17 暴発1歩手前です


 城が完成したのは、リミが起きてまた寝込んでしまってから2日後だった。


 城完成から数日経ち、世界中の龍が集結するという事態になると、ダンジョンから最も離れた位置にいる魔族でさえその異常事態を知る事になった。


 最強の種族である龍が、元いた里の者達に加え、別の土地で暮らしていた龍まで合流してしまったのだ。本来棲む土地に頓着しない龍としてはかなり珍しい行動である。


 話題にならない方がおかしいのだ。


 もっとも、ナインはそんな事お構い無しに、自分の家になったお城の一角でゴロゴロ転がっていた。


 そう、お城である。

 当初見た目だけのハリボテだったのだが、造っている内に内装にもこだわってしまった。使わなければ、綺麗な内装が無駄になる。それは作り手も、内装を見学した者も、もったいないと思ってしまった。しかし肝心のお城を使いたいと思う者がいなかったのである。


 というわけで。


 城を使いたいと思う者が現れない限り、見た目豪華な西洋風のお城は、ナインの歌練習場になる事となった。お城を作ろうと言い出した張本人なので。


 今日も里中に歌が響いている。

 別にナインが響かせようと思って響かせているわけではない。ただ、ナインの声に魅了された者達がナインに頼み込み、練習曲だけでも流してくれとお願いしてきただけである。


 どうせ城下町全体に流すならと、ロキに教えてもらった『神聖なる守護者』という曲を、ある特殊な魔法装置に録音して流してもらっている。


 これは音魔法の一種だ。

 歌い手が味方と判断したものに対して、強固な結界を張るという効果のある魔法である。魔法装置にこの歌声を吹き込んだ時、ナインが設定したのは城下町全体。マグマガメ(仮)の襲撃があっても、森が焼けるだけで街には一切の被害が出ないほどに強固な結界である。


 もちろんこの町に害意がある者は入れない仕様となっており、悪意があっても入れなければならない場合は、ナインが別途許可を出さなければならない。


 そういったわけで、とりあえず今のところ、町が襲われる事は無い。

 今日も今日とて、新たな龍や森に棲む知能の高い魔物の類が、出来たばかりの外壁や門に群がっていた。中には冒険者も混じっているのだが、敵意は無いので問題無い。


「うーん、門に配置する兵士を置いた方が良いよね?」

「まさかこれだけたくさんの人が来るとは、全く予想していなかったからな。元からいた里の奴じゃ、どうしていいのか全く分からないし。今はユウトが色々取り仕切ってくれているが、あくまでここは龍の里だからなぁ。出来るだけ早く、変えた方が良いだろうさ」


 ナインが城の窓からひょっこりと顔を出して呟けば、遊びに来ていたヤクモが答える。


 ヤクモの家も既に作った後なのだが、寝に帰るくらいであまり使われている様子は無い。そのヤクモは、ナイン用のソファでのんべんだらりと寛いでいるのだ。

 ナインとしては、ヤクモに門で来訪者を捌いてもらいたいのだが、本人曰く人見知りなので嫌だと言う。さすがに、嫌がる人に強制しようとは考えられなかった。


 ちなみに、何故ユウトが門で働いているのかといえば、先程のヤクモの言葉通りである。


 里の者達は、長らく来訪者がいなかったため、それも一日中対応しなければならないような長蛇の列ですら見た事が無い者がほとんどなのだ。


 仕事はナインが作ったプレートに、特殊なインクで色々な事を書き込むだけなのだが……。

 何と、龍は古代文字の一部しか扱えなかったのである。


 というわけで、言語理解を持つユウトが対応する事になったのだ。

 ナインも手伝いたかったが、今や町中で響く歌声の持ち主が堂々と外を歩けるわけがない。


 城に住む事が決まってから、ナインの二つ名は「歌姫」で固定されている。

 町へ出て行けば、その容姿と声ですぐに何者かがばれてしまうのである。


「お外行きたい」

「我慢しろ。どうせ今夜には出られるからさ」

「せめてユウトとクロウに会いたい!」

「我慢しろ。どうせ今夜には会えるから」


 忙しいユウトはともかく、クロウにもナインは会えていなかった。忙しいユウトに代わって、門番候補を育てているのである。


 ナイン達は全く気にしていなかったが、ステータスの値は、ヒュミル基準で表示される。ステータスの値は、下はGから始まり、上はSSSやURなどもあるのだ。

 その中でも学力は、本を読んだり実戦経験を詰んだりする事で知識を増やせば、おのずと増えていく項目である。


 だが本を読み、その全ての知識を吸収できる人間は極僅かだ。

 この世界で最も数が多いヒュミル族の学力の平均は、何とCである。

 大半が学校などに通えないため、DやFも珍しくない。


 それに比べて、ナインやクロウはAよりも上のSが2つも並んでいるのだ。これはとても知能が高いという事であり、この世界においては異常な数値である。

 龍でもAがせいぜいである種族が多いため、彼等の教示を得たい者は多かった。


 特に、ナイン指名の若者が後を絶たないのだ。知識を得たいのではなく、単にナインの姿を見るだけでも良いというどうしようもない者共である。


 というわけで、クロウの元に集まった中でも、知識を得たい、門番をしてみたいという者達のみが、学力SSの授業を受けられるのだ。

 まあ、外側が概ね順調に国らしき物が出来てしまっているので、中身を伴わせなければならないというのが里の総意である。


 というわけで、ナイン達の歓迎の宴も、開催が延び延びになって既に1ヶ月が経っていた。

 1ヶ月である。


「はぁ。今日は一段と来る人が多いねぇ」

「そりゃ祭りだし。元は宴のはずだったけど、規模が大きくなったよな。うん。ナインのおかげで、知らない食べ物とかが手に入るようになったし。面白い物が見られそうだぞ」


 ニヤニヤと笑うヤクモの手には、焼きイカが握られていた。割り箸に刺さった、ぷりっぷりのイカ。赤く美味しそうな見た目に切込みが入った、あの焼きイカである。


 イカは海の生き物だ。

 当然、森のど真ん中にあるこの場所では、本来は手に入らない代物だ。


 だが、外の世界から来た商人の一部が海から持って来た魚、海藻。生物から乾物まで色々と持ち込んできた。前世の物よりも遥かに品質は劣るが、和食モドキが食べられた事は嬉しい誤算である。


 そしてこの和食モドキが、短期間で急速に流行した。

 その際たるものが、今夜行われる夏祭りである。


 季節的に。食事情的に。更に人柄的に。風貌は外国人が多いが、気風としては多神教の普及していた日本に似たものがあるこの国で、ナインは思いつきで祭りの開催を提案した。

 そして、アッサリ通った。


「いやもう、本当にびっくりしたよ。まさか本当に出来ちゃうなんて。単なる我儘だから、さすがに通らないと思っていたのよ?」

「宴も兼ねての祭りだから、むしろ通りやすかったと思うぜ。祭りの概念はみんなよく分からない様子だったけど、ここ1週間の準備を見ると……張り切りすぎのような気もするよ」

「具体的にはどんな感じ?」

「んん……内緒のものあるけど。あ、おばけ屋敷とかはあったぜ」

「あー、クロウとは行けないねぇ」


 ナインは、エリア5でのクロウを思い出す。ナインの腕を決して離さなかったクロウとは、おばけ屋敷には行けないな、と。


「あとリンゴ飴、フライドポテト、お面屋とかもあったな。ああ、魔法当てとか。多分ナインが言った射的の応用じゃないか?」

「……何か、思ったより種類が多いような」


 ナインは幾つか例を出しておき、とりあえず出して欲しい要望を伝えたのみである。だが今ヤクモが述べたのは、ほぼ全てナインが言った物ではない。

 おばけ屋敷なんかは、クロウと一緒に祭りを楽しみたいナインとしては、逆に避ける催し物だ。


「そりゃそうさ。龍は種族によるけど、基本的にお祝い好きだし」

「そうなの?! 意外!」

「普段は祝うような事が起きないだけで、祝い事は好きだぜ」


 にしし、と笑うヤクモは、随分楽しそうに身体を揺らす。彼はナインと違って自由に外へ出られるため、祭りの準備期間でも祭りの雰囲気を知っているから。

 その様子にナインがむくれてしまったのは、言うまでもない。


 変装なり声を出さないなりしても、ナインは城から出られなかった。それもこれも、ナインにとある大きな役目が与えられたからである。


「あー! もー! 祝辞の担当なんてしたくなかったぁー!」

「いやぁ、ナイン以外で祝辞、出来るか? 祭りの開催宣言、出来るか?」

「出来るでしょ?! 長老様とかクロウとか!」

「歌声」

「……うっ」


 お祭りが始まるのは、今夜である。

 そのお祭りが始まる際、開催宣言を行うのがナインだった。町中で響く歌声が誰の物であるのかを知らしめる機会であり、同時に、この国、というか街の名前を発表する場なのだ。


 最もふさわしいのは、この街を作ろうと考えたナインである。

 この迷宮の世界の街は、ナイン達が作った1つしか無い。

 だから国を名乗っても誰かが嫌味を言う事も無く、堂々と国名を掲げる事が出来るのだ。

 国旗も既に準備されている。


 後は、夜になるのを待つだけなのだ。夜になり、人々が浮かれの絶頂を迎えた時、ようやくナインはこの狭苦しい場所から開放される。

 後は変装なりして出て行けば、あまり目立たないはずなのだ。


 とはいえ。


「夜ぅー。早く来てよぉー。うあぁー……」

「あとちょっとの辛抱だって! 開催宣言を夕方にずらしてもらうから、な?」

「……夕方」

「そう、夕方。予定より2時間は速まるぜ?」

「……うぁ」


 ナインは、遠くでポンポンと弾ける音や、わいわいとにぎわう人々の声に耳を傾ける。

 ヤクモが冷静を装いつつ説得しているため、まだ大丈夫だが。

 既にナインは、我慢の限界に達していた。


「……夕方」

「おい誰か! 開催を夕方からにするって通達してくれ! 限界!」


 そう大声でヤクモが叫べば、遠くでバタバタと騒がしくなる。

 龍は耳が良いので、結構遠くで寝ている人の静かな寝息も聞き分けられるのだ。普段は抑制しているのだが、ナインが限界の兆しを見せてからはそれも解放している。


 そんな彼等、龍族の伝令係は、待機していた大奥の伝令係の元へ駆けて行った。そして、鍵のかけられた部屋の前で何度かノックをすると、扉の奥から伝令仲間の声がする。


「――……歌姫は」

「――……最終兵器」


 これこそ、彼等が使う暗証番号であった。


 とりあえず、無事に夕方からの開催が決まった事だけ追記しておこう。

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