15 変化への覚悟


 ナイン達が案内されたのは、突貫工事で作られたらしい小屋。

 そこは、異様な雰囲気となっていた。


 魔法で作り出された土の壁に、剥き出しの地面。屋根も土で作られており、換気用の窓が開いている。そこから太陽の光が漏れ出しており、部屋の中は薄暗いながらも中の様子がはっきり見て取れた。


 リミも案内されてきたのだろう。地面に薄い布が敷かれ、そこに彼女は座っていた。

 彼女以外の人影は3つ。


 1人は布がかけられているだけの出入口に立つ、門番のような男性。

 あとの2人は、リミが座っている物よりかは分厚く、柔らかそうなマットレスに寝転がされている少女と青年であった。


 彼等は顔色こそ良いものの、身体の所々が発光しており、光は少しずつ広がっている。

 ゆっくりと、それでいて確実に、龍の力が浸透している証拠だ。


「ロキ」

『はい。……状態解析が完了しました。状態異常:半龍化(途中)となっています。人間が龍の力を何らかの形で取り込んだ場合に発生する状態異常です。現時点での融合率は36%。適合率は0,1%未満。このままだと、2時間後、彼等はモンスターとなるでしょう』


 淡々と、しかし確実に、ロキは現状を告げた。

 淡々としているのは、彼に寿命という概念が存在しないから。それが分かっていても、ナインはロキへの苛立ちを覚えずにはいられなかった。


 ナインは自分の意思でモンスターになってもいいと、そう神様に願った。それが上方修正された状態で、転生は完了している。前世の記憶を持ち、前世の意識のまま、身体だけがモンスター、もとい神獣となったのだ。


 しかし、彼等は違う。

 自分の意思も関係無く、このままだとほぼ確実に、見た目も心もモンスターと化してしまうのだ。


 モンスター。それも理性の無い、最悪の獣。


 これではかわいそうではないか。

 これがかわいそうだと思えないのか。


 だが、そんな恨み辛みを考える暇は無い。あと2時間しか無いのだ。

 動く辞書には、ここでこそ働いてもらわなければ。


 ナインは誰にも見えないように、拳を握り締めた。


「……ロキ。何か、助ける方法はある?」


 ロキの姿も、声も、届いているのはナイン達のみ。一緒にいるヤクモにも聞こえていないが、構わずナインは問いかけた。

 当然、ヤクモは首を傾げるが、あまり興味が無いのかすぐにそっぽを向いてしまう。


『対象の救出方法の検索を開始します……完了。助けられる方法は、この世界のデータベースには存在しません』

「……っ」


 そうして、やはり淡々と、残酷な回答を述べる。


 それでは、彼等は助からないのか。

 このまま凶悪なモンスターと成り果てるのを、黙って見ているしかないのか。

 はたまた、人である内にその命を奪うしか、無いのか。


 そう、様々な思考がナインの頭の中を一気に巡り、ナインは無力感に唇を噛み締める。


 その様子にロキは首を傾げた。無表情かつ、無言のまま、ロキは視線だけをさまよわせる。


 彼は不意に、目を伏せた。

 彼にしては長すぎる5秒もの思考の後、ロキは再び、口を開く。


『―― 続いて、RSN:総合ネットワークに接続。特定データベース内の検索を続行します』

「えっ」

『只今検索中……完了。対象の救出方法に複数の回答が存在します。閲覧権限:Sの内容……ナビ:ロキの閲覧権限:URにより、これを開示します』

「え、えっ?」


 初耳の単語がいくつか、ナイン達の頭上を飛び交う。


 RSN、その総合ネットワーク。字面から何と無く、転生者サポートナビゲーションの略だとか、彼等が独自に築いたネットワークの事なのだろうとか、ナインは推測する。

 実際その通りで、ロキは特殊な権限で以ってこの問題の解決法を探し出した。


 閲覧権限:Sがどれほど珍しいものなのか、ナインには想像もつかない。

 ただ1つ分かるのは、ロキがそれよりも上位の閲覧権限とやらを持っていること。


 確かめるべきは、ただ1つ。


「……助ける方法が、あるんだね?」

『はい。回答例は3つ存在します。

 ……アンケート実施の結果、1つに収束しました。提案:特殊技能により融合率の変動を行う。を実行しますか?』

「えっと、メリットとデメリットを教えてくれる?」

『はい。

 メリットですが、この世界におけるヒュミア族としての生を捨てて、龍人ドラゴニュートとして生きる事になります。寿命の大きな増加、扱う力の上方修正などが主な変更点です。

 デメリットですが、元の種族には戻れません。また子孫も同一の種族となります』


 更にロキの情報を詳しく聞いてみれば、初期段階で捨てた別の方法は、確かにナインがやりたいとは思えないものだった。


 1つ目は器となる物質が必要であり、そんな物を用意している時間は無い。よって論外。


 2つ目は何かを用意する必要は無いが、ただの健康な人に戻るわけではない。むしろ虚弱になりやすくなるとのことで、これも論外。


 だからこそ、ロキの言う初期案こそが、聞く限りでは最も安全で、寿命も延びる良い案なのだ。


 ただの龍からすれば、ヒュミアは寿命が短く、病にかかればすぐに死んでしまうひ弱な生き物。だがそれ故に、自分達が日々を過ごす際に使う技術は日進月歩で進化させられるのがヒュミアの長所だ。


 寿命が延び、ヒュミアではなくなる。少なくとも人間という種族ではいられるが、それが最良案であるかどうかは、彼等次第だろう。

 加えて、彼等は龍を助けようとしていたとはいえ、龍を殲滅対象にするような宗教の出だ。


 今回の事件には何か感じたかもしれない。だが、元は龍を嫌っていた可能性は否めない。


 どの選択肢を選ぼうにも、やはり本人達の了承が必要である。

 当事者2人は目を覚ます様子が全く無いので、ナインは座り込んだまま俯いているリミに話しかけた。


「リミ」

「……あ……」


 それまでの話し声が全く聞こえていなかったのか、リミは話しかけてきたナインに対し、驚きに大きく目を見開いた。


「その様子だと、この人達のこと、聞いたみたいだね?」

「……はい。聞きました。このままだと、モンスターになるって。……その前に殺すか、その後に殺すかしか、出来ないって……っ」


 リミはナインが長老の元へ向かってから、すぐに目覚めていた。気絶といっても放心に近い状態だったためである。


 彼女はすぐに、仲間である2人がどこにいるのかを尋ね、そして知った。

 彼等が今、どのような状態であるのかを。


 リミは、龍達から2人の生殺与奪の権限を渡された。それも、どちらの選択肢も、結局彼等に救いは無いという、残酷な権限だ。

 変わるのは、人間のまま死ぬか、モンスターになってから死ぬか。その違いだけである。


 少女の名はルミ。リミの2つ年上の姉で、リミが3歳の時、共に教会に捨てられた。

 更にその1年前に教会に捨てられていたのが、リミ達の兄であるロダン。


 ルミの3つ年上である彼は、家族の食い扶持を減らすため、自分から出て行った。それは幼い妹のルミとリミのためであり、だからこそ、彼女達が教会に来た時は、それはもう憤慨した。


 だが、彼等のいた教会の周囲は貧民街で、いつ誰がどこでどのように死んでもおかしくない。

 教会は食い扶持を減らすための施設のように見られていたが、同時に、生きるための希望でもある。捨てる、と言うと聞こえは悪いが、子供だけでも生き延びさせたいと願う親としては、なるべく早い時期に教会へ捨てに来てしまうのが現状であった。


 だが、教会にも限度がある。

 教会もまた厳しい経済状態の中、多くの子供を育てるのだ。6歳以上の子供には畑仕事を手伝わせ、それでも育てきれない場合は他の施設へ送る事もあった。


 リミ達は他の施設へ移動させられた子供である。


 その、移動した施設こそがハルバンナ教の本部とも言うべき教会だった。兄妹である事を考慮され、一緒に移る事が出来たのがどれだけ嬉しかったか。


 当時4歳であったリミは、もう10年以上も前の幸せな時間を思い起こした。

 ずっと一緒だった。今回教会の意志に背いて行動したのも、ロダンが実は龍好きであった事などが原因である。リミの行動基準は、血の繋がった姉と兄であるルミとロダンが決めていたのだ。


 しかし。


「……っ、もう、一緒に、いられないなんて……ッ!」


 リミは、大粒の涙をボロボロと零していた。

 数時間後、彼等は理性も何も無い化け物に変わってしまう。姿が変わるのか、もしかすると姿はそのままモンスターとなってしまうのかもしれない。


 どちらにせよ、そうなれば生かす理由が無い。


 彼等がリミとって何者であろうと、自分達にとって害となる彼等を、龍が放っておかないからだ。

 リミの目の前は、真っ暗になっていた。


 その真っ暗から、1人、真っ白な手を差し伸べる者が現れる。



 ―― ナインだ。



「ねぇ、リミ。リミは、この人達を助けたい?」

「……もちろん、です」

「じゃあ、それはヒュミアとして助けたい? それとも、生きているだけで充分?」

「……生きているだけで、充分です。ヒュミアでなくても……それこそ、龍でも良い。でも、モンスターになってまで、生きていてほしくはない、です」


 リミは、モンスター、特に龍種がどれほど強いのかを知っている。実際にその威力を見なくとも、感じた力は強大だから。


 その力によって変質した姉と兄が、弱いわけが無い。それがたとえ、モンスターと呼ばれようとも。


 リミはギュッと目を瞑る。

 次に続くナインの言葉は何かを考えて、胸を痛める。


 モンスターにはさせたくない。そのリミの意思を汲み取って、ヒュミア、もとい、人間である内にナインが彼等の命を断つか。


 もしくは、リミに彼等を殺すための術を与えるか。


 しかし、ナインの口から出たのは、そのどちらでもなかった。


「だったら、助けられるよ」


 ナインの言葉が、リミの心を鷲掴みにした。


 それは、リミが聞きたくても、誰も言ってくれなかった言葉だ。リミがどれだけ渇望しても、誰も彼もが言えなかった言葉だ。


 しかしナインは、彼女が欲しかった言葉を、いとも容易く口にした。

 許可を得た事で早速ロキにお願いしようとしていたナインだが、次の瞬間「あっ」と思い出したように、リミの顔を覗き込む。


「ねぇ、リミは、この人達と一緒にいたい? ずっと一緒が良い?」

「もちろんですっ! 私は、お姉ちゃんとも、お兄ちゃんとも、ずっと一緒にいたい!」

「そっか、兄妹なんだね。……うん。なら、大丈夫。リミも『ヒュミアじゃなくなる』けど良いよね。言質は取ったもん。みんながずっと一緒にいられるわけだし、うん。やっちゃおう!」

「は………………えっ?」


 2人が助かる、という事に気を取られていたリミだが、ナインの口から何やら聞き逃してはならなさそうな単語が飛び出した気がして、ナインと2人を交互に見やる。


「ロキ、お仕事だよ! する事ある?」

『はい。リミの意識を飛ばしてください。出来れば明日まで起きないくらいに強めで』

「オッケー!」


 ロキの言葉に二つ返事でグッドサインを出したナインだが、ハッとなって思い留まった。


 ロキは、ナインが魔法を使え無い事をよく知っているはずである。

 そして、眠り薬の類が、つい先程まで焼け野原だったこの辺りにあるとはとても思えない。


 ナインが瞬時に思いついた方法は、武力行使による物理的な意識の飛ばし方であった。護身術として習っていたため、一応出来なくも無い。

 ただ、それは何と無く避けたいナインである。ユウトとクロウに目配せをして、案を募った。


「あ、えっと。あっ! よく眠れる魔法があればよいのではないのです? 使える人を探すのです!」

「それなら俺、使えるけど、眠りの魔法を何に使うわけ?」

「リミさんを眠らせて欲しいのです!」

「え、この子を? 別にいいけど……?」


 勝手に進んでいく話の中、リミはどこと無い不安を覚えるも、ひどい筋肉痛のせいで動けない。


 面倒くさそうに、加えて不可解そうに眉をひそめるヤクモが手をかざした。


 すると、それまで強張っていたリミの身体から、突如として力が抜ける。

 そのせいで横倒しになってしまうリミの身体を、素早い動きでもって支えたのはユウトだ。そのままリミをお姫様抱っこで持ち上げて、1人分のマットレスを出すように指示した。

 用意されたマットレスにゆっくりと寝かせてあげれば、準備は万端である。


 準備完了の合図は、ユウトがナインの方を見ての頷き。


「よぅし、ロキ、ゴー!」

『はい。個体名:リミ、ルミ、ロダンの、龍結晶適合処置を開始します。ティーチ』

『ロキの補助申請を受諾、了承しました。龍結晶適合処置を開始します』


 ロキはティーチも巻き込んで、早速処置を始めた。

 ロキとティーチが小さな手を眠っている3人にかざし、魔力を込める。


 すると、3人の身体の上に、魔法陣が浮かび上がった。


 白い光の線で描かれたそれはくるくると回り、英語のような、しかし見慣れない文字のような模様がびっしりと書き込まれている。

 漏れる光は赤紫色で、魔法陣を形作る線の色とは違う。とても不思議な光景だった。


 そんな、この世界に来て初めて、魔法らしい魔法を目にしたナイン。彼女はしばらく魔法陣に見惚れていたが、早速、3人共に身体に変化が起きている事に気が付いた。

 身体を蝕むように広がっていた光が、いつの間にか全身に広がっていたのだ。


 明らかに『何か』が変わり始めている。


 光る以外に何も変化は無いが、ナイン達はゆっくりと、しかし確実に彼等の肉体が変質している事を理解した。


 結果を言ってしまえば、その光景は10分ほど続き、光はやがて収まっていった。

 ロキが淡々と『終了いたしました』と告げた頃、やはり10分前と変わらない光景が広がっていた。


「……ねぇ、何でリミを眠らせたの?」

『この処置には肉体的な変質を促すため、覚醒時に処置を施すと途轍もない違和感が発生します。違和感は精神にのみ作用するものであり、後に支障を来たさないよう意識を奪う事が最適解であると判断いたしました。なおアンケートの結果、この処置の賛成率は90%を超えます』

「あ、そお」


 『違和感』が何を指すのか。

 それは、幼いナインが知らなくても良い情報だ。


 ……という結果がロキの中に残ったが、その意味をロキが知るのはずっと先の話である。


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