18 お楽しみ、その前に
さて、祭りが夕方から開始される事が決まったわけだが、それはその分、ナインの支度も早めに行わなければならないという事だった。
ナインは化粧も何も無い状態でも、かなり綺麗な容姿をしている。が、それを更に昇華させるために衣装や化粧にこだわるのは、ごく自然な成り行きだった。
街が大きくなり、ある程度人が流通し始めた頃。初めは、商人との交渉に使う資金はナインの持つ金貨で賄われていたため、ヒュミアの商人がかなり古い金貨の出所を探るために大勢やってきた。当然、考古学者なども含めて、エリア3を突破できるほどの冒険者を護衛にして、である。
結果、ヒュミア族やその他の種族が利用する冒険者ギルドなるものが建てられる事となり、ますます人通りが多くなった。
来訪したヒュミア族の商業人の一部からは、こちらに移住したいという申し出もあった。というわけで、ヒュミア族専用の区画を用意するはめになったのはまた別の話だ。
下水道の件で、本当の意味での下水道を利用しない龍達の物とは別の、本物の下水道を新たに引く事となったのである。
城の南北で居住区が完全に切り離されてしまったが、生活習慣の違いという事で落ち着いた。
外観としては、龍達の住む屋敷がどうしても貴族街に見えてしまうが、そこはまあ良いだろう。
ともかくも、この外界の商人達がもたらす物は、ナインにとって心躍るものばかりだった。糸や木材から始まり、食物や玩具、筆記用具などなど。
龍の里近辺の森で採れる薬草を換金すれば、贅沢な暮らしが出来るほどの資金となった。これにより、龍達はいわゆる、嗜好品の類に興味を持ち始めている。
嗜好品。たとえば、化粧品や豪華な服だ。
元々が質素な暮らしをしていた者達なので、豪華と言っても限度はあるのだが。
「「失礼いたします」」
「あっ、どうぞ~」
3回のノックの後、ナインのいる部屋に入ってきたのは2人。1人は、ナインの身体に合わせて作られた様々なドレスのかかる、キャスター付きのハンガーラックを押してきたリミだ。
そして。
「ナイン様。警備員の配置が完了しました。また、各店舗の準備状況ですが、昼の間に、全ての確認作業も終わったとの事です。
無許可の販売店は、ペナルティの小銀貨2枚の支払いを済ませれば、命令されたとおり、予め用意させていた共同貸スペースへ移動させています。なお、現在の無許可店は17店舗。予想よりも下回っているので混乱は少ないかと思われます」
「そう。良かった。あ、一応警戒は続けてね?」
「仰せのままに、
恭しく頭を下げる青年に、ナインは苦笑した。
主従関係であると、ナインが認めていないのだ。いわゆる熱狂的なナインファンである彼の、熱の籠もった視線がこそばゆい。ただ、こそばゆくとも、彼の存在は非常にありがたいので、無視は出来なかった。
トラブルがあっても、それはそれでスリルがあって面白い。というのはナイン談であるが、ヒュミア等を含む、弱い種族が大勢来訪しているのだ。
あまりトラブルらしいトラブルは起きてほしくないのが、多数派の意見である。
ただ、作り立てでまだまだ人手不足のこの状況では、数の少ない龍種に警備など勤まるはずも無く。
そこで手を挙げたのは、エリア2を居住区としている者達だった。
エリア2はエリア3より難易度が低く、身体能力に優れた獣人種が住んでいる地区がある。そこから移住志願者がやってきたのだ。
理由としては、エリア3以降に挑戦する冒険者と戦ってみたい、近くに街が出来たから、等々。
また、単純にナインの歌声に魅了された者も多かった。
ここにいる白虎族の青年、― シュン=ガルドラ ―もその1人である。もっとも、彼自身はLOVEではなく、LIKEの方の意味で懐いているらしい。
彼等の中には、いわゆる熱狂的でストーカー的な奴等もいた。そんな不届き者を1人残らず捕縛、処罰、統制を行ったのが、見た目年齢20歳前後のシュンである。
彼は、ヒュミアに虎の耳と尻尾を付けたような見た目だ。これはいわゆる、亜人族と呼ばれるカテゴリーの人間で、かつて、獣が二足歩行をしているようなガルガン族とヒュミア族が交わった事による、いわゆるハーフの血統である。
ハーフやクォーターが、この世界では主に亜人族と呼ばれるのだ。
また、白虎族と言っても、毛並みが必ず白いわけではない。現にシュンの場合、むしろ、漆黒の中に白いメッシュのような線の入った虎耳と尻尾が特徴である。
ナインという存在そのものに崇拝と畏敬を示し、命までもをかけて傍仕えに志願した、熱狂的な面も持ち合わせている。普段は冷静沈着であり、熱狂的な様子は全く見えないが。
だが、少数民族であるが故に一族全員で街まで来て、告白にも似た宣誓により見事、ナインの傍仕えの座を手中に収めたのである。とにかく人手が足りない事も要因だったが、なかなかどうしてその手腕は見事であり、今では立派な執事長となった。
いくら有能でも、この短期間でそこまでの地位を確立できたのは、冷静な性格の中に確かな熱意を秘めていたからこそである。
ちなみに、髪も耳と同じ鴉の濡れ羽色に白のメッシュが入った不思議な色合いだ。つり目に縁無しのメガネをかけ、ナインが暇に任せて作った執事服などもスタイリッシュに着こなしている。
ナインを守る番犬、ユウト。
同じくナインを支える猛虎、シュン。
白銀と漆黒――メッシュで白も入っているが――の従者が出来たという噂は、当時少なかった住民達の間へ瞬く間に広がってしまった。
あながち間違いでもないので訂正も出来ない。他称で彼等が、歌姫の双璧なんていう中二病的な呼ばれ方をしても、訂正は出来ないのだ。
「それと、門番からの言伝です。どうやら、懸念事項の1つがご来訪なさったようですよ」
「……そう。支度はすぐに済むわ。相手方の様子を見て、城の応接間へお通しして」
「承知いたしました」
再び恭しい一礼をすると、シュンは去っていった。
黒い瞳に白く細長い瞳孔を持つ彼の瞳は、一瞬だけナインを映して逸らされる。視線だけ、彼が扉を閉めるまで続いたため、ナインはやり場のない緊張感にさらされてしまった。
パタン。扉が閉まれば、防音魔法が発動して、内と外の音が遮断される。
それでようやく、ナインは肩から力を抜いた。
油断すると、すぐにでもフラストレーションを爆発させてしまいそうになるのだ。
むしろ、自分から暴発させる事が出来る程度には溜まっている。
正に爆発寸前なのだ。
夕方にある祭りの開催宣言を終えれば、視察の名目で思う存分遊ぶ事が出来るようになる。
「それまで、我慢……うぅ」
「な、ナイン様。こちらのお召し物を選んで、気晴らしするのはどうでしょう?」
慌ててドレスを勧めるのは、つい先日ヒュミアではなくなった少女、リミである。
ステータス上では「龍人」という種族へと生まれ変わったリミ。
彼女は今現在、ナイン専属のメイドになっていた。
瀕死の兄妹を救ったナインを慕うのは、ナイン自身も予想していた。だが、その慕う、のレベルは、ナインが考えていたよりも遥かに大きかった。
あわよくば友達になれないかな、と考えていたナインだったが、リミが彼女に感じるものは、そんなかわいらしい友情ではない。
命、それも自身と自身の兄妹3人分の恩義である。
友達をすっ飛ばして、最早、神を崇拝するかのような畏敬の念を抱くのは当然だった。
二度も寝込んだ彼女は、三度目覚めたとき、真っ直ぐにナインへと傅いた。
今のリミは少々困り気味の表情を浮かべているが、ナインの目には、リミの頭に犬の耳が、お尻の辺りからはふわふわの尻尾が生えているようにしか見えない。
油断すれば、わんこと呼んでしまいそうになるほどに、くっきりと見えてしまっていた。
「んん。派手めのドレスはやめとく」
「では、ここからここまでの、落ち着いたデザインのドレスですね」
「デザインはいいけど、幾つか目に痛い色のものが……髪に合わなさそう」
「それらは外してしまいましょう。こちらのパステルカラーはいかがですか?」
「いいね。あ、マーメイドドレスは慣れていないから外して!」
「はい。となると、この辺りですね」
と、このようにしてナインに似合うドレスを吟味した結果、白やレモン、薄紫などのパステルカラー、あえての黒など、、それなりの色数が揃う。
「膝丈のAラインがいいな。動きやすいし」
「しかし、あの方々と会うには、少々、その。幼い雰囲気になるかと」
「いいと思うよ? 私、一応幼体だし、感覚だと10歳くらいの年齢だし」
「そうでしょうか……? では、こちらの白と水色のドレスはいかがでしょう。揃いのソックス、ローファーなどもあり、髪留めもございますが」
「……おぉ」
結論。
クラシカルロリータ、アリス風。
知る者が見れば、それはアリスモチーフだと思うのも仕方の無いデザインだった。
膝丈の薄い水色のAラインドレスに、白いエプロンにも見える上着。貴族の子供に見えると同時に、どこか大人の雰囲気を纏う少女が、そこにいた。
頭のリボンは無いが、代わりに
龍の力を溜め込んだ白金が龍白金であり、輝きも硬さもダイヤの比ではない。性能も見た目も良い鉱石で作られたそれは、はめ込まれた珍しいブルーダイヤモンドよりもずっと高価な物である。
材料から全て、偶然自分で揃える事の出来たナインだからこそ作る事の出来た代物なのだ。
運力HEXは、そんな偶然がポンポン連発できるようなステータス。
当然の如く、ナインに自覚は無いが。
ナイン自身はシンプルなデザインの方が好きだが、服にもティアラにも青、黄系統の小さな宝石がふんだんにあしらわれた豪華なものだ。
光の具合で所々が虹色に煌くのは、その服がナインの羽や鱗から作られた物だからである。
ナインはつい先日、整える目的で散髪した。そこで錬金により作られた糸に、同じくナインの錬金で生み出した染色液を使って色糸を作り出したのである。
それらを使って作られた服こそ、先程ズラリと並んだドレスだった。
「お似合いです、ナイン様」
リミは、ほう、と感嘆を漏らした。
うっとりとした笑みを浮かべる彼女は、とても幸せそうに最後の仕上げを施した。
元が整っているとはいえ、化粧をしなくても良いわけではないのだ。
化粧を施せば、更に子供らしからぬ美しさの滲み出る、超絶美少女の完成である。
「美しい……!」
「リミ、ほどほどにね……?」
「はっ、そうでした。お客様がいらっしゃるし、そんなに時間は無いですね」
リミは非常に器用な子なので、化粧を他人に施すのも、教えられればすぐに出来た。ナインに化粧道具を献上してきた商人が仕込んでくれたのだ。
今のナインは、半ばリミの着せ替え人形と化している。
気分はリ○ちゃん人形だ。
しかし楽しい――楽しんでいるのはリミだけだが――ここにカメラがあれば、即、撮影会が始まりそうな雰囲気の中。扉がノックされた。
「ナイン様。お客様が応接間に向かい始めたとの事です」
扉越しに、くぐもったシュンの声がナインの耳に届く。
「分かったわ。リミ、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
笑顔で手を振るリミを後にして、ナインはシュンの開けた扉から外へ出る。
途端、疲れた顔を深呼吸と共に真剣なものへと切り替えた。
今から会う人達が誰であれ、頬を叩いて気を引き締める事は許されない。せめて、冷たい空気を肺一杯に詰め込んで、限界まで頭をシャッキリさせる。
深呼吸を終えれば、そこにはひと際豪華な扉。
「さて、行こうか」
「はい、ナイン様」
シュンは深くお辞儀をし、扉に手を掛ける。
ギィ、と重々しい音と共に、豪奢な金属製の扉が開いていく。
その先にいたのは……。
「お待たせして申し訳ありません―― エルディラ五国連邦国主、― オウレンディアス=ラルヴィト=エルディラ ―陛下」
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