のいるテーブルの上で開いた。


「はい、大銅貨1枚。おつりは中銅貨2枚だから、間違えるなよ、お姉さん」

「あ、はい! ありがとうございます。えっと、はい、失くさないようにね」

「うん!」


 大銅貨。

 1枚で1000円相当の貨幣。

 ナインは何食わぬ顔で、受付嬢に大銅貨を手渡していた。


「……」

「ユウトが銅貨を持っているとは思っていないから、大丈夫だよ?」


 錆びた機械のような動きで睨みつけたユウトだったが、ナインは何食わぬ顔でかわしてしまう。


 それはもう、おばけ屋敷には似合わないキラキラと輝くお日様のような笑顔で、ナインは手を差し伸べてきた。ユウトとしては、手を取らないわけには行かない。

 どれだけ、男として情けない気持ちに浸っていたとしても、小さな女の子の手を取らなければならなかったのだ。


 とにもかくにも、2人は屋敷の奥へと進んでいった。

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