14 龍の里


 少女がナインの正体に気付いた頃、ナイン以外の2人は、エリア3の森を散策していた。

 結果は上々。

 ナインと少女の元に戻ってきたのは、ユウトだけである。


 クロウはナインのナビ:ロキと共に、ひらけた空間で待機していた。ユウトのナビ:ティーチがいれば、ナインのスキル:地図化を使わなくとも互いの位置を補足出来るので。


 クロウ達が見つけたのは、焼けて無くなってしまった集落と、そこに住んでいた龍達だ。もっとも、彼等は人の姿をしていたが、クロウの感覚で彼等が龍だと本能的に察した。


 その中に、若干2名の人間の気配も混ざっており、先の少女と同じように、あの大火事に巻き込まれたのかもしれないと推測を立てたのだ。

 本来ロキは、ナインに付き従っている。しかし当の本人がクロウ達に付いて行けと命令したため、不本意ではあるがクロウ達に付いて来たというわけだ。


 ロキは相変わらず、無表情だったが。


「龍の里かぁ。どんな所だと思う?」

「……わ、わからないです」

「だよねぇ。あ、私はナイン。貴方は?」

「ひゃいっ、あぅ、リミ、でしゅ……ぅ」


 絶賛噛みまくりの言葉で、リミは必至に話す。


 くすんだ金色の長髪は所々痛んでおり、白い肌は手も顔も荒れている。丸くて大きな薄い紫色の瞳は美しいが、服も大部分が焼けていたため、そこら辺の材料で急造した物。似合っているとは言い難かった。

 錬金お役立ちであるが、色までは変えられなかったのだ。


 彼女、リミは完全なヒト……ヒュミア族と呼ばれている種族で、寿命は100年かそこらだ。ヒュミア族は元来魔力を感知する能力に劣るため、潜在的な魔力量も少ない。その中で魔力感知能力に長ける彼女は、実は天才と呼べる人物だった。

 魔法は全然使えないが。

 彼女が龍殲滅作戦に疑問を持ったのも、生まれて初めて龍という種族を、肌で感じ取れたためだった。


 ヒュミアは当然のこと、魔法技術に長けるエルフでさえも、龍という種族に敵わない。それほどの膨大なエネルギーが一箇所に集中していたのだ。

 人が手を出していい領域ではないと、本能的に理解してしまったからだ。


 そんな龍が、今まさに隣にいる事に、リミはとても驚き、恐怖していた。

 噛みまくっているが、これでも会話はマシになった方である。ナインが小さな子供の姿をしていた事。また、彼女が生まれて半月も経っていない子供である事などを、ゆっくりと咀嚼して飲み込めたからこそ会話が僅かに成立していた。


 ナインとしては、このように緊張している人を見るのは初めてではない。コンサートでは、自分より年上の新人が挨拶に来る事だって珍しくないのだ。

 自己紹介と幾つかの会話をして、一方的に色々話す。


 それがナインのリラックス方法(他人用)であった。


「ユウト、大丈夫?」

「問題ない」


 さて、足が酷い筋肉痛のせいで歩けないリミを、どうやって運んでいるのかというと。人化の術を解除したユウトが、狼形態でリミを背に乗せて移動していた。

 ナインとリミが乗っても、ユウトは軽い足取りで歩いている。


 ヒュミア界隈でフェンリルと呼ばれる種族のユウトは、とても大きな身体をしているのだ。加えて、あまり揺れないように気遣いながら歩くのは至難の業。いろんな意味で珍しい個体だ。

 龍よりは見劣りしていたが、ユウトの持つ魔力量も驚異的であるため、リミは隣と下から、とんでもない重圧を受けている。


 足が動かないために逃げられないので、ムリヤリ声を出す事で緊張と恐怖をやり過ごしていた。


 そんな重圧とリミが戦っている時のナインといえば。

 あぁ、狼の姿でも、人語を話せるのか。という感想を思い浮かべていた。


「ティーチ、あとどのくらいで着く?」

『はい。……現在のペースであれば、30分ほどです』

「あー、遠いな」


 ユウトは現在、乗っているリミ達に負担がかからないよう、ゆっくり歩いている。

 ゆっくり歩くのはいいのだが、あまり長い間座っているのは身体に良くない。1度休憩を入れようか、と考えていると、後ろに座っていたナインがもぞもぞと動き出した。


「ユウト、ユウト。しがみつくから、速くしていいよ」

「ん? リミはどうするつもりだ?」

「リミは私が掴んでおくから。ユウトもずっとのろのろ歩くのは疲れるでしょ? というか、30分もこのままなのはつまんないっ!」

「最後に本音が出たな……」


 もふもふとユウトの背中を叩くナインは、最初こそ退屈に眉をしかめていたが、あるようで無い手応えに妙な満足感を覚えた。今のユウトは、もふもふのさらふわなので。

 ユウトからはその満足げなナインの表情は見えないが、容易く想像出来る。


 ユウトは、後ろ足に力を込めた。

 お姫様はどうやら、安全性よりも爽快感をお望みのようだから。


 後ろに座っていたナインも、リミをぎゅっと抱きしめる。同時に、ユウトの胴体にもしがみついた。見た目は困惑顔のリミと一緒に、ユウトにしがみついているような格好だ。

 だが、尋常ではない力の入れように、リミは指先が冷えていくのを感じた。


「ごー!」


 ナインの掛け声と同時に、ユウトが地面を蹴る。爆発したような音が響き、地面がめくれ、爆風が周囲を襲った。


 ユウトは風をまとい、駆け抜ける。


「ひゃっほぉ~っ!」

「ひぃやぁああぁ~!」


 リミの阿鼻叫喚を尻目に、彼等は風となった……。


 30秒後。


 あまりの恐怖に気絶してしまったリミを、ナインはそっと地面に下ろす。疾走によるケガは何ら見受けられないので、いずれ自然と目を覚ますだろう。

 本人が目を覚ましたいかはこの際隅に置いておくが。


 ともあれ、リミは大丈夫そうだと判断したナインは、その場を見渡した。


 焼けた土くれ、木の燃えカス、炭化した丸い何か……。

 酷い有様となっている集落には、多くの人――の姿をした龍――が集まっていた。何人かは家の体を成していない物体Xを見下ろし、大多数が開けた広場に集まっている。


 不思議と落ち込んでいる者はおらず、ナインと、人型に戻ったユウトは首をかしげた。

 家が無くなっているというのに、なぜこうも冷静でいられるのか。内心落ち込んでいたとして、誰一人としてそれを表に出さない事を不思議に思ったのだ。

 やがて、呆然と立ち尽くす2人を発見した者が、ナイン達の元へ走り寄って来た。


「お前等も被害者か?」

「ん、えっと?」


 モブAが話しかけてきた。

 ……などというわけではない。


 ナインやクロウより、ほんの少しだけ背の高い少年が、ナイン達に軽く声を掛けていた。


 所々焦げた白いワイシャツ、濃い青緑色のボタンが付いていない前開きのベスト、明るい薄茶色のズボンは黒いブーツにしまわれていた。前髪はポサポサした、ナチュラル以外に表しようの無いものだ。だが後ろ髪は長く、長細い布で纏められた髪は腰近くまで伸びている。

 ただ、その髪色はナインと同じプラチナで、瞳も薄い金色。しかし顔の作りは日本人寄りだが、ナインやクロウとは似ていない。


 それでも、ナインは言わば本能の類で察した。


 ―― 彼は、私と『同種』だ。


「って、よく見たらお前、龍だよな?! しかも、フェンリルまでいるし……さっきあいつが言っていた奴か! おーい、みんなー!」


 ナインが1人で納得していると、いつの間にやら周囲に人だかりが出来ていた。

 目の前の少年が呼び寄せたのだ。


「ほぉ、こいつぁ確かに……」

「かわいいし小さいけど、本当に?」

「いや、内包している力は本物っぽいぞ……」


 ナインを取り囲む人々は、ナインをまるで品定めするかのような目つきをしている。

 そのくらいなら、前世で散々経験していた。通り名が歌姫や歌の女王だったので、年齢はもちろん、背も低いナインは、よく大人達から試すような視線を浴びせられたのだ。


 もっとも、ナインは最初から動じなかった。

 どう見られようと、ナインは歌を歌えて、それをより多くの人に聞いてもらえる事が嬉しかったので。せいぜい観察者達の事は、自分の歌を聞いてくれるお客さんの中でも、上客くらいの認識だったのだ。

 緊張はしても、恐怖は無い。それがナインである。


「あのー。クロウがどこにいるか、知りませんか? ここにいるはずなのですけど」


 程好い緊張感の中、ナインがこう切り出すと、品定めの目をしていた者達はパチパチと瞬きをし、互いに目配せをしあう。

 やがて、青髪の青年に、人々の目が集まった。


 彼は一度溜め息を付いた後に、面倒くさそうに話し出した。


「あー、クロウだっけ? あの坊ちゃんがそんな名前だったな。あっちで村長と話していたと思うぞ。……ヤクモ! お前、案内してやれよ」


 呼ばれて反応したのは、先程ナインに駆け寄ってきた少年だった。

 彼は一瞬だけ面倒くさそうに顔をしかめたが、肩を竦めてナインに向き直る。


「付いて来い。案内するから」


 周囲に出来ていた人だかりがまばらになった所で、ヤクモと呼ばれた少年が村の奥へ、立てた親指を差した。無事な家は1つも無いが、とりあえずそちらに行けばクロウには会えるのだろう。

 ナインはそう判断すると、固まっていたユウトの腕を引っ張り、ヤクモに付いて行った。


「お姉ちゃん! ユウトさん! こっちなのです!」


 しばらく歩いていると、手をブンブンと振るクロウが、肩にロキを乗せて立っていた。近くには背の低いよぼよぼのおじいさんがおり、ナイン達とは違った色合いの白髪をなびかせる。

 髭も眉毛も長く、目も口も見えない。


「ほぅほぅ。そなた達が、件の恩人かな。里を代表し、礼を言わせてもらおう。ありがとう」

「いえ。お礼ならリミさんに言ってください。彼女がいなければ、あれほど広範囲に雨を降らせませんでしたし」

「では、彼女にも後でお礼をしなければなりますまい。しかし、そなたがあの業火を消してくれたのは変わらぬ事実。重ねて感謝を」


 深々と、彼は頭を下げた。


「この森の様子であれば、宴を開く事も出来ましょう。ヒトの子を歓迎せねばなりません。そして、ナイン殿、クロウ殿、ユウト殿は、ヒトであった前世をお持ちと聞きました。ヒトの子を預かる思い出歓迎いたしましょう!」


 宴、と聞いて、周囲からおー! や、いえー! などの声が上がる。たちまち龍の気配が遠のき、森の中へと消えていった。

 数十分後には、見るからに美味しそうな木の実や果物、たっぷりのお肉が用意されている事だろう。


 ナインは宴の様子を思い浮かべて、思わず頬を緩めた。宴と言えば、美味しい料理が出されるに違いないと。異国情緒溢れる激マズ料理でも、刺激的で良いかもしれない。

 万が一にも不味かったなら、自分達で手直しすればよいのだ。


 心の中がわくわくとうきうきで満たされて、今にも飛べそうな心持ちである。

 もっとも、今は本当に飛ぶ事が出来るので、暴走しないように自制するが。


 何せ、まだ長老の話は終わっていないようなので。


「時に、ご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」

「私が乗れるのかは分かりませんが、どうぞ」

「はい。実は、我々を救おうと動いたヒトの子が、少々厄介な事になっておりまして」

「厄介、ですか?」

「はい」


 先程までの良い気分が完全に引っ込んだ。リミの話から、リミ以外にも数人が龍を助けるために行動した事は知っている。長老の言うヒトの子が、リミ以外を差す事なのだと瞬時にナインは悟った。


 ふむぅ、と長老は蓄えた髭をさする。


「この辺りは、長く我等が住んでいたため、至る所に龍結晶と呼ばれる物が出来ております。それはもう、強い力の塊でしてな。あぁ、ほら、あの水晶のような結晶です」


 長老がシワだらけの人差し指を向けた先には、地面から上へ伸びる水晶だった。太陽の光を反射し、虹色に輝いている。

 長老曰く、夜でもキラキラ輝いているそう。


「同じ龍であれば、結晶の中に眠る力を取り込んでも問題は無いのですが……」

「その、ヒトの子とやらが、龍結晶を取り込んでしまった、と」

「その通りです。ヒトの子には過ぎた力が、傷口から入り込んでしまったわけですな。ナイン殿のおかげで傷は回復したとはいえ、既に入り込み、溶けてしまった力を吸い出すのには限界があるのです。少なからぬ力が、彼等に残るでしょう」

「……残った場合、どうなるの?」

「古の教えをそのまま言いますと。最良の場合、龍の力を受け入れた龍人に。最悪の場合は……」

「場合は……?」


 ゴクリ、と。誰かがつばを飲んだ。

 長老は再び髭を撫でながら、目を開けた。それまで、ただ単に目を開いていなかったから見えなかったらしい。長老の濃い紫色の瞳が、真っ直ぐにナインを捉えた。



「―― 理性を失い、龍ともヒトとも言えぬ、凶悪かつ強力な化け物になる、と伝えられております」



「うゎ……」


 それは誰の声だっただろう。

 重苦しくなった空気の中、ナイン達はしばらく黙り込む。


 龍が最強の種族である事。それを踏まえれば、凶悪さと強力加減がどのくらいか、察しが付いてしまったのだ。


 モンスター化した者は、理性を失う。たしかにそれは『凶悪』かつ『強力』な『化け物』である。龍の力を用いて化け物と化すのだから、それは強力に違いない。

 その時、この村はどうなるというのか。


 それを想像したナインは、周囲を一瞥する。


 焼けた家の残骸ばかりで何も無い風景の中に、確かな命の宿る光景。青々とした緑、人々の笑い声などが、澄ました耳に響いた。ナインはキッと、長老の方へ目線を戻す。


「……案内してください。何が出来るのか、考えたいです」


 ようやく搾り出したナインの台詞に、長老が頷き、その瞳をヤクモへと向ける。するとヤクモは、一瞬だけ面倒くさそうな表情を見せるが、次の瞬間には「付いて来い」と告げた。


 ナイン達は三者三様の面持ちで、その場を後にした。


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